2007年08月29日

過去のコラム編集:2001年12月「XboxがPS2を脅かす? 〜Xbox脅威論〜」part1

当該のゲーム業界記事は、2001年12月24日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「XboxがPS2を脅かす? 〜Xbox脅威論〜」の第一章です。

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第一章:「絶好調のはずが…」


2000年3月に発売以来、国内外で飛躍的に普及台数を伸ばしているプレイステーション2(PS2)。業界団体であるコンピュータエンターテインメントソフトウェア協会の調べによると、2000年のPS2出荷台数(国内)は392万台であり、同年の家庭用ゲーム機総出荷台数1020万台の内、38.5%のシェアを確保したという。


翌2001年もその勢いは続き、累計で全世界に2000万台の出荷(国内では約700万台を出荷)をしたとソニーコンピュータエンタテインメント(SCE)は発表している。PS2普及の背景には、SCEの価格戦略もあるだろう。発売当初の販売価格39800円を2001年から段階的に引き下げたことは、ユーザーの購買意欲を誘い、PS2普及の後押しをしたと言える。


そんな中、ゲームの巨大消費市場である北米のゲーム市場は2001年も大きく伸びている。セガ・オブ・アメリカの豊田副社長は2001年の北米ゲーム市場について『今年も上期だけで市場規模が昨年一年を上回ったようだ。明らかにゲーム人口は増えている』(2001年11月16日日経産業新聞)との認識を示した。


豊田氏の言葉を額面通りに受け取れば、北米のゲーム市場には2001年9月にニューヨークで発生したテロ事件も関係なかったようだ。当初はテロ事件がアメリカ経済全体に悪い影響を与え、ゲーム市場も例外ではないと考えられていたのだが、結果は無風状態であった。カプコンの大島副社長はテロの影響に関して『米同時テロの悪影響はゲームソフト販売にはほとんどありません』(2001年11月17日日本経済新聞)と答えている。


北米で800万台を超えるPS2を出荷しているSCEにとって北米市場の急成長は喜ばしい限りだ。この急成長がPS2普及に更に拍車をかけるのはほぼ間違い無いと言えよう。


そのような余裕からかSCEの会長である丸山茂雄氏は「東京ゲームショウ2001秋」のマイクロソフト(MS)ブースにあるXboxのゲーム画面を見てこう言ったという。『ソフトがよくなった。なんとか盛り上がって欲しいね』(2001年11月13日日経産業新聞)と。通常であれば、ライバル企業のトップが他社製品にエールを送ることなど考えられない。それをあえてSCE会長がしたのはXboxをゲーム業界を盛り上げる単なる起爆剤としか見ていないからではないだろうか。同時に、それだけPS2に絶対の自信を持っている証拠でもある


だが、ソニー内部ではXbox脅威論が厳然として存在する。ソニーの安藤社長はフィナンシャルタイムス紙のインタビューに対し『PlayStation2(PS2)にとって最大の脅威は,Xboxによって業界の製品ライフサイクルが変わることだ』(ZDNN 「Xboxの影響で,加速する“PS3”の開発」 2001年11月19日) と語っている。つまり、Xboxの登場によってPS2のビジネスモデルをこのまま維持できるかは不明瞭であり、PS2自体のライフサイクルも短くなる可能性もあると彼は考えているのだ


これは一体どういうことなのか。なぜ、ソニーの安藤社長は絶好調のPS2が新参者でSCE会長からエールを送られるようなXboxに脅かされると思っているのだろうか。今回はXboxがPS2の脅威になるというXbox脅威論の背景について考えてみることにしたい。


続きはこちら→第二章:「対抗馬はXbox?GC?」
タグ:ゲーム業界

2007年08月21日

過去のコラム編集:2002年1月「カードeリーダーに込められた期待 ファミコン市場の復活」Part3

当該のゲーム業界記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「カードeリーダーに込められた期待 ファミコン市場の復活」の第三章(最終章)です。

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第三章(最終章):「任天堂の狙い」


「カードeリーダー」によってファミコン市場を復活させようとしている任天堂の狙いはどこにあるのか。まず、任天堂は、ファミコン市場を再び登場させる事によって、「カードeリーダー」というシステム自体を広く定着させようとしているのではないだろうか。もちろん、「カードeリーダー」が登場した経緯を考えると、ポケモンのために作られた周辺機器と言えるのだから、ポケモンに「カードeリーダー」の普及の牽引役を務めてもらうのは、当然の成り行きではある。


だが、それだけでは、ポケモンユーザー以外に広がっていくことはあまり望めないし、単なる「ポケモンユーザーの専用端末」として扱われ、それ以上の存在になるのは難しい。だから、「カードeリーダー」をより多くのユーザーに利用してもらうため、そして「カードeリーダー」の可能性を広げるためにも利用層を選ばないファミコンソフトを用いたのではないか。


では、任天堂は「カードeリーダー」を定着させるためだけにファミコン市場を復活させようとしているのであろうか


任天堂がファミコン市場に再びを注目したのには、もう一つの狙いがあるからだ。それは、『ゲームから離れていった層を引き戻すこと』(2001年8月24日日経産業新聞)である。この言葉は、任天堂の浅田副社長がマスコミのインタビューに対し、ゲームキューブ(GC)の開発方針を語ったときのものである。さらに、浅田氏はインタビューの中で現状のゲーム業界を『ゲームソフトの売上高は減少しており、既存のゲームに飽きたユーザーが次々に離れている』(同)と分析し、ゲームユーザーのゲーム離れを防ぎつつ、離れていったユーザーを再び引き戻すためにGCを開発したと話す。


昨今のゲーム業界の不況とも言える事態に人一倍、危機感を抱いているのは任天堂である。その危機を打開するためには、ゲームから遠ざかっていたユーザー達の支持を再び集めなければならない。だが、任天堂のこの目標は、何もGCにだけに課せられた使命ではないだろう。任天堂全体の目標でもあるはずだ。彼らの興味をもう一度ゲームに惹きつける方法は色々あるが、そのひとつとして昔、彼らが楽しんだゲームを用いるやり方があるだろう。


つまり、ファミコンの復活だ。過去にゲームユーザーで、今はそうではなくなった層の多くはファミコンで遊んでいた人達だと考えられる。なぜなら、ファミコンと言えば家庭用ゲーム機の代名詞ともなったハードであり、それほどまでに有名なハードであれば過去にゲームユーザーであった人達の殆どが、ファミコンを経験しているはずだからである


その彼らが“懐かしさ”から今一度、あのゲームの楽しさを味わいたいと思い、「カードeリーダー」に手を出したとしても不思議では無い。もし、そうなれば任天堂の狙いは大成功であると言えるだろう。


登場した直後は、ポケモンユーザーのための端末に過ぎないと思われていたが、アイディアひとつでその役割を大きく変える事になった「カードeリーダー」。この何とも面白い可能性を秘めた商品が、果たして『ゲームに飽きたユーザー』(同)を取り戻し、ゲーム業界の危機を救える事ができるのであろうか


一般的には、今のゲーム業界の危機は、ネットワークゲームが救うのではないかと見られている。しかし、ネットなどを使わずに、カードというアナログ感満点の商品で、ゲーム業界を救おうとする所がいかにも任天堂らしい。すでに機能しなくなっていた数世代前のハードを、GBAという最新のハード上に完全に復活させて、ゲーム業界を救おうとする任天堂の前代未聞の挑戦は、これから始まろうとしている。(おわり)
タグ:ゲーム業界

2007年08月20日

過去のコラム編集:2002年1月「カードeリーダーに込められた期待 ファミコン市場の復活」Part2

当該のゲーム業界記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「カードeリーダーに込められた期待 ファミコン市場の復活」の第二章です。

