2007年07月31日

過去のコラム編集:2002年6月「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」Part1

当該記事は、2002年6月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」の第一章です。

2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
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第一章:「勝利宣言」


『ゲーム機戦争は終わった。…リーダーになれなかった企業に次のチャンスはない』(2002年 5月27日日本経済新聞)。2002年2月にマイクロソフト社の「Xbox」が発売され、ようやく「プレイステーション2(PS2)」「ゲームキューブ(GC)」「Xbox」の三台の主要なゲーム機が出揃い、これから本格的な“ゲーム機戦争”が始まるという所で、ソニー・コンピュータエンタテインメント・アメリカの平井社長はSCEの勝利を高らかに宣言をした。まともに考えれば、当事者が戦いの最中に言うべき言葉ではない。だが、他のゲーム機の数倍の普及台数を持ち、独走態勢に入ろうとしているPS2を抱えるSCEならば許される言葉でもある。


そもそも、ゲーム業界に籍を置く人間、特にハードメーカーの人間の物言いははっきりとしており、多少過激な発言をすることもある。最も歯切れの良い人物は、数々の言動でゲーム業界に波紋を投げつづけた任天堂前社長の山内氏であるが、SCEの人間もそれに負けてはいないようだ。


SCEの勝利宣言に、任天堂の社長に新しく就任した岩田社長は『ゲーム機は冷蔵庫のように壊れなければ2台目を買わないというものではない』(2002年 5月31日毎日新聞)と“大人しめ”の反論したが、GCが四百万台程度の普及台数ではその反論も力強さに欠ける。しかし、SCE自身が勝利宣言をしなくとも、圧倒なリードを保っているPS2がゲーム機戦争の勝利者に最も近い場所にいるのは、周知の事実である。


それなのに、なぜSCEはあえて勝利宣言をしなければならなかったのか。考えようによっては、ただ単に平井氏がPS2の好調さのあまり口を滑らせたと考えることもできる。あるいは、彼の一言でゲーム業界では良く聞く“舌戦”が仕掛けられたのだとも想像できる


確かにそういった面があるのも否定できない。だか、この発言に隠された真意は「舌戦」だけではないだろう。もしかすると、あの勝利宣言はSCEがゲーム機戦争を早期に決着させたがっているが故に出てきた発言なのかもしれない


SCEが勝利宣言を出せば、業界関係者だけではなく、一般ユーザーにもその内容が耳に入る。そうなると、新たにハードを購入しようと検討しているユーザーはPS2以外のゲーム機購入をためらうだろう。PS2との間に圧倒的な差があれば、ソフトの量はPS2より少なくなるからだ。ソフトを遊ぶためにゲーム機があるのだから、ユーザーはそうしたハードの購入を控えるようになる。平井氏の発言はそうした流れを作り、PS2の勝利を早めに確定させたい気があったのではないか。

では、SCEが早期にゲーム機戦争を決着させたいと考えているとすれば、その理由は何なのか。次回からは勝利宣言に隠された“ソニーのあせり”に迫ってみたい。(つづく)


→第二章:「ソニーのあせり」へ続く

2007年07月29日

過去のコラム編集:2002年7月「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」Part4

当該記事は、2002年7月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」の第四章(最終章)です。

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最終章:「楽観論と悲観論」


ゲームセンターに再びブームの波はやってくるのか。ここまで、ブームが起きる可能性はあながち的外れな予想ではないという楽観論と、今の好調さは長続きしないためブームは起きにくいとする悲観論を考えてきたが、仮に結論を出すとすればどちらがより現実味のある予測なのだろうか。


収益の回復が単純に楽観論に繋がらないのは、その持続性に疑問があるからだ。AM施設が新しい顧客層を獲得しながら回復基調を歩み続けているのは事実であるが、それが本当に軌道に乗ったのかどうかはまだわからない


回復のけん引役を務めたプリクラや「VF4」等の人気ゲームがこれからも集客力を保てるかどうかが、はっきりわからないからだ。これらのヒットは一時的な現象であるかもしれないのだ。一時しか続かないものであれば、今のAM施設の回復は幻に終わる可能性は高い。


だが、趣向の凝らした新しい景品ゲームやメダルゲームなどが人気を集めているのは、ゲームセンターにとって光明である。なぜなら、プリクラや「VF4」などだけでは、ゲームセンター自体が早い時期に「飽き」られる可能性があるためだ。絶対に飽きないゲームなどありえないのだから、人気があるゲームにもいずれ「飽き」がやってくる


しかも、これらのゲーム機は数年前に一度(もしくはそれ以上)登場しているのだ。いま、ゲームセンターに過去に登場したゲーム機の続編や改良版しか無かったとしたら、次なるブームどころか収益の回復も一過性のもので終わってしまうだろう。続編や改良版はどうしても、目新しさに欠けるからだ。あっさり、飽きられてしまいかねない。


そういった意味からも、新しい景品ゲームなどの登場はあり難いことだ。新鮮味を持ったこの存在はAM施設の回復傾向を長持ちさせる力を有している。確かにプリクラと同一のユーザー層がメインであるから、プリクラ人気が落ち着いてしまえば一緒に落ち込んでしまうかもしれない


だが、それなりに新鮮味のあるゲーム機であり、人気も徐々に高まりつつあるのは事実だ。ナムコはこれらのゲーム機の開発に重点を置くとも言っている。生き残っていく力は十分に持っているだろう。


仮に、このまま景品ゲーム等の人気が続くのであれば、次なるブームの発生確率は高まるかもしれない。なぜなら、新しいブームは、大概新しいゲーム機によって生み出されるものだからだいま、大手メーカーはこれまで抑制してきたAM事業への再投資を行う方向で動いている。もちろん開発部門への投資も行われる


開発部門が充実すれば、それだけ新しいゲーム機が生まれる確率も高まる。現在、景品ゲームが人気化しているのは、AM事業への再投資が結実しつつある結果だといっても過言ではないだろう。景品ゲームなどが次なるブームの主役を担う未来はあり得るのだ。


収益の改善と顧客層の拡大。人気ゲーム機の登場とメーカーによる再投資。ゲーセンを取り巻く環境はだいぶ好転してきている。ゲームセンターの復権は簡単ではないが、そう遠くにあるものでもないようだ。(おわり)

