2007年11月30日

ゲーム情報保管庫:2007年11月26日 ソニー:感謝祭の週の「プレイステーション3」販売は昨年比3倍強

インターネット上の情報は、短期間で消滅してしまうことが多いので、なるべく様々な資料を保存していきたいと考え、こちらのカテゴリにて記録していきたいと思います。



http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=infoseek_jp&sid=aPMBdlDKDIPU#


ソニー:感謝祭の週の「プレイステーション3」販売は昨年比3倍強



11月26日(ブルームバーグ):ソニーは26日、感謝祭の祝日を含む先週の「プレイステーション3(PS3)」の販売が昨年比で3倍強となったことを明らかにした。値引きが奏功し、消費者は感謝祭後の休日にPS3を購入したとみられる。

ソニーの広報担当者キンバリー・オツマン氏の電子メールによると、PS3の北米販売台数は昨年比で245%増えた。数字は11月18−24日の大手小売店 10社からの報告に基づいてまとめた。同氏は具体的な販売台数は発表できないと述べた。

ソニーは米マイクロソフトの「Xbox360」や任天堂の「Wii」に対抗するため、家庭用ゲーム機の最新機種PS3の価格を引き下げ、低価格版も投入した。オツマン氏によると、PS3の販売は以来4倍に増えたという。Wiiは昨年の発売以来、同世代機で1位の売れ行きを誇っている。ソニーは10月 18日に1モデルを599ドルから499ドルに値下げし、11月2日に399ドルのモデルを投入した。WiiとXbox360の価格はそれぞれ249ドルと280ドル(最低価格モデル)。

ソニーの米国預託証券(ADR)はニューヨーク時間午後4時(日本時間 27日午前6時)現在、93セント高の50.01ドル。

原題:Sony's PlayStation 3 Sales More Than Triple After Price Cuts (抜粋)      {NXTW NSN JS4ZAN0UQVIA }

2007年11月29日

ゲーム情報保管庫:2007年11月28日

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http://mainichi.jp/enta/mantan/game/archive/news/
2007/11/28/20071128org00m300017000c.html



Wii:米国では500万台突破 1年で達成



 任天堂は27日(米国時間)、米国での「Wii」の販売台数が500万台を突破したと発表した。昨年11月の発売から1年で達成。米国では歳末商戦が開幕したが、滑り出しは絶好調という。

 歳末商戦の第1週(11月18日〜24日)だけで35万台を販売。1週間の販売台数としては、これまでで最高(発売直後を除く)となった。調査会社によると、ライバルの「Xbox360」は発売から2年で約700万台(米国分)で、Wiiの方がペースが速い。

 一方、ニンテンドーDSは、第1週だけで約65万3000台が売れた。05年の同時期には、ゲームボーイアドバンスが60万台売れたが、その記録を更新した。【南優人/Infostand】

 2007年11月28日

2007年11月28日

ゲーム情報保管庫:2007年11月28日「Wii」を光でネットにつないで・任天堂とNTT東西が共同戦線

インターネット上の情報は、短期間で消滅してしまうことが多いので、なるべく様々な資料を保存していきたいと考え、こちらのカテゴリにて記録していきたいと思います。


http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITba000028112007


「Wii」を光でネットにつないで・任天堂とNTT東西が共同戦線




 任天堂とNTT東西は28日に都内で会見し、任天堂のゲーム機「Wii」のインターネット接続促進とNTTの光回線販促で協業すると発表した。NTT東西の光ファイバー通信サービス「フレッツ光」を通じてWiiをインターネット接続する顧客をサポートするコールセンターを29日に開設し、共同で運営する。また、フレッツ光を新規に申し込む顧客向けに、回線工事と無線LANのアクセスポイント、顧客の家に訪問してWiiのインターネット接続を設定するサービスをセットにしたパックも提供する。

 NTT東西と任天堂は29日に「Wii×フレッツ接続サポートセンター(番号:0570−011275)」を開設し、共同運営する。受付時間は祝日と年末年始を除く日の午前9時から午後5時まで。東西地域の2つのセンターでまず数十人ずつの規模の人員を用意する。

 フレッツ光を導入する工事費用と無線LANアクセスポイント、「Wiiポイント」1000ポイント分(1Wiiポイントは約1円相当)、訪問によるネット接続設定をセットにしたパックも6800円で提供する。訪問設定の代わりに追加の1000Wiiポイントにすることもできる。