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第二章:「ファミコン市場の完全復活」


「カードeリーダー」によるGBAのファミコン化にはどんな影響があるのか。考えられるのは、GBAのファミコン化による“ファミコン市場の完全復活”ではないだろうか。人気のあった旧作のファミコンソフトが「カードe」として多少、市場に出回るというだけでは済まないものと思われる。


「カードeリーダー」でファミコンソフトを出すためには、ソフトを「カードe」化しなければならないが、逆にカード化することでソフトの売価はこれまでより非常に安くなる。任天堂が発売を予定している「ゲーム&ウォッチカードe」の場合、現在発売中の「ポケモンカードe」と同様に数百円になると見られている。


このことから、ファミコンの場合もこれらとあまり大差なく、価格は同程度であると予想できる。一般のソフトが数千円であることを考えれば格段に安い。しかも、過去に人気のあったファミコンソフトであるなら、ある程度の支持をユーザーから期待できる


一方、制作者サイドからみれば、過去のゲームをカード化して売るだけであるから、ゲーム制作費などの経費がかかることは殆どない。そのために「カードe」の利益率はかなり高いものとなるだろう。仮に、こうした「カードe」の販売が好調で利益が挙がるものと確認されれば、「カードe」の種類は一挙に増加するだろう


なぜなら、経費をそれほどかけずに効率よく利益を得られるからだ。当然の事ながら、他のソフトメーカーも高い利益率を目当てに任天堂に追随して「カードe」の販売を進めていくはずである。任天堂だけでなく他のソフトメーカーもファミコンソフトの「カードe」を出すようになれば、ファミコン市場は復活したも同然だ


しかし、それでもファミコン市場が“完全”に復活したとは言えない。旧作のファミコンソフトが「カードe」として出回り、GBA上でファミコン市場が再構築されたとしても、所詮そこには旧作しか存在しないのだ。それでは、復活も名ばかりである


そもそも、ソフト市場は旧作と新作が両方合わさる事で活性化するものだ。その片方がなければ、市場の半分は機能していないのと同じであり、盛り上がりに欠ける。そんなファミコン市場を、完全に復活したと考えるのはおかしい。だが、新作がまた再び表れれば、ファミコン市場は動き出すようになる。新作と旧作が生み出す相乗効果が“新ファミコン市場”を活性化していくだろう。


では、その可能性はあるのか。筆者は十分にあると考える。それは、携帯電話やPDA(携帯情報端末)などのゲーム機以外の複数のプラットフォームにゲームを供給しているソフトメーカーが多いからである。ゲームの供給先を多様化させて、収益の増加を目指しているソフトメーカーには、ファミコンの復活は歓迎だろう


携帯電話やPDA用ゲームを開発するのと同じようにファミコン用ゲームを供給してもおかしくは無いのである。しかも、ユーザーが旧作に飽き、新作を望むようになればソフトメーカーは一層積極的になる。


「カードeリーダー」によるGBAのファミコン化の影響は、ファミコン市場の鮮やかな復活を演出するという形で表れてくる。(つづく)


続きはこちら→第三章:「任天堂の狙い」
タグ:ゲーム業界

2007年08月19日

過去のコラム編集:2002年1月「カードeリーダーに込められた期待 ファミコン市場の復活」Part1

当該のゲーム業界記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「カードeリーダーに込められた期待 ファミコン市場の復活」の第一章です。

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第一章:「カードeリーダーの可能性」


任天堂の新型携帯ゲーム機「ゲームボーイアドバンス」(GBA)は昨年の発売以来、順調に販売台数を伸ばしている。GBAがユーザーの支持を受けている理由の一つとしては、もちろんGBA用ソフトの充実が背景にあるからだが、それ以外の要因としてはGBAならではの遊び方が多数用意されていることもまた GBAの普及を助けている


例えば、GBA同士をケーブルによって一つに繋ぐと、一本のゲームを数人で遊ぶことができるのはGBAの利点であるし、また GBAをゲームキューブ(GC)に接続し、両ゲーム機を連動させてゲームをより楽しいものにする、といった新しい遊び方ができるのはGBAならではだろう。こうした特長がGBAの利用価値を高め、普及を促す要因にもなっているのだ。


だが、GBAで出来る遊びの中で最も注目したいものはカードとGBAを連動させる遊びである。なぜなら、それはGBAを大きく変えるかもしれない可能性を持っているからだ。


カードとGBAを連動させて遊ぶためには、GBA周辺機器「カードeリーダー」がなければならない。この「カードeリーダー」は「カードe」と呼ばれるカードをGBAに読みこませる事で、カードに記されたデータをGBA上に表示させる機能を持つ周辺機器だ。当初、「カードeリーダー」は一時の勢いが無くなってきた「ポケットモンスター」(ポケモン)の人気を回復させるために登場したと考えられた。


それは「カードeリーダー」がポケモンの、GBAにおける展開の一環として現れたからだ。任天堂は「カードeリーダー」を使う事で、子供達に広く普及しているポケモンカードと、GBAを連動させ、ポケモンの世界に一層の面白みを加えてポケモン人気の回復を図ろうとしたのである。


同社の浅田副社長も『今までのポケモンの展開をそのまま踏襲しては、いつかは飽きられる。カードゲームとの連携はマンネリ化を防ぐための一つのアイデアだ。子供に人気のカードの世界にポケモンの展開を拡大することで、新しい遊び方が生まれる』(2001年3月8日日経産業新聞)と話している事からも、「カードeリーダー」はポケモン人気を再び盛り上げる為に登場したと言って過言ではないのである。


だが、任天堂はポケモンのマンネリ化打破の道具として生まれた「カードeリーダー」を、そのまま「ポケモンユーザー専用の周辺機器」として留めておくつもりは全く無いようだ。それは任天堂が、過去に人気を博した「ゲーム&ウォッチ」の「カードe」版の発売を予定していることから分かる。


1980年代に登場し大好評であったゲーム&ウォッチ。これに収められていたゲームを「カードe」として再度販売し、GBA上で遊んでもらおうと任天堂は考えている。さらに、将来的には「ゲーム&ウォッチ」だけではなく、「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)の初期のゲームさえも、「カードe」化して発売する意向だという。


これがもし本当に発売されるのであれば、注目に値する出来事だろう。なぜなら、ファミコンソフトを「カードe」として再販売することで、GBAが“ファミコン”へと姿を変えてしまうからだ。「カードeリーダー」を使う事でGBA上で、過去のファミコンソフトが遊べてしまうのであれば、GBAはファミコンになってしまったと言っても間違いではない


こうなってくると、「カードeリーダー」はポケモンユーザーのための専用端末から、GBAをファミコン化させる貴重な周辺機器へと役割が変わってくるようになる。GBA自体を大きく変えかねない「カードeリーダー」はなかなか面白い可能性を持っているだけに、各方面に色々な影響を与えていくだろう。(つづく)


続きはこちら→第二章:「ファミコン市場の完全復活」
タグ:ゲーム業界

2007年08月18日

過去のコラム編集:2002年4月「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」Part4

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」の第四章(最終章)です。

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第四章(最終章):「二つのソフト」


発売以来、販売が振るわない結果だけ捕らえて論評すると、Xboxの先行きを見間違う恐れがある。その理由のひとつとしては、MSの戦略があろう。 Xboxは、MSの収益構造を変えるために登場した戦略商品のひとつであるため、同社が短期間に収益があがらないという理由でXbox事業を軌道に乗せる努力を簡単に放棄するとは考えにくい。MSはXboxが広く普及するように、たゆまぬ努力するだろう。今後も、Xboxの販売促進のためにMSは何らかの手を打っていくはずだ。


さらに、Xboxが普及するために必要なはずのオンラインゲームが未だに出てきていないことも、もうひとつの理由として挙げられる。オンラインゲームができないのであれば、Xboxの魅力が半減したと言っても過言ではないからだ。オンラインゲームの無い、現在のXboxは他社のハードと競争できる状態ではない。はっきり言って、Xboxはまだ“発売”されてはいないのである。