2007年07月28日

過去のコラム編集:2002年7月「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」Part3

当該記事は、2002年7月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」の第三章です。

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第三章:「疑問」


「次のブームがやってくる」という予測がなかなか現実的なものであるという結論を出すための材料は揃っている。しかし、この予測した未来が実際に訪れる保証は無い。ならば、ブームが訪れないとすれば、その場合の根拠はどこにあるのだろうか。


そもそも、AM施設が昨年後半から回復傾向にあるというが、この主たる要因は「VF4」や「鉄拳4」などの人気シリーズがリリースされたからであるし、客単価の高い(1プレイ料金が高い)「プリクラ」が再び人気になったからである。極端な話、それらが主にAM施設の回復傾向に大いに貢献をしただけなのだ。


しかし、今年もそれらの人気ゲーム機の続編が続いて出るとは限らない。「VF4」などは、実に数年ぶりの登場なのだ。その新作が今年も続けて出てくるとは思えない。改良版程度は出るだろうが、新作を出すのはかなり難しいだろう。セガはそれを見越して、今期(2003年3月期)のAM施設の収益は昨年より減少すると予測している


さらに第二次プリクラブームと言われている現在のプリクラブームも、前回のブームと同じく早々にブームが過ぎ去ってしまうことだって十分考えられる。今回のブームは前回ものとは違い、長続きすると見る向きもあるだろうが、“歴史は繰り返す”という言葉もある。今回もブームも急に失速することだってあり得るのだ


そうなると、プリクラを利用していた女性ユーザーなどのゲームセンター離れが起きることも懸念しなければならない。しかも、彼女らを主たる顧客としていたメダルゲームや景品ゲームも、同様に失速することすら考えられる。人気ゲーム機で女性ユーザーや家族連れをゲームセンターに呼び込んだと言えども、完全に定着したわけではない。決して、AM施設の回復傾向は盤石ではないのだ。


つまり、AM施設の昨年の回復はヒット作に恵まれただけの、ただの一過性のものであると判断することもできる。かなり悲観的な見方かもしれないが、そういう可能性は十分にあるのだ。


そう考えると、ブームを予測したメーカー首脳の言葉は、単にAM施設の久しぶりの好調さに期待感を表しただけだった、とも受け取れる。リストラ策が効を奏し収益が顧客層の拡大を伴って順調に回復した結果から、今後のブームの予兆を独自の嗅覚で嗅ぎとっただけかもしれない。リストラや人気ゲーム機の登場、新しい顧客層の獲得などの要因によってAM施設が回復したからと言えども、必ずしも次のブームが来るとは言えないのだ。(つづく)


→最終章:「楽観論と悲観論」へ続く

2007年07月26日

過去のコラム編集:2002年7月「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」Part2

当該記事は、2002年7月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」の第二章です。

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第二章:「ブームの根拠」


「次のブームが来る」と言うメーカー首脳の予測は果たして現実的なものなのか。それとも楽観的な希望が先走っただけの話なのだろうか。確かに、メーカーの首脳の発言であるからそれなりの根拠に基づいた主張であると思われる。では、その予測に説得力を持たせている事実は、一体どこにあるのだろうか。


メーカー首脳による予測を単なる夢物語にしていない事実は複数ある。まず、前にも述べた通りAM施設の売上が回復しつつあることが挙げられるだろう。現在でも回復傾向が続いていることから、ユーザーがAM施設に戻ってきていると言える。ユーザーが増加すれば、それだけブームが起きやすい素地ができるのだから、次なるブームの予測はまったくの空想ではないだろう


しかも、最近のAM施設では、プリクラや対戦型格闘ゲーム以外にも、景品ゲームやメダルゲームなどといったこれまで定番だったゲーム機とは違う、新しいコンセプトのもとで開発された業務用ゲーム機が人気を集めている。


例えば景品ゲームだと、よく当たるように成功率を高めたゲーム機などは高い人気だ。この種のゲーム機は従来のユーザー層とは異なる家族連れや女性ユーザーに人気があり、新しい顧客層の獲得に繋がっている。新しいユーザーの増加はAM施設の回復基調をより一層、確実にするはずだ。


客層の拡大やAM施設が回復している事実は、ここ数年メーカーを慎重にさせてきたAM事業への再投資を積極的にさせる原動力にもなっている。ナムコの高木新社長ははっきりと『守りの一年は終わり。今度は攻めだ』(2002年6月1日 日本経済新聞)と述べている。


投資金額が大きい反面、利益率が低いという構造的な問題を抱え、しかも市場全体が縮小傾向を示しているAM事業からの撤退や縮小を実行しているメーカーがあるなかで、同事業にそれなりの資金を投資することはあまり歓迎されるものではない。だが、AM施設が好調を取り戻しつつあるのなら、再投資を行う名目ができる


AM事業への投資は、次のブームを作る上でも非常に大事である。なぜなら、AM事業に新規に資金を投じるということはゲームセンターなどのAM施設を出店するだけではなく、業務用ゲーム機の開発にも力をいれることでもあるからだ。ブームを作るためには、ユーザーが熱中するような楽しいゲーム機が無くては始まらない。


そのためには開発力の充実は必要不可欠なのだ。前記したナムコは今後の業務用ゲーム機開発の重点を景品ゲームやメダルゲームに置くと表明している。現在、ゲームセンターに新しい景品ゲーム・メダルゲームなどが登場しているのは再投資の結果であろう。


AM施設の回復傾向が、メーカーによる再投資を後押しし、ゲームセンターの純増とゲーム開発力の強化をもたらす。その結果、AM施設の業績の改善にさらに貢献をする。メーカー首脳はこの好循環をすでに読んでいたからこそ、ブームがやって来ると予測したのではないだろうか。こうしてみると、なるほど「次なるブーム」はまったくの希望や願望ではなさそうだ。(つづく)


→第三章:「疑問」へ続く

2007年07月25日

過去のコラム編集:2002年7月「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」Part1

当該記事は、2002年7月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセンの復権 〜ブームの予兆〜」の第一章です。

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第一章:「浮上」


ゲームセンターが復活の兆しを見せ始めている。一時は、市場規模の前年割れが続き、大手ゲームメーカーも自社の保有するアミューズメント(AM)施設などの縮小を打ち出して全国的に店舗の閉鎖・撤退が相次いだことがあったのだが、最近ではそれが留まりつつある。


最大の要因は写真シール機「プリクラ」や対戦型格闘ゲーム「バーチャファイター4」(VF4)などのヒット作に恵まれたからであろう。


AM施設からの売上が収益の一角を占めるナムコ・セガ・タイトーなどは、これまで抑制してきたゲームセンターの新規出店を増加させる計画を立てている。中でも既存店の立て直しが急務として出店を極力控えてきたナムコやセガが再出店に臨む背景にはいくつかの事情がある。