 会見した任天堂の波多野信治専務は今回の連携の狙いについて「Wiiのネット接続率は40%で、ブロードバンドの普及率50%を下回っている。これを引き上げるためには任天堂のサービスの充実だけでなく、環境整備が必要不可欠」と説明した。Wii向けには来年3月に新たなゲームのダウンロードサービスを開始する予定になっており、ネット接続率を高めたい任天堂と光回線の販促を図りたいNTTの狙いが一致した。

 会見での主な一問一答は以下のとおり。

――今回の話はどちらから持ちかけたのか。

任天堂の波多野専務:今年の7月ごろ、NTT側から光接続のプロモーションとしてWiiを使えないかという話があった。一方の任天堂はWiiのネット接続率を高めたいと思っていたところ。双方で協力してやっていくことでどうかという合意になった。

――すでに提供している任天堂のダウンロードサービスの実績は。

任天堂の波多野専務:過去のゲームを遊べる「バーチャルコンソール」のダウンロードが一番多い。これまでに780万本がダウンロードされ、売り上げでは35億円ぐらいだ。これが多いか少ないかは判断に迷うところ。悪い数字ではない。

 ダウンロードサービスはたくさんのユーザーがおり、手ごたえを感じている。来年3月からは、ダウンロード用に新たに開発したゲームの販売も始めるが、どの程度ダウンロードがあるか予測はできない。こういう場を提供することがクリエーターやお客さんにとって便利で、パッケージでは市場に販売できないリスクがあるものにチャレンジする場とすることができる。売り上げがいくらいくらということではないが、コストに見合う収益は得られる。

――フレッツの契約数がどれだけ上乗せになると見込むか。

NTT東日本の古賀哲夫副社長:Wiiは月当たりで(最低でも)30万台を販売している。一方のフレッツ光はNTT東西合わせて20万回線。この差を埋めるぐらいの効果があると期待したい。

――任天堂は他の通信事業者と連携しないのか。

任天堂の波多野専務:今のところ考えていない。

――NTTは他のゲーム会社と同様の連携をしないのか。

NTT東日本の古賀副社長:排他的にすることはできないことになっている。他社も話があれば考えたい。

[2007年11月28日/IT PLUS]

2007年11月25日

ゲーム情報保管庫:2007年11月9日 エッジ感とメジャー感--パブリッシャーとしてのセガが描く世界戦略

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http://japan.cnet.com/sp/game2007/story/0,3800082083,20360683,00.htm

エッジ感とメジャー感--パブリッシャーとしてのセガが描く世界戦略



2007/11/09 20:53


 セガという社名を聞いて、読者はどのようなイメージを持つだろうか。 アーケードで最先端を走るメーカーとしての姿だろうか。それとも、多くのハードにソフトを供給するパブリッシャーとしての姿だろうか。

 かつて、ハードウェアメーカーとして任天堂やソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)と壮絶なシェア争いを繰り広げたセガ・エンタープライゼスはセガと社名を変え、セガサミーホールディングスの中核企業として現在に至っている。

 アーケードタイトルの隆盛、コンシューマーゲーム機の乱立と収束、オンラインゲームビジネスの立ち上げなど、ゲームの新しい流れがある時に、セガは常に最前線にいた企業のひとつだ。

 2001年にハードウェア事業から撤退し、総合ソフトウェアパブリッシャーとして姿を変えたセガは、現在のゲーム市場をどうとらえているのか。そして、今なお熱い支持を集める「セガらしさ」を、どうユーザーへリーチしていくのか。セガ常務取締役 CS統括本部長 岡村秀樹氏に聞いた。
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2007年11月23日

ゲーム情報保管庫:2007年10月12日 グローバリゼーションの中で輝くオリジナリティ――テクモの見る世界市場[1]

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グローバリゼーションの中で輝くオリジナリティ――テクモの見る世界市場




http://japan.cnet.com/sp/game2007/story/0,3800082083,20361156,00.htm

2007/11/16 21:12




コンシューマーゲーム機とは全く違うビジネスモデルを持つオンラインゲーム。ネットワークによって多くの人々がつながることで、ゲームの新しい可能性を生み出したこのジャンルは、これまでのゲーム開発とは全く違うノウハウが必要なジャンルでもある。

 それらノウハウを統合しシェアすることで、技術的にも運営的にも優れたサービスを提供しようという概念が「オンラインプラットホーム」であり、これを謳ったのはゲーム業界で老舗といえる数少ない企業のひとつ、テクモである。
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2007年11月13日

過去のコラム編集:2001年9月「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」Part4

当該のゲーム業界記事は、2001年9月15日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」の第四章(最終章)です。