これらの理由からXboxの未来をいま、決めつけるのはあまりにも早計だ。世界有数の大企業の期待を一身に集め、本当の意味で発売されていないXboxの販売計画が予定通りにはなっていないことを以って、Xboxの今後を予測するのは少々大胆すぎる。


しかし、他社ハードと同じスタートラインに立っていないからと言って、販売不振を容認できるわけではない。Xboxの売り行きが鈍い事実は、オンラインゲーム以外の一般的なゲームを比較すると、Xboxのソフトより他社のハードで発売されているソフトの方が良いと、ユーザーが判断している証拠でもあるからだ。


さらに、Xboxがいくらオンラインゲームが強いと言っても、それだけが頼りになってしまうと、ユーザーの間でもソフトメーカーの間でも「Xbox はオンラインゲーム専用機」とのレッテルを貼られてしまう恐れがある。レッテルを貼られることはそれほど問題ではないが、可能性を狭めるレッテルは注意する必要があるだろう。


ユーザーがXboxにオンラインゲームだけを期待すると、ソフトメーカーはユーザーが期待しているソフト、つまりオンラインゲームだけをXboxに供給する可能性が高まる。そうなると、ユーザーはますますXboxにオンラインゲームを期待するようになり、ソフトメーカーは、その声に押されるようにオンラインゲームを出す


のサイクルが、いつの間にかXboxにレッテルを貼ることに繋がってしまうのだ。もし、オンラインゲーム専用機というレッテルがXboxに貼られてしまったのならば、同機には大きな痛手だろう。オンラインゲームは決して誰にでもできるゲームではない。それなりにハードルは高い。気軽に参加できなければ、どうしてもユーザーの数は一般的なゲームより少数になる。参加者を選ぶゲームがXboxの主流になれば、同機の大量普及は難しくなる


Xboxにオンラインゲームが出てきていないからと言って決して、将来を楽観視できるほど簡単な状況でも無いのだ。


ただ、オンラインゲームがヒットする中で一般的なゲームがXboxで登場する可能性も十分ある。そうなれば、Xboxのイメージも変わっていくだろう。 Xboxが大きな飛躍を遂げるためには最初は“オンラインゲーム”、途中からは“普通のゲーム”の二つのゲームソフト必要になる。


もし、両ゲームがタイミング良く表れれば、PS2でさえ安穏とはしていられない。高い性能を有した未完の大器が予想だにしなかった結果をもたらす可能性は意外にある。(おわり)
タグ:ゲーム業界

2007年08月17日

過去のコラム編集:2002年4月「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」Part3

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」の第三章です。

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第三章:「真の発売日」


Xboxの最大の売りはその高性能さにある。現在、ゲーム市場でトップを快走するPS2をも超える性能をXboxは有するが、中でも優れた所は通信機能だろう。ブロードバンドに対応した通信機能をあらかじめ搭載したのは、Xboxぐらいなものだ。PS2にも対応能力はあるが、通信機能を発揮させるためには対応する周辺機器を追加購入しなければならない。


MSは、今後大きな飛躍を遂げると予測されているオンラインゲーム市場で、Xboxの存在感を大いにアピールするためには、通信機能を強化しておくと競争優位に立てると考えたのだろう。オンラインゲームが伸びれば、オンラインに強いXboxも一緒に伸びることができる、と。そのため、通信機能が優れているXboxにとってオンラインゲームは欠かせないものなのである


だが、残念ながらXboxの特長を最大限アピールするために必要なオンラインゲームは同機が発売されてもなお、殆ど出てきていない。これでは、Xboxの良さをユーザーに訴えかけることができない。一般的なゲームユーザーであれば、すでにPS2を保有していると考えられる。発売から約二年間が経ち、普及台数が2000万台を大きく超え3000万台も射程圏内に入っている現状はそれを証明しているだろう。


ならば、そのPS2ユーザーが、新しいハードが出たからといって、わざわざXboxを購入してくれるだろうか。PS2より性能が高いXboxのゲームが、必ずしもPS2のゲームより面白いわけではない。更に言えば、PS2に比べXbox専用ソフトは少なく、本体の店頭価格はXboxの方が高いのだ。これでは、普通のゲームユーザーは様子見を決め込むだろう。


彼らに、こういった高いハードルを超えてもらいXboxを購入してもらうためには、PS2ではできないオンラインゲームが絶対に必要である。だが、それは未だに姿を表してはいない。Xboxならではのオンラインゲームが出てきていないのだから、Xboxが不振に陥るのは当然の結果と言える


そういったことを考えれば、Xboxに関してある極端な仮説を作ることができる。それは「Xboxはまだ“本当の意味”で発売されていない」というものだ。Xboxの特長であるオンラインゲームが出てきていない以上、ユーザーにXboxの良さを十分にアピールできていない。オンラインゲームがあって初めてXboxの存在を「PS2とは違う」とユーザーに認識してもらえるのに、未だにそうなっていないのだ。これではユーザー側にしてみれば、Xboxはまだ本当の意味で発売されていないのだ、という認識になるだろう。


Xboxの真の発売日は、Xbox専用ソフトとしてオンラインゲームが発売された時だ。二重の発売日を持つハードはこれまでに例が無いが、この点がこれまでのハードとXboxが違うところでもある。Xboxの本当のスタートはまだ先なのだ。(つづく)


続きはこちら→第四章(最終章)「二つのソフト」
タグ:ゲーム業界

2007年08月16日

過去のコラム編集:2002年4月「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」Part2

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」の第二章です。

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第二章:「意思と体力」

MSはXboxをコンシューマ事業のひとつの柱にするつもりでいる。ウィンドウズ(Windows)に代表されるパソコン用OS(基本ソフト)販売に収益の大きな部分を依存しているMSは決して将来を楽観視していない。着々と進行しているインターネットの世界的な普及が必ずしもMSに恩恵をもたらすわけではないからだ。


すこし前であれば、インターネットに接続するためには、OSを搭載したパソコンが必須だったが、現在では何もパソコンを使わずとも携帯電話や携帯情報端末(PDA)などで容易にネット接続ができる。逆に、インターネットの普遍化がこうした非パソコンの流れを作り、パソコンの販売を鈍らせる可能性は十分にある。そうなると、パソコン向けにOSを販売しているMSの収益はジリ貧に陥ってしまう。パソコンが常に情報通信機器の王様であり続ける保証はなくなりつつあるのだ


MSとしてはパソコンが携帯電話に代表されるような便利な端末に取って代わられる時のことも予想しておかなければならない。もし、パソコンの普及が停滞するような事態になれば、パソコン用OSを収益の軸にしているMSは大きな打撃を受ける。それを回避するためには、収益構造をパソコン依存型からの全面的な転換を図らなければならないのだ。MSは、パソコンに頼らずとも収益を挙げられる形を作り上げる必要に迫られているのである。


その戦略の一環としてXboxを使ったゲーム事業があった。だからこそ、MSのXboxに掛ける意気込みには、並々ならぬものがあるのだ。自社の未来を考えれば、MSはXboxに注力しなければならないのである。


しかしながら、MSは焦っているわけではない。収益構造の改革は急を要するものではないからだ。パソコン依存型の体質はいずれ変えなければならないが、それは将来における課題である。MSも参入後にすぐ、ゲーム市場の覇権を握れるとは考えていないだろう。彼らは、かなりの長期でXbox事業を軌道に乗せるつもりでいる。『Xboxは、今後3段階くらいで進化を続け、最低でも15年間は続く事業と考えている』(BizTech News 「“Xbox初期のつまずきを今後に活かす”、MS大浦常務」 2002年3月26日)。