まず、第一にこれまで続いてきたAM業界の縮小傾向に終わりが見え、明るい兆しが表れてきたことが挙げられる。2001年の後半から昨年同時期の売上を上回るAM施設が増え、業界全体に明るい将来の見えてきた今こそ、再びAM施設に力を入れる絶好のチャンスだと考えたのだろう


そういった環境の好転に加え、各社ともAM施設のリストラが完了し、収益を出せる態勢が整ったことも理由のひとつだ。ここ数年はAM施設の低迷が続き、黒字どころか赤字が出るまでに落ち込んでいた。


そのため、各メーカーは赤字店舗の閉鎖などの“縮小均衡”を望み、売上の減少を受け入れる代わりに黒字化を達成したのである。そんな時に、AM施設全体に明るい兆しが見えてきたのだ。縮小均衡では、収益の持続的な成長は期待できない。将来の収益拡大は売上が伸びてこそ、達成されるものである


ならば、彼らが執る道は新規出店による売上拡大しかない。出店攻勢を強めることで、例え緩やかであっても再度、成長路線に戻ろうと考えているのだ。


AM施設の周囲の環境に少しづつ明るい兆しが出てきたその中で、ある大手メーカー首脳はこういう言葉を口にしている。『そろそろ次のブームが来るはず』 (2002年3月29日日経産業新聞)。何とも大胆な予測であるが、90年代後半に「プリクラ」や「ダンスダンスレボリューション」などの一大ブームを巻き起こした業務用ゲーム機は、その都度AM施設の収益を伸ばしてきた。AM施設にとって、ブームは是非とも必要な“うねり”であるのは間違い無い。


もちろん、次のブームは歓迎すべきであるし、それを欲するメーカー首脳の気持ちも分かる。それゆえ、単なる希望的観測のもとに出た発言である可能性は十分にある。だが、まったく根拠のない発言であると断定できるわけでもない。そこで、今回はこの発言を検証してみることにしたい。果たして、予測は現実的なものなのか、それとも根拠の無いものなのか。


次回からは、ブームが起きる根拠とブームはそうは簡単に起きない根拠について考え、最終的にどちらの考え方が現実味があるのかを判断したい。メーカー首脳の主張は、外から聞いていれば面白いものではある。検証してみる価値は十分あるのではないだろうか。(つづく)

→第二章:「ブームの根拠」へ続く

2007年07月22日

過去のコラム編集:2002年9月「Xboxの現状 〜普及への長期戦略〜」Part4

当該記事は、2002年9月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの現状 〜普及への長期戦略〜」の第四章(最終章)です。

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第四章:「虎視耽耽」


Xboxが現状、不振に陥っている原因をどこかに求めるとすれば、それはMSの対応の遅さに一因がある。だが、それを肯定的に捉えればMSの戦略が慎重になっているためだと言うことができる。


オンラインゲームに力を入れているXboxの高性能さと現状のオンラインゲーム市場の未成熟さが生み出すアンバランスを時間が埋めてくれるまでMSは慎重に事を運ぶと予測できる。なぜなら、ゲーム(オンラインゲーム)以外にXbox普及を後押しする要素は何も無いのだから


PS2が市場に広く普及した理由のひとつとしてDVD再生機能がついていたことは見逃せない要素だ。ゲームだけではなく、その他の用途にも使えるハードだったからこそ発売当初、対応ソフトがそれほど無くても数百万台単位で売れていったのだ。ゲームがプレイできるという特長以外にも、ハードに魅力があったからこそ普及を大きく促したのである。


Xboxも同様にDVD再生機能を付けて発売したが、すでにDVD機能を有したPS2が数百万台単位で普及した後であれば、Xboxのハード自体の魅力は薄れてしまう。そのためDVD再生機能を付けていてもあまり普及の手助けにはならなかったのである。だが、MSが実行している慎重策からはハード普及の原動力をオンラインゲームに求めていると感じ取れる。いわばXboxにとってDVD再生機能はおまけなのだ。


MSの慎重策は一方でとても時間が必要な戦略であるというマイナス面を持っている。そのマイナスは確かに小さくない。しかし、Xboxのターゲットは20 代前後、詳しく言えば18〜35才までの若年層だ。この層が主要なユーザーになるのであれば、MSの戦略も有効となる。それは購買力が10代のものと比べると高く、それだけゲーム機の乗り換えをし易い立場にあるからだ。


逆に低年齢層をターゲットにしていれば、彼らの購買力が相対的に見劣りするために、こういった戦略は機能しない可能性が高い。購買力が低ければ“囲い込む”ことができるが、その反対では囲い込みは難しいのだ。乗り換えコストが他の層より下がっている年齢層を狙ったMSは計算高いと言えるだろう。


そもそも、世界最大のソフトメーカーがあっさりゲーム業界で敗北するわけが無い。全世界での普及台数(390万台)は下方修正した数字とはいえ、それを達成するところまでXboxを普及させているのはMSの底力を見た思いがする。


期待していた日本では30万台前後と不振に陥っているが、MSは焦っている様子は無い。むしろ、それを挽回するくらいの長期戦略を練っているのではないかと思えるぐらいだ。MSが仕掛けた長い戦いはまだまだ始まったばかりなのである。(おわり)

2007年07月21日

過去のコラム編集:2002年9月「Xboxの現状 〜普及への長期戦略〜」Part3

当該記事は、2002年9月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの現状 〜普及への長期戦略〜」の第三章です。

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第三章:「長期戦略」


MSの対応に機敏さが欠けていたからこそ、これまでXboxは苦戦を強いられている。だが、MSはどうして迅速に行動しないのだろうか。もちろん、外部の人間からは窺い知れない社内的な問題等が原因となっていることも十分にありえるが、ここではかなり肯定的に考えたい。つまり、MSの行動は“機敏さに欠ける”わけではなく、“手堅い”ものであると。その理由は、わずか20年程度で世界最大のソフトメーカーへと急成長したMSの過去の実績を考慮したからに他ならない。


スピードが問われ、迅速に行動できることが尊ばれるゲーム業界で、MSはひとり慎重に事を運んでいる。先行者有利だと指摘される業界ではMSのこれまでの行動は緩慢と言われても仕方が無い。だが、MSが緩慢なのは、Xboxの成功を短期間で達成しようとは考えずに長い時間をかけて普及させようとしているからではないか。それはXboxがオンラインゲームに非常に強いハードであることと無関係ではないだろう。