初代XBOXが発売される前の同機に対する評価は当時より割れておりました。
特にソフトメーカーの間では淡い期待と軽い失望が綯い交ぜ(ないまぜ)に
なっている状況でした。このコラムではその辺りの原因を探るものと
なっております。初代XBOX発売前の当時の状況が少しでも感じて
頂ければ、と思っております。


「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」第四章:分かれた評価の背景

第四章(最終章):「分かれた評価の背景」


Xboxに参入する理由はそれぞれありつつも、主要ソフトメーカーはXboxに集まった。しかし、Xboxに期待するメーカーと、Xboxの売れ行きに懐疑的な見方をするメーカーに、メーカーの間で立場が大きく分かれてしまっている。


どうしてXboxには一定の評価が定まりつつあるのに、各メーカーは一方ではXboxに期待をするようになったり、もう一方ではXboxに懐疑的になってしまったのだろうか。なぜ、評価が分かれてしまったのだろうか。


各ソフトメーカーに「Xboxは期待できる」「Xboxの普及に疑問」と思わせ、Xbox期待派・懐疑派に分かれさせた背景は、ソフトメーカー自身の企業規模が関係しているからではないだろうか


Xboxに好意的なメーカーの代表であるテクモの2001年3月期の売上規模は、90億円台であるのに対し、懐疑的なメーカーであるセガは2000億円台である。同じくソフトの販売本数はテクモが100万本台なのに対し、セガは約1000万本台である。このようにテクモとセガには、企業規模において大きな開きがあるのだ。では、その企業規模の差がXboxの評価にどう作用したのか


企業規模の小さいテクモの場合、Xboxに大きな期待をしている。もちろん、テクモもXboxの売れ行きに不安を抱えているのは確かだ。しかし、それでも期待するのはPS2で飛躍を遂げ、企業規模を拡大させたコーエーのようにXboxで大きく飛躍をしたいと思っているからだ。


コーエーもPS2で波にのるまでは売上高で150億円程度、利益も10億円台の企業であったのが、PS2で成功を収めた結果、2002年3月期では、売上高で約100億円増加の250 億円、利益は四倍の約50億円になると見込まれている。この急成長はPS2を上手く利用したために達成されたものである。


業規模が小さい所が大きく飛躍するためには良いソフトを作り出すのは当然だが、それが大きく売れるためにはきっかけが必要だ。コーエーはPS2向けに「決戦」などの良いソフトを作り出したが、それを大きく売るきっかけとして、ソフト不足が叫ばれていたPS2を利用したのである。このような成功例があるからこそ、テクモはXboxに大きな期待を寄せ、企業規模の拡大の為に看板ソフト「DOA3」を供給することにしたのである


一方、企業規模の大きいセガの場合、もうそれが充分大きいために、評判の乏しいXboxで飛躍を遂げようとは思っていない。そうなると、その時点で Xboxには、たいした魅力を感じていないはずだ。なぜなら、セガにはテクモのようなXboxに対しての期待感がないのだから。


しかも、XboxがPS2 やGC相手にどのくらい売れるか分からず、Xbox向けのソフト市場が成立するのか全く未知数であることも期待感を損なわせる。PS2のように発売される前から売れることが約束されているゲーム機で、なおかつ業界内で期待が高まっているのであれば、セガの期待度もまた違ったものになっていただろう。


だが、実際はそうではなく、一番売れないかもしれないと思われているのだ。これでは、セガは高い期待を抱くわけにはいかない。セガには、Xbox以外にPS2に代表される有力な市場がすでにあるために、別にXboxがそれほど売れなくても問題はない。


それでなくても、Xboxの発売前にGCという有力ゲーム機が登場する。これでは、Xboxの普及に懐疑的になるのも無理はない。テクモのような期待もなければ、売れるかどうかも怪しいXboxには必然的に低い期待しか持てないのである。


結局、Xboxは厳しいと、期待派メーカーも懐疑派メーカーも一致した認識を持っているが、企業規模の小さい方がXboxをてこに飛躍を目指しているためにXboxに期待し、反対に規模が大きい方はXboxで飛躍をしようとは考えていないために、余り期待をしていないのである。


しかし、いずれにせよXboxが売れる事はどのメーカーにとっても良いことである。MSは今年の秋の東京ゲームショウでは出展社最大のブースを確保し、ユーザーにアピールするという。そこで、不利な下馬評を覆せるのだろうか。MSの秘策に“期待”したい。(おわり)