大浦氏の言葉は興味深い。それだけ、MSは長期戦を覚悟でゲーム業界に参入しているのだ。確かに、MSにはそれをできるだけの体力がある。長い間、高収益企業であり続けたMSの内部には巨額の利益が積み重なっているはずなのだから。ゲーム事業立ち上げの際に発生した多少の損失程度ではMSは傾かない


これまで、ゲーム事業に参入し、夢破れて撤退した企業群とMSが異なっている点のひとつがここにある。MSとその他の企業との体力差が、過去に撤退していったハードとは違って、Xboxを生き残らせる可能性があるのだ。ゲーム市場でハードを手掛け、そこから利益をあげるためには莫大な投資が必要になる。


成功すれば問題は無いが、仮に失敗すれば、会社が傾く事態も十分ありえる。セガが身を以ってそれを示したのは記憶に新しい所だ。だが、MSにそんな心配はいらない。しかも、北米市場での健闘はXbox事業の推進を下支えするだろう。北米である程度の成功があれば、Xbox事業を疑問視する人たちを説き伏せることもできるからだ。


体力と意思があり、長期戦を覚悟で構えているMSとXboxが置かれている現状を基に将来を判断するのは得策ではない。(つづく)


続きはこちら→第三章:「真の発売日」
タグ:ゲーム業界

2007年08月15日

過去のコラム編集:2002年4月「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」Part1

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxの憂鬱 〜未完の大器〜」の第一章です。

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第一章:「軟調」


Xboxの販売が振るわない。2002年2月に日本市場に華々しく登場したが、数字がそれに伴っていない。これまでに販売した台数は20万台前後と言われているが、この数は初回に出荷した約25万台に満たない。おそらく初回出荷分は未だに完売できていないものと思われる。


販売不振の傾向は日本だけではなく、欧州でも確認されている。特に、フランス・イギリスでの販売は悲惨な結果になっている。『仏で二万台、独で一万二千台程度』(2002年4月19日日本経済新聞)しか売れていないのだから、とても好調とは言いがたい。


期待を裏切られた格好のマイクロソフト(MS)は、欧州での販売価格をプレイステーション2(PS2)と同程度になるよう値段を下げざるを得なくなった。発売からわずか、一ヶ月余りでの本体価格の値下げは異例である。


日本と欧州の販売不振のあおりを受け、MSはXboxの販売計画のレベルを引き下げた。従来から、2002年6月頃までに四百五十万台から六百万台を販売する目標を掲げていたが、今回新たに三百五十万台から四百万台というレベルを落とした販売計画を再設定し、目標を現実的なものへと切り替えた。同時にMS 本体の業績も販売計画の変更で下方修正をした。


Xboxの不振原因を日本市場に求めると、まずソフト不足があげられるだろう。Xboxの普及を後押しする最大のキラーソフトに目されていた「デッドオアアライブ3」(DOA3)はそれなりに役割を果たしたが、Xboxを完売させるだけの威力は無かった。だからと言って、DOA3を責めるわけにはいかない。


そもそもXboxのキラータイトルが事実上DOA3だけだったことが根本的な問題なのだ。『DOA3だけのために四万円も出せない』(2002年2月 21日日経流通新聞MJ)と、都内のある男性ユーザーは購入を渋っている理由をこう打ち明けた。DOA3以外にも有力タイトルがあれば、彼のような購入を迷っているユーザーの手にもXboxが渡っていた可能性があるだけにソフト不足は、明らかに普及の足を引っ張ったと言える。


ゲームソフト不足以上にマイナスの影響を与えたのが、Xbox本体の不具合であろう。「Xboxで再生するとDVD/CD-ROMに傷が付く」という不具合があると報じられれば、ユーザーがXboxの購入を手控えるのは当然だ。さらには、Xboxを購入した人たちからの問い合わせが相次いだ当初、MS側の対応がお世辞にも上手でなかったことも、未購入ユーザーのXbox購買意欲を減退させた。追い討ちをかけるように一部のゲーム販売店が、MSの対応の混乱が原因でXbox本体の販売を一時取りやめたことも、それに一層、拍車をかける結果となった


Xboxの販売が振るわない理由を挙げると、こうした幾つかの要因によるものだと推測できるが、ではXboxはこのまま回復することなく、終わってしまうのだろうか。ライバルである任天堂やソニーコンピュータエンタテインメントの首脳達がかつて予想していた通り、“Xboxは売れない”のだろうか


停滞ムードが漂うXbox。だが、まだ評価を下すのは時期尚早だ。なぜなら、Xboxはこれまで沈滞ムードを打破できず消えていったハードとは少し違っているからである。その違いとは何か。その検証は次に譲ることにしたい。(つづく)


続きはこちら→第二章:「意思と体力」
タグ:ゲーム業界

2007年08月14日

過去のコラム編集:2002年3月「企業再生 〜黒字転換の意味とは〜」part4

当該のゲーム業界記事は、2002年3月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「企業再生 〜黒字転換の意味とは〜」の第四章(最終章)です。

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第四章:「進歩の足跡」


長年、赤字に喘いでいた数社のゲーム会社が2001年中間期で黒字転換を果たし、通期でも黒字を達成する見込みであるという。赤字を克服した企業は、それぞれの手法で数期ぶりの利益を手にいれたが、その過程は特筆すべきものがある


殊に、アトラスとセガは自社に染みついた赤字因子との格闘においてさまざまな教訓を残した。アトラスはゲーム業界の一発屋体質からの決別を図ることで黒字に浮上し、セガは失敗から次なる成功を生み出したおかげで、生きかえることができた。


彼らが残したものは、今後のゲーム業界において、おそらく活かされる。どん底から立ち直った両企業の貴重な教訓を、活かさない手は無いからだ。そして、この両者がもたらしたものは、ゲーム業界全体の進歩を生み出していくだろう


もし、彼らの経験を活用する術が上手く広がったのなら、ゲーム業界の体質はより強化される。業績の変動率が高く、“水物”とも揶揄され続けてきた、そんな立場から一歩進むことができる。確かに、短期的には、業績が激しく上下する場合もあるだろう。ゲームをビジネスにする限り、短期のそれを解消するのは無理かもしれない。


近視眼的な観点から衰退論者に、何も変わっていない、と非難されることもあるだろう。だが、長い目で考えれば、変動幅は少なくなる。活かす努力をしていけば、“水物”と呼ばれるほどの予想のつかない動きはしなくなるはずだ。それは、ゲーム業界が進歩した証とは言えないだろうか。しかも、進歩をもたらしたのは、赤字から苦難の末に黒字に転換した企業のおかげだと言えないだろうか。


長期にわたって不振を極めていたゲーム会社から、ゲーム業界の進歩の胎動を感じられたのは、この業界がまだまだ発展する可能性を秘めているからだ。しばらく勢いの感じられなかった企業が、再び勢力を盛り返し、活躍をする。衰退論者が言うように、業界自体が衰退していくのであれば、そうした企業は二度と浮上することなく、最初に姿を消すだろう


しかし、経営不安説が流れても、彼らは業界から退場せずに、もう一度復活してきたのだ。これこそ、業界の発展途上を裏付けるものではないか。進歩の足跡が続く限り、ゲーム業界のダイナミズムはまだまだ失われない。(おわり)
タグ:ゲーム業界

2007年08月13日

過去のコラム編集:2002年3月「企業再生 〜黒字転換の意味とは〜」part3

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第三章:「失敗からの成功」


『ゲーム産業は将来がないと言われるが、とんでもない』(2001年3月23日日経産業新聞)。ゲーム産業の将来性を否定する声に対して、反論しているのはコーエーの襟川恵子会長(当時、社長)だ。いつの時代でも、ゲーム産業はいつか衰退する、と言う人は必ずいる。こう指摘される背景には、ゲーム業界に不安定さが常に付きまとっているからだろう。