各種調査によれば、オンラインゲーム市場は2005年前後までに一大市場になっているという。それを信じるのであれば、オンラインゲームの将来はとても明るいものになる。だが、惜しむらくはそれが数年後ということだ。『ネットゲームの本格的な普及には、あと三年は必要だろう』(2002年2月4日日本経済新聞)とカプコン辻本社長も予想をする。オンラインゲームは一大市場になるが、それが本当に実現するのは数年先。となるとMSが慎重に行動する理由もおぼろげながら見えてくる


オンラインゲームがあってこそXboxの魅力が際立つが、同市場が小さければ小さいほど同機の良さがユーザーに伝わらず、普及に長い時間を要するのは明らかである。それは日本市場の惨状を見れば理解できよう。ならば、いま急いで手を打った所でXboxは急に売れるようになるだろうか


それよりも、今はあえて機敏に動かずに相手の戦略をじっくり研究し、将来訪れるであろうオンラインゲーム全盛期にXboxが活躍できるような手を打てるように時間をかけて準備した方が良い、とMSが考えたとしてもおかしくは無いだろう。物事には先行者有利の局面もあれば、後発が有利になる場面もある。後発の有利さを、オンラインゲーム全盛期で遺憾なく発揮するためには今は一歩遅れる必要があるのだ。


こうしたMSの慎重な戦略を可能にしているのが、Xboxの主要購買層の年齢だ。Xboxの対象年齢はおもに20代前後の若年層をターゲットにしている。この層は10代前半のような低年齢層と違ってゲーム機を複数保有できる購買力を容易に持っている。『ゲーム機は冷蔵庫のように壊れなければ2台目を買わないというものではない』(2002年5月31日毎日新聞)といった発言は20代前後の若年層にもっとも当てはまる。面白いゲームがあれば、すでにゲーム機を持っていたとしても若年層ユーザーはお金を出すのだ。


ならば、ゲーム業界にトップを走る先行者がいたとしても、彼らが必ずしも絶対的に有利な立場にあるとは言えなくなってくる。購買力があるユーザーをターゲットにすることで、後発組でも先行者を逆転できる可能性があるのだ。MSはこうしたことも踏まえて、十分逆転できると判断したからこそ“慎重な戦略”を実行しているのだろう。オンラインゲーム市場の未発達と主要ユーザー層の購買力が、MSの行動原理を作り出したのである。(つづく)


最終章:「虎視耽耽」へ続く

2007年07月19日

過去のコラム編集:2002年9月「Xboxの現状 〜普及への長期戦略〜」Part2

当該記事は、2002年9月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの現状 〜普及への長期戦略〜」の第二章です。

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第二章:「MSの失敗」



新参者であるMSが満を持して投入したXbox。しかし、日本市場ではかなりの苦戦を強いられている。その原因のひとつとして考えられるのがMSのユックリズムであろう。


それを顕著に見て取れるのが、価格改定の遅さである。MSは日本を始めとした各市場で、Xboxの販売価格を引き下げるよう動いたが、すべてPS2の値下げが決定された後での行動だった。今年の5月14日にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)がPS2のオープン価格化を公表し、実質値下げに踏み切った翌日、それに追随する形でXboxの大幅値下げを行うと発表をしたことがある。


しかし、値下げ前の本体価格はPS2よりもXboxの方が高かったのであるし、普及台数も圧倒的大差がついていたのだから、普通であればMS側が先に仕掛けるべき価格競争だったはずではなかったか。それなのにSCEの出方を見てから、一歩遅れてMSは行動を起こしたのだ。


確かに、わずか1日の差ではある。見方によっては、SCEに遅れることわずか1日で価格を改定できるのだから、MSは素早い反応をしたと評することもできるが「PS2より後に価格を引き下げた」という印象は拭えない。


同様のことは8月にもあった。舞台を欧州に移してSCEとMSが一日違いで相次いで価格改定の発表を行ったのだが、PS2の後追いでXboxが価格を引き下げるという構図はまったく同じであった。MS側から見れば、Xboxの価格改定はSCEの影響を受けたわけではないと反論するだろうが、二度も同じことが続けば周りはそう判断しないだろう。


価格以外の面でもMSのユックリズムを確認できる。Xboxの最大の売りであるオンラインゲームを提供するサービスがPS2よりも遅れて始まることもそのひとつであろう。オンラインを武器に登場しながら、発売以来それを有効活用できない状況をMSは作ってしまっている。


様々な要素によりサービスを提供できない理由が数多くあるだろうが、いずれにしろ一足先にオンラインゲームの提供をしているPS2はその分だけ先行してしまっている。MSは、普及台数でもオンラインゲームでも遅れをとったXboxをどう考えているのだろう。


そもそも、MSのユックリズムは発売前からあったとも言える。当初、Xboxは全世界同時発売が予定されていたはずだったが、実際は北米市場のみが先行発売になってしまっている。MSのバック上級副社長は『北米と日本のように巨大な市場をいっしょに立ち上げるのは難しい。…一つ一つの市場にフォーカスしたほうが良い結果が出せる』(2001年11月20日日経産業新聞)と話し、日本市場を後回しにした方が最終的に良い結果がでると判断していたが、大浦Xbox事業部長は多少不安視していたようで『年末商戦を見逃すのは痛い』(2001年8月28日同紙)とも語っていた。


結果から見れば、大浦氏の不安が当たったことになっているが、こうした結果を生み出したのはMSの対応がはっきり言って“呑気” だったからだろう。

では、どうしてMSはこれだけ遅れて動いているのだろうか。(つづく)


→第3章「長期戦略」へ続く

2007年07月18日

PS3、国内累計販売100万台突破・エンターブレイン

PS3、国内累計販売100万台突破・エンターブレイン

 ゲーム専門誌発行のエンターブレイン(東京・千代田)は18日、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の家庭用ゲーム機「プレイステーション3(PS3)」の国内累計販売台数が15日時点で推定101万台になったと発表した。昨年11月の発売から8カ月での100万台突破となる。任天堂の「Wii(ウィー)」は発売1カ月あまりで100万台を超えており、月内にも300万台を突破する見通し。


http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20070718AT1D1808E18072007.html

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当該記事は、2002年9月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの現状 〜普及への長期戦略〜」の第一章です。