2007年11月12日

過去のコラム編集:2001年9月「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」Part3

当該のゲーム業界記事は、2001年9月15日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」の第三章です。


初代XBOXが発売される前の同機に対する評価は当時より割れておりました。
特にソフトメーカーの間では淡い期待と軽い失望が綯い交ぜ(ないまぜ)に
なっている状況でした。このコラムではその辺りの原因を探るものと
なっております。初代XBOX発売前の当時の状況が少しでも感じて
頂ければ、と思っております。


「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」第三章:期待派の参入理由

第三章:「期待派の参入理由」


Xboxの普及に懐疑的なメーカーに対して、逆に高い期待をかけている所もある。その代表格がテクモであろう。テクモは自社の看板ソフトとも言える「DEAD OR ALIVE」(DOA)シリーズの最新作「DOA3」をXboxに投入すると発表した。


「DOA」シリーズはこれまで、「DOA」「DOA2」とあるが、それぞれトータルでは50万本、150万本の出荷があるビックタイトルである。テクモにとっては、自社を代表するソフトである「DOA3」を、まだ発売もされていないXboxに供給するのであるから、テクモ側のXboxへの高い期待が読み取れる


しかも、「DOA3」はXbox以外で発売する予定は無いと言う。つまり、PS2やGCなどには移植されないのだ。これらの事を考慮すると、テクモは全体的な評価が芳しくないXboxに対して強い期待感を持っていると言えよう。では、どうしてテクモはまだ未知数であるXboxにそこまで期待をするのであろうか。テクモがXboxに力を入れる理由。それはコーエーの成功にある


コーエーはPS2の登場で最も恩恵を受けたメーカーの一つである。ソフト不足が心配されていたPS2発売時に大型ソフト「決戦」を投入、40万本を超える本数を出荷することに成功した。その後も、「真・三國無双」というソフトも発売し、早い時期に30万本を上回る本数を出荷した。


コーエーの堀口常務はこの結果について『パソコン向けの転用ではなく、最初からゲーム機用に出したソフトとしてはかつてない成功』(2000年10月4日日経金融新聞)と述べている。


コーエーのソフトが、このかつてない大成功を納めた理由の一つとして、PS2発売後、暫く続いたソフト不足の時期に、優良・大型ソフトを供給した事があろう。PS2と同時発売の「決戦」は、その他の同時発売の大型ソフトが少なかったため、相対的に大きな注目を浴び、大ヒットする一因となった


それと同時に「決戦」のヒットは、コーエーの知名度を向上させることになる。「真・三國無双」のヒットは「決戦」の成功に依るところもあるだろう。


ソフト不足の新しいゲーム機に大型ソフトを投入すれば、ソフトが不足しているために高い注目を浴び、ヒットする。「決戦」「真・三國無双」のヒットは、こうした成功例を作り出したのだ


テクモが、売れ行きが厳しく、ソフトも不足していると言われているXboxに自社の看板ソフト「DOA3」を本体と同時に発売する目的は、このコーエーの先例があるからだ。テクモの板垣執行役員は、Xboxには「DOA3」以外にあまり良いソフトがないと評されていることについて、こう答えている。


計算の範囲内だ。とてもよいことではないかとも考えている。(それは)“DOA3”が“Xbox”で最も注目を集めるソフトになるからだ。“DOA3”はまず米国、ついで日本、来春には欧州やオーストラリアなどで販売されるが、全エリアで“Xbox”本体と同時発売だ。“Xbox”を買った人は、みんな “DOA3”を買ってもらえるのではないかと期待している』(ZDNet Japan 「“DOA3”で“Xbox”に賭けるテクモの戦略と成算」 2001年6月6日)。


この板垣執行役員の発言から考えるに、テクモは明らかにコーエーの先例を意識していると言えるだろう。


このようにXboxに期待するメーカーが参入した訳は、PS2登場時にコーエーが見せた成功をXboxにて再現するためだったのだ。だからこそ、テクモを筆頭とする期待派メーカーは、業界全体のXboxへの評価が余り良くないにもかかわらず、ソフトを供給することにしたのである。


彼らはXboxの登場を「大きなチャンス」と見ている。(つづく)


→続きはこちら:第四章(最終章)「分かれた評価の背景」

2007年11月11日

過去のコラム編集:2001年9月「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」Part2

当該のゲーム業界記事は、2001年9月15日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」の第二章です。


初代XBOXが発売される前の同機に対する評価は当時より割れておりました。
特にソフトメーカーの間では淡い期待と軽い失望が綯い交ぜ(ないまぜ)に
なっている状況でした。このコラムではその辺りの原因を探るものと
なっております。初代XBOX発売前の当時の状況が少しでも感じて
頂ければ、と思っております。