2001年度の中間期、コナミは減益に陥ったがその際、同社の上月社長は『ヒットビジネスの怖さを見せつけられた』(2002年1月11日日本経済新聞)と語り、ゲームビジネスの負の面を“怖い”と表現した。前記したアトラスの例からもわかる通り、ゲームビジネスには安定性が欠けている衰退論者が絶えない理由は、その辺りが残念にも気に入られてしまった結果なのだと思われる


業績が不安定なのは、ひとつに「ゲームビジネスの失敗は大きく響く」からだ。ゲームやハードが売れないと業績に大きく響く。しかし、商品が売れないという失敗以上に「企業戦略の失敗」も大きな打撃になる。戦略を見誤って、低迷するのはどの業界でも起こり得るが、中でもゲーム業界での戦略の失敗は致命傷にもなりかねない。セガの失敗はその典型だろう。


かつて優良企業だったセガは、オンラインの世界に過度の期待をし、いち早く覇権を握るためにハード事業やプロバイダ事業に多額の投資を行い、その結果大失敗をした。その失敗は、一時的にセガ自身の存続さえわからなくしたほどだ。これは、明らかに企業戦略の失敗だ。現在のゲームビジネスは昔と違って、巨額の資金が必要なビジネスになっている。これに多額の投資をし、失敗したとなると会社は簡単に傾いてしまう。セガの戦略の失敗は、間違い無くセガ自身の致命傷になりつつあったのだ


しかし、セガは自分自身がしでかした大失敗を、かつて無いやり方で成功への礎にした。それまで懸命に尽力してきたハード事業からの撤退を表明し、ソフトメーカーとして生きることで失敗を成功に変えようとしたのだ。過去にハードメーカー側から、現役のハードの製造を中止します、とアナウンスされたことは無い。


…メーカー側から、製造中止という形で明確に“終わり”をつきつけられたことはなかった』(P116 「週間ファミ通 No.684」 2002年1月25日エンターブレイン)とアトラスの岡田氏は語っている。それだけ、セガのハードの撤退宣言は異例だったのだ。しかし、ソフトメーカーへの転身によって、セガを苦しめていたハード事業はなくなり、2001年中間期に久しぶりに営業黒字を生み出すことができた


これは逆に言えば、ハード事業の失敗があったからこそ、ソフトメーカーとしての成功があったと考えることができる。もし、ハード事業がもっと中途半端に上手くいっていたら、ソフトメーカーとして生きようと決意せずに、延々としてハード事業を続行し、それこそ本当に会社が無くなるまで赤字を垂れ流しつづけたかもしれないのだ。


企業戦略の大失敗を、成功に結びつけたセガの試みは今後のゲーム業界の良い教訓をもたらす可能性がある。それはセガのように、会社が傾くほどの失敗をしても、それを次なる成功に結びつられる柔軟な発想を持てば、失敗から復活するチャンスはあると明らかにしたからだ。セガの教訓が広まれば、失敗の多いこの産業をもっと強いものにすることができる。だからこそ、セガの黒字転換には大きな意味が含まれているのである。(つづく)


続きはこちら→第四章:「進歩の足跡」
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2007年08月12日

過去のコラム編集:2002年3月「企業再生 〜黒字転換の意味とは〜」part2

当該のゲーム業界記事は、2002年3月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「企業再生 〜黒字転換の意味とは〜」の第二章です。

2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しております
ので、ご了承下さい。



第二章:「プリクラの復活」


プリクラといえば、90年代後半に一大ブームを巻き起こした“お化け商品”である。開発をしたのはアトラスである。アトラスは、それまで「真・女神転生」を生み出したゲームソフトメーカーとしての印象が強かったが、プリクラのヒットによって世間の評価は、プリクラメーカーへと様変わりした


プリクラ市場は、最盛期のころで1000億円にまで巨大化し、ブームの仕掛け人であるアトラスはかなりの恩恵にあずかった。ブームが最高潮に達していた 96年度・97年度にアトラスが稼ぎだした営業利益はおよそ140億円。しかし、その内訳を見てみると、96年度には前年度比約九倍の94億円を荒稼ぎしているにもかかわらず、翌97年度には、すでに陰りが見え始め、営業利益はほぼ半減し、50億円に留まっている。


つまり、プリクラブームは97年度の時点で収縮に向かっていたのだ。それを証明するかの如く、98年度には利益どころか、一気に8億円の赤字に転落をしているプリクラに溺れたアトラスの迷走はここから始まる


98年度からの三年間は、アトラスにとってただ赤字を積み上げる年月でしかなかった。ブームが過ぎ、売れ残ったプリクラを廃棄するために総額の100億円以上の純損失を出す羽目になったのだ。ここで


「140億円の利益に対して損が100億円で済んだのだから、まだましだ」と考えることは出来ない。なぜなら、それまでアトラスが利益として手にした額は実際には60億円程度にしか過ぎないからだ。140億円を稼いだと言っても、これは「営業利益」である。ここから税金などが差し引かれるわけであるから、アトラスの手元に残る金額は、かなり少ないものになる。だから、単純に考えて、プリクラブームでアトラスは利益を得るどころか、40億円もの巨額の資金を失っているのである


だが、アトラスはここで終わらなかった。ブームに乗って急成長し、それが収束すると経営が傾く「ゲーム業界では良くある話」のひとつにはならなかったのだ。プリクラ事業を徹底的に見直し、ユーザーのニーズにあった商品開発や、接客対応・メンテナンス対応のレベルアップ、売れ残りが発生しないような生産方式に変更するなどの改革を行った


特に、ニーズに応えた新商品は、プリクラを再度人気化させる大きな要因にもなった。現在では、第二次プリクラブームにあると言われるほどにまで、プリクラ市場は回復をしたのである。


ここから、ゲーム業界の進歩を見て取ることが出来る。良く言われるように、ゲーム業界は“一発屋”的な側面を持っている。プリクラで急成長したアトラスが良い例だ。これまでであれば「一発屋はひとつの大ヒット商品を当てて、それでおしまい」という場合が多かったが、アトラスはそれを見事に覆した。完全に旬を過ぎていたプリクラをもう一度、ブームと呼ばれるまでに復活させたのだ。


これがゲーム業界に与えた意味は大きい。一発屋の典型であったアトラスが再起したことは、一足先にゲーム業界の一発屋体質から抜け出したと言っても良いからだ。アトラスの先例は、必ず他でも活かされる。そうなれば、ゲーム業界から一発屋的側面が薄れていき、業界をたびたび襲ってきた“波”は平準化されるだろう。アトラスは、黒字に復帰することで、ゲーム業界を成長させる種子を蒔いたと言っても良いのだ。(つづく)


続きはこちら→第三章:「失敗からの成功」
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2007年08月11日

過去のコラム編集:2002年3月「企業再生 〜黒字転換の意味とは〜」part1

当該のゲーム業界記事は、2002年3月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「企業再生 〜黒字転換の意味とは〜」の第一章です。

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第一章:「黒字転換」


2001年度の各ゲーム会社の業績は堅調なところが多い。まだ、期末の業績が明らかになってはいないので、全体の論評は時期尚早の感があるが、コーエーやテクモは通期で高水準の成績を出すと見込まれている。反面、これまで好調を維持してきたコナミやエニックスが中間期・通期共に減益になると報じられてはいるが、利益水準は高い位置でプラスを維持してる。2001年中間期で、前年同期と比較して、大きな赤字に転落するのは映画事業で多額の損失を出したスクウェアぐらいなものだろう。


スクウェアとは逆に、2001年中間期に赤字から黒字化したソフトメーカーは多い。セガやナムコ、タイトーやアトラスなどがそれに当てはまる。特にナムコ以外の三社は、数年ぶりに営業利益の段階で黒字転換を果たした。長年の赤字体質から脱却した背景には、第一にゲーム市場の回復がある