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第一章:「販売不振」



ライバルであるプレイステーション2(PS2)との差が2千万台以上。今年2月に発売されて以来、開く一方の格差と評価。それなりに堅調な数字を出しているゲームキューブ(GC)と比べても出遅れ感が否めないゲーム機「Xbox」。


北米や欧州での販売実績は決して好調と呼べないが順調に普及台数を伸ばしてはいる一方で、日本国内販売は依然として低迷を続けている。PS2が華々しい普及台数を発表するたびに、厳しい戦いを強いられているXboxの国内での存在感は薄くなりつつある。もはや、発売以前に持たれていた三強の一角というイメージは消え去ってしまった感がある。


同機が販売不振に陥った大きな原因は、ヒット作をコンスタントに出し続けることができていないからであろう。特に、Xboxの普及を手助けしたDOA3以外に目立ったソフトが登場しなかったのが響いている。しかも、そのDOA3ですら今年6月下旬の時点で値崩れを起こしているのが現状だ。


『現在の店頭価格は千九百八十円〜五千七百八十円で、安値は約六割強下落している』(日本経済新聞 2002年7月1日)。その他のソフトもDOA3同様に下落が続き『本体と同時発売の主要なソフトは四割以上値下がりしている』(同)という。

さらには、Xboxの最大の売りであるオンラインゲームが未だに出てきていないのも、不振を煽る原因になっている。いくらオンラインに強いから魅力があると言っても、対応ソフトが出なければその高機能も意味が無い。これでは、販売不振に陥るのも無理はないだろう。現状のXboxは決して良い環境におかれているわけではないのだ。


殆ど普及していない現時点でのXboxは、はっきり言って“MSの実験機”として機能しているに過ぎない。ハードディスクが内蔵なされているゲーム機は今まで無かったものであるし、オンライン対応機能が標準装備されているのも特筆すべき点である。このようなXboxの高性能は誰もが認める所だ。


だが、その性能を実際に活かすことができなければ、それは“実験的”でしかない。そもそも新参者のマイクロソフト(MS)がゲーム機を発売すること自体、実験的だとも言えるのだ。


しかし、Xboxをゲーム機ではなく“実験機”にしかさせていないのは、MS自身のせいであろう。Xboxが現在、不振に陥っている現状を“失敗”と呼ぶのであれば、MSが犯した失敗の原因はMS自身の「ユックリズム」にある。(つづく)


第二章:「MSの失敗」へ続く

2007年07月17日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part4

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の最終章です。

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第四章:「分化と純化」  


メーカーによるゲームソフトの自社流通化は、ソフトメーカーに変化を促した。すでに、パブリッシャー的機能を帯びていた所もあるが、自社流通化でその機能は一層強まったと言っても良い。程度の差こそあれ、パブリッシャーとしての役割を持っていたソフトメーカーは、自社流通化でその役割を強化せざるを得なくなったのだ。


いち早く自社流通を始めたコナミは、徐々にパブリッシャーとしての役割を強めつつある。開発部門を次々に分離・独立させて数多くの開発子会社を作り、コナミ本体は子会社が開発したソフトの販売活動に注力するようになっている。


さらに、独立系のソフト開発会社(ハドソン・元気など)も次々に傘下に収めつつあることからも、パブリッシャー色を濃くしていると言えるだろう。新たにコナミ本体の子会社となった各社もコナミの販売網に期待している。昨年、コナミの傘下入りしたハドソンの工藤社長は『コナミの販売網を活用できれば、ゲームの売り上げ増も期待できるだろう』(2001年7月31日日経産業新聞)と述べている。


最近、活発になってきている大手による中小ソフトメーカーの囲い込みは、このような背景があるからだとも言えるのかもしれない。おそらく、パブリッシャーとしての立場を徐々に純化させているからではないだろうか。ソフトメーカーが徐々にパブリッシャー化するのは自然の成り行きだと捉える見方もある。


『情報ソフトビジネスでは、産業は成熟するにしたがって、パブリッシャーとデベロッパー(ソフトの制作・開発に直接携わる人物、団体)が分化していくことは、一つの経験則だと言えるのでしょう』(P78 「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一 メディアファクトリー 1996 カッコ内は筆者)。市場の急成長傾向も一服し、成熟化が叫ばれている中で推進された自社流通化が、ソフトメーカーのパブリッシャー化を一層加速するのは間違い無いだろう。


そう考えると、ソフトメーカーからソフトパブリッシャー化し、それを純化させつつあるコナミの例は、ゲーム市場の成熟化を示す格好の指標になっていると言えるのではないか。過大評価かもしれないが、先進的な経営を次々に取りいれ、様々な影響をゲーム業界に与えてきた同社を見れば、この業界が今どのようになっているのかを判断できるのかもしれない。


今後は、ゲーム市場の成熟化が進むにつれ、コナミのようなパブリッシャー機能を大きくさせた“ソフトメーカー”が多数表れていくと思われる。カプコン、アトラスはそれに続いたのだろう。こうした「パブリッシャーとデベロッパーの分化」は成熟度が高まりつつあるゲーム市場で生き残るためのひとつの方法であるのは間違いない。役割分担が進むゲーム業界は、ソフトメーカーの役割を変えながら今後も変わりつづけていくのだろう。(おわり)

2007年07月16日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part3

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の第三章です。

2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
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第三章:「利点」


ソフトメーカーによる自社流通化が、パブリッシャー機能を持たせる契機になったわけだが、それはソフトメーカーに何をもたらすのであろうか。それを解くヒントに、パブリッシャーとしての業務を専門に行っている企業の主張を聞いてみることにしたい。その企業とは、低価格ソフト「シンプル1500」シリーズを主力にしている「D3パブリッシャー」である。


D3パブリッシャーは、自社に開発部門をまったく持たずにソフトを販売している企業だ。同社の伊藤社長は開発部門をもたないという自らの特長について、こう語っている。


『開発部門を自社で持ってしまうと得意なジャンルが固まり商品が偏ってしまいます。また1つのソフトが成功すると経営で開発部門の発言力が高まってしまう。高い人気を得たゲームソフトが開発できれば、まず次回作は開発費を倍にしてくれ、という話になる。開発費を半分にして更なるヒットを目指す、という人はまずいません』(2002年3月8日日経産業新聞)。『ゲームの企画・マーケティングに特化することで、時流にあった作品を素早く提供できるのが強みだ』(2002年3月4日日経金融新聞)。


彼が言うパブリッシャーの利点とは、大きく3つに分けられるだろう。まず、発売するジャンルが偏らないこと。次に、開発費の膨張に歯止めが掛けられること。そして最後に、流行に敏感に反応できること、の3点であろう。