「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」第二章:懐疑派の参入理由

第二章:「懐疑派の参入理由」


Xboxに対して、業界内での評価ははっきり言って厳しい。XboxがPS2やGCとの競争に勝ち、ナンバーワンプラットフォームになれる、とは殆ど思われていない。そのような状態であったにも関わらず、MSは評価をさらに下げるような行為を行った。


これによって、業界内の評価を更に悪化させたのは間違いないだろう。『元々日本は視野に入っていないようだ』(2001年8月28日日経産業新聞)とソフトメーカーから酷評されるようでは、それも理解できる。


ただ、そのようにXboxの普及に懐疑的なメーカーであっても参入を決めている。これはなぜか。どうして懐疑派メーカーは、自身の評価が余り高くない Xbox向けにソフトを供給することを決断したのであろうか。もし、Xboxは余り期待できないと考えたのであれば、そのまま参入を見送っても良かったのではないか。


Xboxの普及に懐疑的でありつつも、Xboxへ参入する理由は「一本でも多くソフトを売りたい」からである。現状のソフトメーカーは、ゲーム機の進化によって高騰する開発費をなんとか迅速に回収するために、同じソフトを他のゲーム機にも供給するやり方が多くなってきている。こうすることで、一つのゲーム機だけに供給するよりも、確実に売上増が見込めるからだ。


懐疑派メーカーがXboxに参入した理由は、ここにある。要するに、売り上げの確保の為に複数のゲーム機にソフトを供給したかっただけなのだ。複数あるゲーム機の中で、たまたまその一つがXboxであった、というだけの話なのだ。だからこそ、売れ行きには懐疑的ではあるが、新しいゲーム機であるXboxに参入することを決めたのである。


この考え方が強いのがセガではないか。実は『元々日本は視野に入っていないようだ』(同)と発言したのは、セガなのだ。もし、Xboxに期待感があれば、このような発言はあっただろうか。


セガは早い時期からXbox参入を表明していたが、Xbox向けのソフトはXbox以外に供給しないわけではない。セガは、Xbox向けのソフトに「セガスポーツNFL2K2」「セガスポーツNBA2K2」などを供給する予定でいるが、この二本のソフトともPS2でも発売される事になっている。すべては「売り上げを増やす」ためである。


他の懐疑派メーカーも基本的にセガと同様の戦略を打ち出すものと考えられる。とにかく、彼らは「一本でも多くソフトを売りたい」だけなのだから。もしかしたら、懐疑派メーカーにとってXboxにソフトを供給することは、自社のソフトを少しでも売るために新しく出来た“ゲームショップ”にソフトを並べてもらう、という感覚と同じなのかもしれない。(つづく)


→続きはこちら:第三章「期待派の参入理由」

2007年11月10日

過去のコラム編集:2001年9月「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」Part1

当該のゲーム業界記事は、2001年9月15日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」の第一章です。


初代XBOXが発売される前の同機に対する評価は当時より割れておりました。
特にソフトメーカーの間では淡い期待と軽い失望が綯い交ぜ(ないまぜ)に
なっている状況でした。このコラムではその辺りの原因を探るものと
なっております。初代XBOX発売前の当時の状況が少しでも感じて
頂ければ、と思っております。


「Xboxにのせた期待 〜その落差と背景〜」第一章:沈んだムード

第一章:「沈んだムード」


マイクロソフト(MS)は、2001年8月27日に行われた「Xbox Conference 2001 Summer」にてXboxの日本発売を延期すると発表した。当初、MSはXboxの発売時期を年内としていたが、それが今回の発表によって一転、来年 2002年2月22日へと変更になった。しかし、Xboxの発売延期は一部では予想されていた事態でもあった。


ゲーム情報誌で業界最大手「週刊ファミ通」の編集長浜村弘一氏は、発売延期が報じられる前に『日本はおそらく年内の発売は難しい』(ブルームバーグ「フォーラム:ゲーム機“Xbox”の国内発売は年内困難」 2001年8月24日)と述べ、今回の事態をあらかじめ予想していた。


ゲーム機の発売延期は、任天堂の山内社長に言わせれば『よくあること』(2001年8月28日日経産業新聞)である。確かに、ゲーム業界ではハードやソフトに関係なく発売延期は日常的によくあることだ。任天堂も次世代ゲーム機であるゲームキューブ (GC)を、日本・アメリカ共に予定されていた発売時期を延期している事を考えれば、同じゲーム機であるXboxの発売延期は特に不思議では無いし、ある程度予想もされていた事でもある。