特にアミューズメント施設の収益回復が目覚ましい。ここ数年は既存店が、売上高の前年度割れを記録するなど不振を続けてきたが、2001年度は不採算店舗を閉鎖するなどのリストラ効果や、人気格闘ゲームシリーズの続編の登場・写真シール作製機「プリクラ」の再人気化などがあり、売上が再び伸びるようになった。ナムコのアミューズメント施設の場合、昨年八月から前年同時期の売上水準を上回るようになったという。


更には家庭用ゲーム機市場も回復の傾向が出てきている。一年間でゲームソフトが最も売れる時期であり、ゲーム業界が最高に盛り上がる季節であるクリスマス。ゲーム雑誌「ファミ通」を発行しているエンターブレインは、昨年、この時期の売上が大きく伸びたと分析する。『…昨年十二月単月のゲーム市場規模は前年同月の一・五倍に達したとみている』(2002年1月18日日本経済新聞)。


最も多くゲームソフトが売れる時期に、市場規模が急激に拡大すれば、ソフトメーカーの業績に良い影響があるのは間違いない。この恩恵は、業績の回復に大いに貢献したのだ。


ゲーム市場の回復の追い風を受け、黒字転換を果たした各社。だが、赤字に陥る前までは、どのソフトメーカーともかなりの利益をあげる優良企業だった。業務用ゲームではセガやナムコが、アミューズメント施設運営ではタイトーが業界でトップクラスの地位にあったし、アトラスはプリクラで空前の利益をあげていたはずである。それなのに、いとも簡単にマイナスに転落し、赤字体質が定着してしまうのだから、ソフトメーカーの経営は難しい


赤字を数年振りに克服し、黒字に転換したナムコを除く三社は、それぞれ長年染みついてきた悪い体質を各々独自のやり方で改善を図ってきた。この“復活劇”は彼らにとって大きいことであるが、実はゲーム業界にとっても意味のある出来事でもあるのだ。


は、黒字転換にはどういった意味合いがあるのだろうか。それを、探るためには数期ぶりに黒字化したソフトメーカーに照準を合わせてみる必要があるだろう。(つづく)


→第二章:「プリクラの復活」へ続く
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2007年08月07日

過去のコラム編集:2002年4月「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」part4

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」の第四章(最終章)です。

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第四章(最終章):「危機感」


任天堂を一連の行動に突き動かしたのは、ゲームに対する危機感があったためだと、最後にそう予想する。いまゲームがおかれている環境は決して安穏としていられるものではない。特に、新作ゲームソフトのマンネリ化が進む現状は、将来のユーザー離れを引き起こす種子をばらまいていると言っても良いぐらいの危険性を孕んでいる。


山内社長はゲーム開発ファンド「ファンドキュー」を設立した趣旨をこう話している。


日本のテーマパークはユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)と東京ディズニーランド以外は厳しく、遊ぶ人の選択肢が絞られてしまった。ゲームソフトも同じで、ロールプレイングやアクション、格闘ゲームとは違う新しいジャンルを作り上げる必要性を痛感している。才能を伸ばして新ジャンルを作るための開発資金が必要だが、IT不況でベンチャーキャピタルはゲームソフト開発に投資してくれず、銀行も貸してくれない。それで基金を創設した』(Mainichi INTERACTIVE 以下、前記)。


山内社長を巨大ゲームファンド設立へと走らせたのは、この強い焦燥感があったためだ。つまり、周りの環境の変化を放っておくと、ゲーム産業が駄目になるかもしれない。そのような危惧が山内社長を、任天堂を動かしたのである。


唯我独尊であり、かつ傲岸。これがいままでの任天堂だった。しかし、環境は大きく様変わりしつつある。今のままの対応ではいけないと彼らは考え始めたのだ。「ファンドキュー」の存在は、そんな任天堂の新たな意思表示でもある。“絶縁状態”だったスクウェアの関連会社に、従来のゲームの在り方を変えるためのゲームファンド「ファンドキュー」の資金を投入し、“他企業”のゲーム開発を後押しする。これだけを見れば、任天堂が変わったのが一目瞭然でわかるだろう。


任天堂の態度の変化は、ひとつの理由だけでもたらされたものではない。いくつかの要因が複合的に重なり合って、変わらざるを得ない状況に立たされたのだ。自社ハードの活性化のための対応は急務であるし、社長の交代は任天堂にとって変革を迫られるほどの一大事だ。さらには、ゲームを取り巻く環境が以前より厳しさを増しつつある現状も、任天堂に変わる原動力を与えた。


やはり、何かが変わるためにはきっかけが必要なのだ。ただ、今のところ、任天堂が変わったことによる恩恵は、スクウェアなどの一部の企業にしか与えられていない。今後は、特定の企業だけではなく、ゲーム産業全体に恩恵をもたらすことが求められる。


だが、心配には及ばないだろう。何と言っても彼らには、ゲーム産業をここまで大きくしたのは我々だという“プライド”がある。そのプライドに懸けても、ゲーム産業全体に寄与するような政策を打ち出していくだろう。ともすれば、あまりに大きくなりすぎ、他企業からすれば、さぞや煙たいものだったろうが、これからはそんなことを気にする必要は無い。


…少なくとも、任天堂が危機感を持っている当分の間だけは。(おわり)
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2007年08月06日

過去のコラム編集:2002年4月「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」part3

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」の第三章です。

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第三章:「交代」


任天堂が変わりつつあるのは、山内社長の退任が間近に迫っていることも関係しているのではないだろうか。山内社長は、任天堂の育ての親であり、中興の祖でもある。彼が数ヵ月後に、その席から離れるのは確実だ。任天堂は、いまポスト山内を探しているようだが、最適な者はおそらくいない


それは山内社長自身が『これからの任天堂は1人の人間の力でどうなるものではない。集団指導体制になる』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト「“Xboxは売れない” 任天堂社長、山内溥さん」 2002年1月17日)と述べていることからもわかる。適任者がいれば、真っ先に名前をあげるはずだからだ。


インタビューで後任の社長の名をあげるのを、ためらう必要は無い。その名が出てこないと言うことは、理想の次期社長候補は存在していないからだ、と考えるのが自然であろう。後任の社長が具体化していないのは、それだけ山内社長の存在が大きすぎたためだが、その一方で偉大な社長がいなくなるのは、任天堂が変わるチャンスでもある


しかし、山内社長が退任すると言っても、任天堂には大きな変化が訪れないと見る人は多い。山内氏が任天堂を去ったとしても、実質的な影響力はそのまま残っており、これまでと何ら変わらない経営を任天堂は続けるだろう、と。確かに、社長交代を契機に任天堂の経営方針が劇的な変貌を遂げると期待するのは間違いかもしれない。任天堂は、良い意味で変わらない可能性は十分にある


それでも、任天堂の内部では変化の息吹は着実に芽生えていると見える。今回の任天堂のソフトメーカーへの態度の変化は紛れも無く、その息吹ではないのか。任天堂は良くも悪くも、非常に個性的な山内社長をトップにしてやってきた。任天堂の方向性を決してきたのは、山内社長なのだ。彼の性格が任天堂の姿勢や態度、方向性などににじみ出ても不思議ではない。


任天堂は、これまで山内社長の存在に大きく左右されてきたのだが、今後はそうではなくなる。それが例え、形だけであっても、任天堂に様々な影響を与え続けた同社のトップ、いわば“顔”が変わるのだ。何かが変わっていかなければ、社長交代の意味がないはず。任天堂の軟化には、今後訪れるはずのトップの交代が関係したと考えられるのだ。


これからの任天堂には、変革の波が覆うかもしれない。トップが交代するかしないかの時点で、すでに変化の兆しが見える組織がそのまま現状に留まっているとは思えないのだ。何かしらの改革がなされるだろう


変わり身が早いのは組織にとって、ひとつの特長でもある。それだけ柔軟な組織だと言えるからだ。特にゲーム産業という変化が激しい環境でビジネスをしている企業にとって、柔軟な対応力を有しているのは“財産”でもある。任天堂が長年の間、世界最大のゲーム企業に留まっている理由のひとつには、この財産が関係しているのだと言ったら間違いだろうか。(つづく)