発売するタイトルのジャンルの幅が広いことは、ユーザーにとってもパブリッシャー化するソフトメーカーにとっても良いことだ。ユーザーにしてみれば、それだけ選択肢が広がるのであるし、ソフトメーカーには発売タイトルの増加として表れる。必要数を確保するのがひとつの目標であるソフトメーカーには広範囲のジャンルは発売タイトル数の増加を意味するのであるから、願っても無いことであろう。


同様に、開発費の低減もユーザーとソフトメーカーの両者にとって良いことである。なぜなら開発費を低くできれば、ソフトメーカーとしては開発に関わるリスクが低くなるだろうし、ユーザーにとってはソフトの売価が低くなるからだ。D3パブリッシャーから発売されるソフトが安いのは開発費が低く抑えられているからであろう。つまり、開発費が安いことで、ユーザーはそれだけ恩恵を受けられるのだ。


このように、ソフトメーカーがパブリッシャー機能を帯びることで、ユーザーにもソフトメーカーにも利点があるのだ。パブリッシャー化はソフトメーカーはもちろん、ユーザーにも利益をもたらしている。(つづく)

最終章:「分化と純化」へ続く

2007年07月15日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part2

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の第二章です。

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第二章:「副産物」



ゲームソフトの自社流通化に伴って、ソフトメーカーの利益率が大きく改善されることになる。だが、その副産物も忘れることはできない。自社流通によってソフトメーカー自身も変わっていかなければならなくなるからだ。


ソフトメーカーが利益率向上を狙って自社流通を推進する中で、まったく問題が生じなかったか、と言えば嘘になる。それは「端境期」の問題である。自社の流通網は確かに、利益率の向上に繋がるのかもしれない。だが、常に自社のソフトが間を置かずに発売されるわけではない。自社が抱えている開発部門が制作できるソフトの数にも自ずと限界があるし、クリスマス商戦を狙って年末に発売タイトルが急増する傾向はいまだに変わっていない。だから、どうしてもソフトの発売があまり無い“端境期”という時期が表れる


仮に、ソフトの発売が少ない、若しくは無い時期があれば、その時期の流通網は遊んだままになるだろう。自社流通を行うためには、小売店などを回る営業スタッフが必要になるが、彼らの人件費はソフトが発売されないからといって無くなるわけではない


流通網を維持するためのコストも馬鹿にならないのだ。下手をすると、ソフトが発売されるときだけは利益率が改善しても、それ以外のときにかかるコストを考えれば、結局流通改革によって得られた利益が失われてしまう可能性も十分にあるのだ。だからこそ、流通網を遊ばせておくわけにはいかないのである


では、流通網を常に稼動させるためにはどうすれば良いのだろうか。ひとつの方法としては、自社以外のゲームソフトつまり「他社製ソフト」を取り扱うことが挙げられるそうすることで、ソフトが発売されないような端境期でも流通網の活躍が期待できる。だが、取り扱うソフトが少数では困る。


流通網を活かしきるぐらいのタイトル数が無ければ他社ソフトを取り扱ったとしても意味が無いのだ。それなりのタイトル数を確保するためには、当然様々な活動をしなければいけなくなる。具体的には、自社で企画したゲームソフトの制作を他社に委託したり、規模の小さいソフトメーカーから持ちこまれたソフトを自社で販売するなどをして、タイトル数を確保する必要があるのだ。


しかし、そうした行動は“ソフトメーカーの変化”を意味する。つまり「ソフトメーカー」から「ソフトパブリッシャー」への変化である。パブリッシャーとは出版社の意味を持つ。他社ソフトを扱うことによって「ソフトメーカー」はゲームを作る(メイク)だけの存在から、他社が開発したソフトの販売活動(宣伝・営業)なども行う「複合企業」へと変わるのである。


直接開発業務に携わることなく新しく生まれたゲームソフトを世に送り出す、というパブリッシャー機能を持ったソフトメーカーは以前から存在するが、自社流通化ほどそれを深化させるものはないだろう。アトラスなどは自社流通の導入と共に『インタラクティブ・コンテンツ・パブリッシャー』を目指すと、はっきりと主張しているのだ。


「ゲームソフトメーカー」は自社流通の導入によって、他社のソフトをも販売するパブリッシャーにもなったわけだが、ではソフトメーカーのパブリッシャー化にはどんな意味があるのだろうか。(つづく)


第三章:「利点」へ続く

2007年07月14日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part1

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の第一章です。

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第一章:「変わる流通」


ゲームソフトの流通が変わりつつある。従来、ソフトメーカーが作り上げたゲームソフトは、問屋とも呼ばれる卸業者、もしくはハードメーカー(例えばソニー・コンピュータエンタテインメントなど)等の中間業者へ一旦出荷され、その後彼らを経由して小売店などの店頭に並び、最終的にゲームユーザーへ渡るという経路でソフトが流通していた。その既存の仕組みをソフトメーカーが変えようとしている。


これまで、ソフトメーカーが制作したゲームソフトが辿る流通ルートには、ソフトメーカー自身が関与する余地はあまり無かった。ソフトメーカーは完成したソフトを他に販売してしまったら、それで“おしまい”。ソフトメーカーとユーザーの間を取り次ぐ、「誰か」にソフトを渡した時点でソフトメーカーの仕事は終了していた。そのため、ソフトメーカーは直接、小売業者に販売することは無かったと言っても良いだろう。


だが、そうしたシステムを嫌がるソフトメーカーも出始めてきた。自社の開発したソフトを、独自に構築した流通網を利用して、直接小売店に販売したいと考えるようになってきたのだ。現在では、コナミやカプコン、アトラスなどが自社流通を実施している。ソフトメーカーが自社ソフトを他の業者にまかせるのではなく、自社の流通網でソフトを供給する訳は「利益率の向上」をもたらしてくれるからだ。


これまで通りの流通システムだと、ソフトメーカーと小売店の間にどうしても第三者が介入してしまい、彼らに支払わなければならない経費がかさんでいた。流通業者にしてみれば必須の手数料であるが、ソフトメーカーにとって見れば余計な経費だったのだろう。ここ数年、ゲーム市場は急成長路線から安定成長へと変わり、大きな成長を望むのは難しくなってきている。そのような環境下で、最も手っ取り早く利益を拡大させるためには「売上の増加」よりも「経費の節減」を行う方が効率が良い。