ただ、発売延期は確実に業界のムードを盛り下げた。今年中に出揃うプレイステーション2(PS2)・GC・Xboxの3 機種の争いは、低迷を続けるゲーム市場を活性化させるものと期待されていたのだが、Xboxが早々に脱落した事で対決ムードに水を差した


元々、Xboxには高い評価が下されているわけではなかった。どちらかというと、3機種の中で一番低い位置に置かれていたと言っても過言ではない。そんなゲーム機が、さらに期待を裏切るような行為をしたのだから、Xboxに対する失望感が一気に高まったのも無理はない。


元々日本は視野に入っていないようだ』(同)と答えるソフトメーカーの一言が、ゲーム業界に漂う失望感を表している。GCが発売を延期してもなお、変わらない期待をされているのとは正反対である。


だが、そんな中でもXboxのサードパーティーは着実に増加している。「Xbox Conference 2001 Summer」では新たにアトラス、フロム・ソフトウェア、ナムコの三社がXboxへの参入を正式に発表した。これで、参入を表明しているメーカーはコナミ・セガ・カプコン・テクモ・コーエー・アトラス・ナムコ等となり、ソフトメーカーの大手が揃う事になった。


これらのメーカーの間でのXboxへの評価は、必ずしも一致しているわけではない。『HDDの搭載やオンラインへの取り組みなど、MSの日本市場への“本気”を感じた』(ZDNet Japan GameSpot 「“Xboxに期待”新規参入メーカー3社がコメント」 2001年8月27日)と話し、Xboxに大きな期待をしているメーカーもあれば、その一方で、先ほどのコメントのようにXboxに余り期待していないメーカーもある。つまり、メーカー間では、Xboxに対する評価が割れているのだ。


では、どうしてメーカーの間でXboxへの評価に差が生じているのであろうか。どのメーカーにとってもXboxは同じゲーム機であるはずなのに、評価に違いが出るのはなぜなのか。


今回はXboxに対しての評価の違いによって表れた、期待派メーカーと懐疑派メーカーのXboxへの参入理由を解き明かすと共に、最終的にそれぞれのメーカーで、異なった評価になってしまった背景を考えてみる事にしたい。(つづく)

→続きはこちら:「懐疑派の参入理由」

2007年11月08日

過去のコラム編集:2001年9月「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」Part4

当該のゲーム業界記事は、2001年9月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」の第四章(最終章)です。

折しも2007年11月現在で、SCEのプレイステーション陣営から任天堂のwii&ニンテンドーDS陣営へ乗り換えるゲームソフトが出始めておりますが、こちらのコラムでは当時プレイステーション陣営から任天堂のゲームキューブ陣営に移籍したカプコンのバイオハザードについて考察したものとなっております。



第四章(最終章):「忍び寄る危機」


バイオシリーズがPS2から去った原因は主としてPS2にある。三上氏とカプコンは開発期間の長さを嫌がった。三上氏はできるだけ時間をかけずに、カプコンはできるだけ開発費をかけずにゲームを作りたかったが、PS2という高性能ゲーム機でそれを実現するのはとても難しいことだった。だから、彼らはGCでバイオシリーズを供給すると決めたのだ。


バイオシリーズを受け入れたGCは、これによりソフト開発の容易さをソフトメーカーに広くアピールすることができた。ソフトメーカー側にとっては頭痛の種であった増大する開発費をGCで開発する事で抑制できるのだから、とてもありがたいゲーム機が登場した、と言って良いだろう。それは同時に、多忙を極めるクリエイター達にとっても時間を節約できるGCの登場はありがたいことである


三上氏は、“BIOHAZARD」戦略発表会”で任天堂の方針に大いに賛同している。『映像だけではない、本当におもしろいソフトを供給する、という任天堂さんの考えかたに昔から共感していたこともあり、キューブがそれができるハードということもあって、独占供給を決めました』(ファミ通.com Game 「“バイオ”シリーズはゲームキューブに独占供給」 2001年9月13日)。


三上氏のこの言葉には嘘やお世辞は無いと思われる。多忙な三上氏にとって、自分のゲームを作る時間は限りなく少ない。その少ない時間の中で、良いゲームを作っていくためには、開発が容易なGCは無くてはならないゲーム機なのだから。


しかし、このような状況は、GCを迎え撃つPS2とSCEにとっては好ましい事ではない。確かに、バイオシリーズが移籍した所で、PS2優位の状況は変わらない。変わらないのだが、今回のこの移籍騒動が及ぼす影響はPS2にとって良いものではない