続きはこちら→最終章:「危機感」へ続く
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2007年08月05日

過去のコラム編集:2002年4月「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」part2

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」の第二章です。

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第二章:「再認識」


任天堂が今までの態度を軟化させ、スクウェアなどのソフトメーカーに寛容な姿勢を取るようになってきたのには、GBAが思うように伸びていない事情があるからではないか。


GBAのハード自体は発売以来、順調に売れているのだが、専用ソフトがあまり良い売上を残せず、伸び悩んでいる。『アドバンスのソフトは一タイトルあたりの販売本数が少ない』(2002年2月14日日経産業新聞)と販売店から嘆き節も聞こえてくるほどだ。GBA用ソフトのタイトル数は数多く出ているにも関わらず、タイトル数に見合った販売本数を確保できていないのが現状だ。ハードの利益率の低さを、ソフトの高利益率でカバーしているゲーム産業の特徴を考えると、任天堂にとっては厳しい結果が出ている。そうなると、任天堂としては、売れるソフトを何としてでも確保する必要がある


その際に、スクウェアのゲームソフトをGBA用ソフトとして再参入させる選択肢が検討されたのであろう。そうでなければ、スクウェアとの取引再開をもうすこし早めに発表していたと思えるからだ。スクウェアはこれまで、任天堂と再参入について交渉を重ねていた


もし、任天堂が従来から再参入の許可を検討していたのであれば、もっと早くスクウェアに伝えてもおかしくは無い。なぜ、GBAソフトの販売不振が今年一月に表面化してからの再参入発表だったのか。あまりにもタイミングが良すぎる。まるで、スクウェアソフトをGBAに投入することでソフトの販売回復をもくろんだのだと、言っているのと同じことだ。


任天堂はソフトの販売回復をスクウェアソフトで達成しようと考えた。仮に、そう仮定すると任天堂は他社ブランドの価値を再認識したのだと言えよう。同社が、世界最大のゲーム企業に成長したのは、ゲーム機「ファミリーコンピューター」(ファミコン)の大成功が土台になっているが、ファミコンの成功は、任天堂ソフトの存在だけでは語ることはできない


他社の優れたソフトもまたサクセスストーリーを形成する上で重要な役割を担ってきた。しかし、任天堂は「ファミリーコンピューター」「スーパーファミリーコンピューター」「ゲームボーイ」などの華々しい成功の影で、他社のソフトがもたらしてきた恩恵を忘れていったのだろう。“思い上がり”とも言える任天堂のこれまでの態度を見れば、そう思えてしまう。


その任天堂が、業界関係者に『(任天堂に)後ろ足で砂をかけて出ていったようなもの』(2002年1月10日日経金融新聞)とまで言わしめたスクウェアを容赦したのは、他社ブランドが果たしてきた役割の重要性に気がついたからではないか。


セガやナムコなどとも、協力体制を築きつつある背景には、スクウェアの場合と同じ理由があったからだと推察できる。つまり、任天堂はGBAやGCなどをハードの面からもソフトの面からも盛り上げるためには、過去の成功例から、他社の協力が欠かせないと判断したのだ

スクウェアに対しての態度の変化から、方向性という“舵”を切り替えた任天堂の姿を確認できる。(つづく)


→第三章:「交代」へ続く
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2007年08月04日

過去のコラム編集:2002年4月「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」part1

当該のゲーム業界記事は、2002年4月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「変わり行く任天堂 〜変化に迫られたわけ〜」の第一章です。

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第一章:「軟化」


スクウェアと約5年の長きにわたって絶縁状態にあった任天堂が、GBA(ゲームボーイアドバンス)へのソフト供給を許可し、業界を驚かせたのは今年三月の話だ。正式には、新たに設けられるスクウェアの関連会社が、開発を手掛けることになっており、スクウェア本体が開発をするわけではないのだが、これは大株主であるSCE(ソニーコンピュータエンタテインメント)に配慮した“言い訳”であり、事実上スクウェア自身が任天堂ハードに供給を再開したと、殆どの人が見ている。


GBAへのソフト供給は将来的には、GC(ゲームキューブ)への供給に繋がる可能性が高いだけに、PS2(プレイステーション2)を抱える SCEにとって見れば愉快な出来事ではないだろう。ただ、SCEにそれを止める権限は無い。彼らはスクウェアの経営に口出しをできる立場にはあるが、スクウェアの方向性をSCE一社の意思のみで決定するだけの株数を有していないからだ。複雑な気持ちを抱えつつも、SCEは認めざるを得ないだろう。


今回の騒動の発端は、任天堂がスクウェアにソフト開発を許したためであるが、任天堂はこれまで、スクウェアの再参入を頑なに拒んできた。スクウェアは供給を再開したいと何度も打診してきたが、『そう簡単ではない。“シェアが上がったからこのハードで出す”という割り切りができる世界ではない』 (Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト キーマンインタビュー 「任天堂副社長 浅田篤氏」 2001)と言って断りつづけてきたのだ。それだけに、今回の決定は、驚きを以って受け止められた。


しかし、任天堂がこのたび見せた“変化”は何もスクウェアにだけではない。任天堂は他のソフトメーカーにも、これまでとは対応を変えつつある。セガとは、共同でソフトを開発しようと試みたり、ナムコ・セガと共に、GCと互換性を持たせた業務用ゲーム機向けの画像基盤を作り上げようとしているのが、その証左であろう。両方の事例は、どちらも今後のGCへのソフト供給をにらんだものである。


かつての任天堂であれば、このような態度をとらなかったはずだ。(1997年6月 27日朝日新聞)、『どうしても開発したいのならどうぞ』(同)。これが今までの任天堂だった。ある意味、常にどんな相手にも傲岸な態度で接するのが“任天堂らしさ”と言えたのだが、最近はそのようなことはなくなりつつあるように見える。これはなぜだろうか。


以前の任天堂であれば、スクウェアの要請には聞く耳を持たず、セガやナムコとはわざわざ一緒にソフトや画像基盤の開発などはしなかっただろう。だが、今回は様子が違っている。任天堂の態度が徐々にではあるが、軟化の傾向を示してきたのだ。


なぜ今になって、対応を変化させたのであろうか。任天堂が変わった理由。その理由をこれから幾つか挙げてみたいと思う。そこから、変わらなければならない任天堂の事情が浮かんでくるだろう。(つづく)

続きはこちら→第二章:「再認識」へ続く
タグ:ゲーム業界

2007年08月03日

過去のコラム編集:2002年6月「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」Part4

当該のゲーム業界記事は、2002年6月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」の第四章(最終章)です。

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第四章(最終章):「避けられない戦い」


『過去、最も厳しい決算だった』(2002年6月6日日本経済新聞)。ソニーの徳中副社長は前期、2002年3月期を振り返ってこう語ったという。ソニーの中核事業、エレクトロニクス部門が赤字に陥ったことを受けての発言だが、なんとか黒字を維持したのはゲーム部門が大幅な利益を稼いだからだ。


しかし、いくら好調なゲーム部門であっても、その内部では相当な焦りを感じているようだ。それは、ゲーム機戦争を早めに終わらすことで、ゲームなどのコンテンツを事業の軸にしたソニーグループの未来像を安泰なものしなければならないからだ。平井氏による「ゲーム機戦争終結宣言」はそれを証明しているのだろう。


そのための第一歩としてPS2の値下げを敢行したが、逆に価格競争を引き起こしてしまい他社のハードの普及を促すという結果に終わってしまった。価格面での勝負は、ソニーにとって裏目に出てしまったのだ。結局、ゲーム機戦争は言葉と価格以外のもので決着をつけるしかない。そのひとつとして、オンラインゲーム市場での勝負がある。