例えばソフト販売で1億円を売り上げ、開発費などで8000万円の経費がかかったとしよう。この場合、利益は2000万円(売上高に対する利益率20%) だが、もし自社流通化によって経費を削減し、利益率を10%向上させたと仮定すれば、ソフトメーカーが手にする利益は3000万円にもなる。逆に流通網を構築せず、供給を第三者にまかせたまま(つまり利益率を20%のまま継続する)3000万円の利益を得ようとすると、売上を50%アップの、1億5千万にしなければならないのだ。


これは極端な例かもしれないが、経費の節減は大きな効果をあげるためのひとつの術なのだ。自社流通導入前にカプコンが試算した効果が『利益率の四、五ポイントの上昇』(2000年 8月8日 日本経済新聞)であり、同様にアトラスは『10%の粗利益の向上』(アトラスプレスリリース 2001年6月18日)であった。売上の急激な伸びが期待できない環境下では、この威力は絶大だ。だからこそ、自社流通に踏み切るソフトメーカーが出てきたのだ。


だが、この自社流通によってソフトメーカーは変わらざるを得なくなってきた。もちろん、望んで変わる場合もあるだろうが、自社流通はソフトメーカーの役割を変えていく促進剤になるのは間違いないのだ。では、自社流通はソフトメーカーの何を変えるのであろうか。


今回は、自社流通がもたらした副産物について考えてみることにしたい。(つづく)


第二章:「副産物」へ続く

2007年07月11日

過去のコラム編集:2002年1月「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」Part4

当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の最終章です。

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第四章:「遺したいもの」
 

「ゲーム」によって成した財を「ゲーム」に返す。そうすることで、「ゲーム」に恩返しが出来るし、偉大なるゲーム屋という評価で留まる事は無くなる。山内氏が「ファンドキュー」を設立した真意をまとめるならば、こうした一文になるだろう。


だが、山内氏の想いが本当に叶うためには、「ファンドキュー」の支援によって、全く新しいゲームが本当に世に現れ、それが今後のゲームのあり方までも変えていくような大きな影響力を持ったものでなければならない。もし、「ファンドキュー」から何の新鮮さも感じられないゲームしか生まれないとしたら、山内氏の想いは叶わないだろう。


そこでいくら“「ファンドキュー」は新しいゲーム・ゲームジャンルの創造が目的なのだ”、と声高に叫んだとしても、結果としてこれまでのゲームとさほど変わらないゲームソフトしか出来ないのであれば、世間は冷たい評価しかしない。


結局は「GCやGBAを普及させるためだけにファンドを作ったのだろう」と思われてしまう。目的がどんなに高尚で立派なものでも結果が伴わなければ、周囲の人間はそれを理解しない。「ファンドキュー」は山内氏のゲームへの恩返しの現れだ、などとは決して思わないものだ。


そうならないためには、これからのゲームの形やジャンルを大きく変化させるようなゲームソフトを「ファンドキュー」の力で作り上げる必要がある。結局、山内氏が「ファンドキュー」を設立した目的をすべて達成するためには、とてつもない影響力を持った“たった一本のゲームソフト”を遺すことが求められるのだ。


例え、100万本以上の販売を記録したソフトを何本も作り出したとしても、それらが従来のゲームと変わらぬものであったのなら、全く意味がない。たった一本でも良いから、ゲームの歴史に名を残すような斬新なアイディアを元に作られたゲームが生まれなければならないのだ。それが山内氏の望みでもあり、そう遠くない未来にゲームビジネスから去り行く人間の最も遺したいものなのである。


もし、それを遺すことができたのなら“偉大なるゲーム屋”は、もっと別のふさわしい名で呼ばれるようになるだろう。だが、その日がいつになるのかは、誰にも分からない。(おわり)

2007年07月09日

過去のコラム編集:2002年1月「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」Part3

当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の第3章です。

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第三章:「山内の恩返し」



山内氏が任天堂のソフト開発支援システムを強化せずに、それとは別に「ファンドキュー」を設立したのはなぜか。もしかすると、「ゲーム」に対して“恩返し”をしたかったからではないだろうか。


任天堂が、京都の花札・トランプメーカーから世界規模の巨大企業にまで大きくなれたのは、まぎれもなくゲームのおかげである。現在の任天堂の株式時価総額は 3兆円弱もあるが、これは「ファミリーコンピューター」「スーパーファミリーコンピューター」「ゲームボーイ」などの存在をなくしては決しては有り得なかった数字なのだ。


彼はその約10%、3000億円分の任天堂株を保有しているが、これもまた、ゲームによって得られた富である。ならば、ゲームによって得られたこの富を少しでもゲームの世界に恩返しの意味を込めて還元しよう、と考えたのではないだろうか。だからこそ、任天堂という組織の資金を使わずに、自分自身の私財を投じ「ファンドキュー」を誕生させたのだ。


山内氏の引退が近いことも、それに拍車を掛けている。最近は、頻繁に社長引退をほのめかしている山内氏だが、社長を退くということは、ゲームビジネスの第一線から退くことでもある。そうなると、ゲームとの関わりが薄くなってしまう。だが、彼は現在のゲーム産業は存亡の危機を迎えている、と考えている。理由は、同じようなゲームが氾濫している事と、ハードの無意味な高性能化である。同じようなゲームが大量に出回るとユーザーは必ず飽きてしまうし、ハードが意味なく高性能化すると開発者の重荷になる。


もし、これを放置したまま、ゲームビジネスから離れてしまったのなら、大恩あるゲーム産業自体が危機に陥る可能性が高い。そうならないために、山内氏は新しいジャンルのゲームが生まれやすくなる環境、開発者の負担を少しでも軽くするように促すシステムを恩返しの意味も込めて作り上げたかったのだ。だから「ファンドキュー」を作り、開発を支援するゲームの内容を「“開発がしやすい”GCとGBAが連動して遊べるような“新しい”ゲームソフト」に限定したのである。

ただ、もうひとつの理由もあるだろう。それを知るためには著名な投資家ジム・ロジャース氏の言葉を借りなければならない。彼は、とても面白いことを言っている。


『ある朝、目覚めて、人々がこう言うのを聞きたくなかったのです。“ジム・ロジャースは七五歳だ。彼は偉大なる投資家だった。しかし、彼がしたのはそれだけだった”とね』(P203 「NHKスペシャル マネー革命 第一巻」 著相田洋・宮本祥子 NHK出版 1999)。