なぜなら、三上氏とカプコンが抱えている悩みと、同じような悩みを持っているクリエイターやソフトメーカーは少なくないからだ。彼らはゲームを時間的にも、資金的にも容易に作りたいと考えているのに、PS2ではそれを実現させるのは難しい。そんな時に、開発者側のニーズに合ったゲーム機が登場したらどうなるだろう。彼らはPS2よりGCに大きな魅力を感じてしまうのではないだろうか。そして、自社のソフトをGCで供給したいと考えるのではないだろうか。


もし、そういう状況が進み、GCがPS2に対抗するだけの力を持った時、各ソフトメーカーは、PS2に対してこれまでとは違う態度をとるかもしれない。そのような事態にまで発展した場合、SCEはソフトメーカーとクリエイターが抱える問題を解消するための何らかの対応策をとれるのだろうか。


もちろん、これは悲観的な見方の最たるものなのかもしれない。だが、こうなり得る可能性だって充分にあるのだ。三上氏とカプコンが起こした行動が、他のソフトメーカーでは起きないという保証は何処にも無いのである。もしかしたら、バイオシリーズのGC移籍は、歴史のターニングポイントになるのかもしれない。(おわり)

2007年11月07日

過去のコラム編集:2001年9月「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」Part3

当該のゲーム業界記事は、2001年9月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」の第三章です。

折しも2007年11月現在で、SCEのプレイステーション陣営から任天堂のwii&ニンテンドーDS陣営へ乗り換えるゲームソフトが出始めておりますが、こちらのコラムでは当時プレイステーション陣営から任天堂のゲームキューブ陣営に移籍したカプコンのバイオハザードについて考察したものとなっております。



第三章:「カプコン側の理由」


バイオシリーズがPS2からGCに移籍したわけは、三上氏の個人的な理由があったからである。そういうことを踏まえていないと、“バイオ移籍”という事実だけを捉えて、カプコンのマルチプラットフォーム戦略が変更されたと見てしまう恐れがある。


時間がなく、多忙な三上氏がゲームを作るためには、非常に作りやすいGCに供給する以外、道がなかったのである。だから、カプコンが掲げている戦略が変更になったわけではないのである。


しかし、カプコンとしてはバイオシリーズを、PS2で発売することはできなかったのであろうか。確かにクリエイターである三上氏には、ゲームを制作する充分な時間がない。それでも、カプコンは、ゲームを作るのにどんなに時間がかかったとしてもPS2で制作をしなさい、と三上氏に指示することもできたはずだ。それなのに、あえてPS2への供給を諦め、GCでの供給を目指した理由はどこにあるのだろうか。


カプコンがバイオシリーズのPS2での発売を断念して、GCにバイオシリーズを供給する理由は大きく分けて3つあるまず、第一の理由はGCでの開発期間の短さがあろう。そして、この理由が“バイオ移籍”に最も強い影響を与えたと思われる。


三上氏にとって魅力を感じた開発期間の短さは、カプコンにとっても充分魅力的であった。なぜなら、開発期間の短さは、ゲーム開発のために投入しなければならない人員が減ることを意味し、それはそのまま開発費の減少につながるからだ。


高性能ゲーム機の登場により、天井知らずで高騰を続けるゲーム開発費に苦しむソフトメーカーとしては、これは大変ありがたい。開発費の増大は、以前からソフトメーカーも苦々しく感じていたし、ゲームが売れない時代にあっての開発費の増加は出来るだけ避けたいとも考えていたはずなのだ。


それを少しでも救ってくれるGCはソフトメーカーにとって頼もしい存在であろう。しかも、GCの開発機材は安い。任天堂の岩田聡氏は『開発用ハード自体の値段が(NINTENDO64の時と比べて)10分の1に下がったということです』 (ASCII24 「“次世代ゲーム機の覇者は、ゲームキューブです”任天堂株式会社 取締役経営企画室長 岩田聡氏 月刊アスキー2001年9月号 Key personインタビュー」 2001年9月14日カッコ内は著者)と述べ、開発機材がとても安価になっていることを強調する。このように、GCにはPS2が持っていない大きな魅力があったので、カプコンはバイオシリーズをGCに供給しようと考えたのである。