現在は、オンラインゲーム市場でのPS2の位置は限りなく他のハードと同じレベルにあるが、もし同市場で優位な立場に立てば、Xboxとの競争には勝てるだろう。なぜなら、Xboxの一番の強みはオンライン機能が備わっている所だからだ。その強みを挫くことができればPS2の魅力にXboxは適わない


だが、勝敗はそんなに簡単に決しないだろう。マイクロソフトは勝つまでゲーム機戦争をやる気なのだ。マイクロソフトの本気の具合は、今後五年間に20億ドル (約2500億円)を投入すると発表していることでも分かる。本気になったマイクロソフトはソニーにとって手強い相手になるはずだ。


同じくGCを抱える任天堂との勝負も容易に決まるわけがない。任天堂は低年齢層に根強いファンを持っている。そのため、勝負をするのはオンラインゲーム市場以外のもの、はっきり言えばソフトの質と量で戦わなければならない。


だが、彼らに受けるゲームを作るのは任天堂の方が一枚上手だ。だからこそ、PS1の時代でも彼らを切崩せなかったのだ。任天堂が2002年3月期に過去最高の利益を挙げたのは、そんな老舗の底力を見せつけたと言える。PS2で圧倒的優位に立つソニーグループの決算が悪く、逆に追いかける立場の任天堂が過去最高の決算を出しているのだから、何とも皮肉な話だ。


結局、平井発言によってゲーム機戦争が終わることは無いだろう。逆に、まだまだ続く可能性が非常に高い。勝利宣言程度では、他社はびくともしないのだ。反対に、ソニーグループの焦りが感じられた、身内からの勝利宣言ではなかっただろうか。(おわり)
タグ:ゲーム業界

2007年08月02日

過去のコラム編集:2002年6月「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」Part3

当該のゲーム業界記事は、2002年6月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」の第三章です。

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第三章:「空回り」


ソニーグループの成長戦略にゲームなどのコンテンツ事業は欠かせない。ならば、SCEはゲーム機戦争で負けることは絶対に許されないはずだ。しかし、勝利宣言をした所でライバルである任天堂やマイクロソフトは市場から撤退してくれるわけではない。常にSCEの寝首を掻こうと手ぐすねを引いて待っているのだ。


特にマイクロソフトなどは、平井発言には『一番になるまでやめない』(2002年6月12日日本経済新聞)と反発しつつ、同時にオンライン接続の概要を発表してPS2への対抗心を一層燃やしている。ソニーへの反発は、任天堂も同様だ。


明確な勝利を欲しているソニーにとって、“勝利宣言”は勝ちを確定させる絶好の機会であった。だが、勝ったと宣言するだけでは駄目だ。当然、PS2を勝たせるためのそれなりの施策が必要だ。そのひとつが本体価格の値下げであろう。


ソニーはPS2の本体価格をこれまで段階的に引き下げてきたが、おおよその予想通りに下がってきている。ソシエテ・ジェネラル証券のレポート(注1)には、PS2の本体価格は2000年から2003年までに、39800円 (2000年)、35643円(2001年)、28500円(2002年)、24000円(2003年)と徐々に引き下げられると記載されていた。実際の価格もこの予測とさほど変わらずに値を下げてきている。現在では、およそ28000円程度であるから、この予測通りだと来年までにはもう一段の値下げ攻勢があると見て間違い無いだろう。


しかし、今年五月にSCEがPS2の価格を引き下げた際には、マイクロソフトや任天堂はそれに対抗するべく、Xboxと GCの価格の値下げを行っている。さらに、値下げ効果が両ハードの普及速度を早めたと言うのだから、ソニーにとっては皮肉な結果になった。ソニーはできるだけ早くにゲーム機戦争を終わらせるべく、値下げを敢行したのに、それが逆に激しい戦争の口火を切ることになっては身も蓋も無い。


将来、PS2のもう一段の値下げがあるとしても、今年の五月に起きた現象と同じ結果が表れる可能性が高い。それだけに値段だけの競争ではどうしても限界がある。今のところソニーの試みは空回りしているようだ。(つづく)


(注1・・・「ソシエテ ジェネラル証券 レポート ソニー(6758)」 2001年5月1日)


→第四章(最終章):「避けられない戦い」へ続く
タグ:ゲーム業界

2007年08月01日

過去のコラム編集:2002年6月「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」Part2

当該記事は、2002年6月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「PS2、勝利宣言 〜ソニーの事情〜」の第二章です。

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第二章:「ソニーのあせり」

 
ソニーグループの2002年3月期の決算は思わしくない結果に終わった。売上こそ微増になったが、本業の儲けを示す営業利益は大幅に減少した。ソニーが不振に陥った主因は、売上高で60%を占め、これまでソニーを支えてきたエレクトロニクス部門が赤字に陥ったためだ。しかし、それでもソニーグループ全体として黒字を維持できたのはゲーム部門が大きく貢献したからである


ソニーの部門別の営業利益を詳しく見てみると、ゲーム部門はすべての部門(金融・音楽・映画・エレクトロニクス)を抑えてトップの利益を稼ぎだしている。売上高ではわずか13%程度でしかないゲーム部門が、ソニーグループの全営業利益の60%を生み出しているのだ。前期のソニーの黒字化に大いに貢献したのは、売上高においてわずかなシェアしか持たないゲーム部門に他ならないのである。


この結果、ゲーム部門はソニーにとって必要不可欠な存在にまでなったと言うことができる。ソニーの出井会長もゲームなどのコンテンツ事業を再評価しているようで、これらの事業を軸としてソニーグループの未来像を描いている。簡単に言えばコンテンツを武器に、ソニー製品を売り込もうとしているのだ。


ゲームは、その良い例だ。ゲームという非常に魅力的なコンテンツを武器にすることでソニー製のゲーム機を売ることができる。それによりエレクトロニクス部門は利益を挙げ、なおかつPS2の普及はDVDソフトの普及を手助けをする。そうなると、優良なDVDソフトを多数保有している映画部門(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)の収益をも押し上げる要因にもなる。コンテンツ事業を軸にすることで、ソニーグループ全体に相乗効果をもたらすことができるのだ。


これからのソニーにとって必須であるコンテンツ。その代表格であるゲーム事業は、それこそソニーの未来を左右するといっても過言ではない。ならば、ゲーム部門はこれから先も常に高収益を挙げ、人々を惹きつけるだけの魅力あるソフトを提供していく必要があるはずである。


そのためには、他社とのゲーム機戦争に負けるわけにはいかない。もし、負けることがあれば、影響はSCEだけに留まらない。ソニーグループの今後を大きく変えてしまう可能性も十分にあるのだ。ソニーとしては、それだけは避けたい。だから、できるだけ早めにゲーム機戦争での勝利を手に入れたいのだ。


先の平井氏の発言は、こうした背景があったために発せられた言葉ではなかっただろうか。ゲームなどのコンテンツが導くソニーの未来をより盤石なものにするためには、XboxやGCとの決着はもう済んでいると公言し、PS2の勝利をグループ内や業界関係者、なによりユーザーに知らしめる必要があったのだろう


圧倒的な普及台数と豊富なソフト、さらにSCEの勝利宣言が組み合わされればユーザーはどうしてもPS2に目を奪われる。それによって普及台数がさらに伸びれば、ソフトメーカーもPS2を中心にソフトを開発せざるを得ない。ハードが普及し、ソフトが集まるという好循環がいったん始まれば、後発メーカーがそう簡単に覆せるものではない。


勝者の立場に一番近いPS2が勝利宣言をすることでその好循環の流れを一気に加速させ、PS2の勝利を“本当”に確定させてしまいたいと平井氏は考えたのではないだろうか


“平井発言”の真相はソニーグループの方針が別の形で表れたと解釈できるのだ。(つづく)


→第三章:「空回り」へ続く