この発言は興味深い。確かにある分野で大きな成功を収めた者は、大きな社会的な評価を受けるが、それ以上のことをしなければ世間の評価はそこで留まってしまう。ジム・ロジャース氏は、それが嫌だったのだ。同じことが山内氏にもあてはまるのではないだろうか。彼も現在74歳。ジム・ロジャース同様「山内溥は七五歳だ。彼は偉大なるゲーム屋だった。しかし彼がしたのはそれだけだった」と言われたくないと考えたのではないだろうか。もしかしたら、「ファンドキュー」は“偉大なるゲーム屋”が、偉大なるゲーム屋以上の“何か”になるために必要な存在なのかもしれない。(つづく)


最終章:「遺したいもの」へ続く

2007年07月08日

過去のコラム編集:2002年1月「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」Part2

当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の第2章です。

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第二章:「“ファンドキュー”の目的」


山内氏が「ファンドキュー」を設立した理由は大きく分けて二つあるだろう。最初に挙げられるものとしては、前にも言ったように彼が、任天堂が独自に持っているソフト開発支援システムの援助額が少ないと感じていたからである。任天堂のシステムの場合、支援する企業の数に制限が無く、さらには支援金も無償で提供される特長はあるものの、最も大事な支援額は一件あたり1千万から2千万しか支払われない。


一般的にゲーム開発費には億単位の資金が必要になるのだから、この額では少なすぎる。はっきり言って十分な支援額には程遠い。その点、山内氏の「ファンドキュー」では豊富な資金を背景に一件あたり10億円の支援をすることが出来る。


支援できる企業総数は結果として、任天堂のものより少なくなるかもしれないが、元々ゲームは『一握りの天才がつくればいい』 (P198 「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一 メディアファクトリー 1996 )と考えている節がある山内氏にとっては無駄に多くの企業を支援するよりも、むしろこの方が良いのだろう。山内氏が少ないと感じた任天堂の支援額を「ファンドキュー」を作る事によって増加させ、支援を手厚くする。それが第一の設立理由である。


第ニの理由としては、新しいゲームを生み出すためであろう。「ファンドキュー」の支援を受けるためには、GCとGBAとを連動させて遊ぶゲームを開発する事が大前提になっている。据置型と携帯型の両ゲーム機の双方を利用して遊べるゲームソフトはこれまで例が無かったと言っても良い。


そのような全く新しいゲームソフトの開発に限定して支援をするのであるから、山内氏は「ファンドキュー」を使って、これまで見たことも聞いたことも無いような斬新な面白味を持ったゲームを生み出そうと考えているのではないか。もし、違うのであれば支援対象を「GCとGBAの相互を連動させて遊べるゲームソフトの開発に限定する」とは言わなかったはずだ。


新しいゲームを求めていたからこそ、あえて注文を付けたのである。『新しい楽しさと面白さを開発し、市場に出せば、マーケットも広がり、支持も得られ、企業としての意味もある』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト 「“Xboxは売れない” 任天堂社長、山内溥さん」 2002年1月17日)と常に考えていることからも、山内氏は「ファンドキュー」で新しいゲームを生み出そうとしているのだ。


しかし、ここでひとつ疑問が残る。それは、なぜ山内氏が任天堂の支援システム以外に、別途自分自身でファンドを設立したのか、ということだ。確かに、これまで述べてきた二点の理由があるからだが、それならば、任天堂のソフト開発支援システムを強化し、山内氏の不満を解消するシステムにすれば良かったはずではないか。山内氏にはそれが出来る強力な権力がある。


なぜなら、彼は任天堂の社長であり、筆頭株主なのだから。はっきり言えば、山内氏に反対できる者など任天堂の中に存在しないのだ。権力と同時に資金もある。2001年9月末の時点で任天堂の手元には8000億円近い現金があり、次なる大ヒットゲームソフトの開発のために数百億円を投じたとしても十分耐えられる力を持っているのだ。


では、どうして山内氏は任天堂の開発支援システムを強化せず、私財200億円を使い、新たにファンドを設立したのであろうか。(つづく)


第三章へ続く→「山内の恩返し」

2007年07月05日

過去のコラム編集:2002年1月「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」Part1

当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の第1章です。

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第一章:「200億円投入」


任天堂の最新家庭用ゲーム機「ゲームキューブ」(GC)の発売が米国で始まった昨年11月、同社の山内溥社長は私財200億円を投じて、ゲームソフト開発支援ファンド「ファンドキュー」を設立すると表明した。目的はゲームソフト開発企業を資金面で支えるためである。


資金は無担保融資の形で行なわれ、一件の投資先に10億円程度が貸し出されるという。投資を受けるための前提条件としては大きく二つあり、まずひとつはGCと「ゲームボーイアドバンス」 (GBA)の両ゲーム機を相互に利用できるようなゲームを開発する事と、もうひとつは約一年間でゲームを完成させる事の二点である。審査は任天堂が行ない、投資の是非が検討される。もちろん、投資対象になる企業はベンチャー企業とよばれるような小規模のゲームソフト開発企業に限られる。


GC やGBA向けにゲーム開発をしているベンチャーを支援するシステムは山内氏の「ファンドキュー」だけではない。任天堂自身でもゲーム開発支援システムをすでに持っている。自社のハード向けにソフトを開発する企業を支援する動きは任天堂だけには留まらず、マイクロソフトやバンダイも、XBOXワンダースワン向けに独自のゲーム開発支援システムを作り、開発者の後押しをしている。


 マイクロソフトのXBOX、バンダイのワンダースワン、任天堂のGCに共通して言える事は、皆“二番手”であることだ。彼らはトップを快走するプレイステーション2GBAを追いかける立場にある。そういったことを考えれば、各ハードメーカーの支援策は、トップに追いつくためにソフト開発ベンチャーを資金などの面から支え、魅力あるゲームソフトを少しでも多く自社のハードから出したいと思う各社の意欲の表れであると言えよう。


だが、その中でも山内氏の「ファンドキュー」は異色の存在だ。一個人で総額200億円もの開発支援ファンドを設立し、さらにひとつの投資先に10億円もの支援を行なうのであるから、その異色ぶりが窺える。山内氏は、任天堂が設けた開発支援システムの支援額が少ないと感じたため、自分自身でファンドを作る事に決めた、と言うほどであるからスケールが違う。



他の開発支援システムとは、様々な面で違う特徴を持つ「ファンドキュー」は、まさ注目に値するファンドである。(つづく)


続きはこちら→第二章「“ファンドキュー”の目的」