第二の理由は、バイオシリーズの流れをくむPS2用ソフト「鬼武者」や「デビルメイクライ」が順調にPS2で売れていることが挙げられる。特に「鬼武者」はPS2初のミリオンヒットを記録するなどバイオシリーズと遜色が無いほど、ビックタイトルに成長している。こうしたバイオシリーズのいわば“後継者”が PS2で売れていることも、バイオシリーズが移籍した一因であろう。


つまり、バイオシリーズ自体はPS2では出ないかもしれないが、バイオシリーズと言っても良いソフトはPS2にきちんと残っているのだ。こういったことも、本家のバイオシリーズがGCに移籍できた一因ではないだろうか。


第三の理由として考えられるのは、やはり三上氏が制作したゲームで利益をあげるためには、「時間がいくらかかって良い」とは言えない事情がある。ゲームの開発期間が延びれば延びるほど、開発費がかさむのは当たり前の事である。三上氏が作る“バイオ”だからとは言え、開発費が潤沢にあるわけではない


あまりに開発期間が長いと、そのゲームで利益を挙げることは難しくなるのだ。かと言って、開発期間を短くすると質の良いゲームはできない。要するに、三上氏の制作するバイオシリーズで収益を得るためには、開発期間が長く開発費もかかるPS2ではなく、開発が容易なGCで供給する以外に方法が無かったのである


カプコンがバイオシリーズの移籍を決定した背景には、上記の通り主に3つの要因があり、それが総合的に作用したために今回の移籍が決まったと考えられる。(つづく)


→続きはこちら:第四章(最終章)「忍び寄る危機」

2007年11月06日

過去のコラム編集:2001年9月「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」Part2

当該のゲーム業界記事は、2001年9月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」の第二章です。

折しも2007年11月現在で、SCEのプレイステーション陣営から任天堂のwii&ニンテンドーDS陣営へ乗り換えるゲームソフトが出始めておりますが、こちらのコラムでは当時プレイステーション陣営から任天堂のゲームキューブ陣営に移籍したカプコンのバイオハザードについて考察したものとなっております。



第二章:「時間が足りない」


カプコンにバイオシリーズをGCに移籍させ、PS2への供給を断念させた理由は、バイオの生みの親である三上真司ディレクターにある。三上氏はバイオの供給先にPS2ではなく、GCを選択した訳を次のように述べている。『グラフィック偏重の時代で、グラフィック重視のゲームがあっても良いと思うが、そればかりではいけないと思う。個人的には触って楽しいゲームを作らなければならないと思い、そのためのマシンとして制作された任天堂に共感したので、ゲームキューブを選択した』(GAME Watch 「カプコン“バイオハザード”シリーズ、ゲームキューブで独占供給」 2001年9月13日)。


三上氏の言うグラフィック偏重の時代を招いたのはPS2であろう。PS2は高い描画能力を持っているが故に、ゲームのグラフィックを制作するためには大変な労力を必要とするゲーム機だ。そのため、ゲーム開発期間が長くなってしまう弊害が生まれた。


SCEの岡本伸一氏は『PSでは開発に12カ月から18カ月かかっていました。PS2では18カ月から24カ月かかっています』(Mainichi INTERACTIVE キーマン・インタビュー「SCE常務兼CTO岡本伸一氏」 2001年6月)と述べ、PS2では明らかにゲーム開発期間が長くなっていると答えている。


PS2とは対照的に、バイオを独占供給するGCはゲームを作りやすいゲーム機だ。任天堂の浅田篤副社長は『PS2では、絵をゲームのように動かすまで1〜3カ月かかるが、GCはすぐにできる』(Mainichi INTERACTIVE キーマン・インタビュー 「任天堂副社長浅田篤氏」 2001年)と言い、その短さを強調している。


三上氏がバイオシリーズをGCに独占的に供給しようと考えた訳はここにある。つまり、GC向けにゲームを作ると、ゲームの制作期間がPS2より短期間ですんでしまうのだ。ここに、三上氏が大きな魅力を感じたのである。


三上氏が時間に拘る理由は、彼が置かれている環境にある。『僕は部長職もあるし、10本近いゲームを管理しているから、平日は開発ができない。だから、僕のチームだけ日曜出勤で作っているんですよ』(P7 週刊宝島No.496 2001 3.19 宝島社)。要するに、三上氏は一方では数多くのゲームを管理しながら、一方では休日にゲームを制作するという二足のワラジを履かざるをえない程、多忙な状況にあるのだ。


そのために、彼が作るバイオシリーズは制作期間が短くてすむGCに独占的に供給される事になったのである。これは逆に言うと、三上氏が余りに多忙なため、彼が作るバイオシリーズはGCでしか作れないということでもあるのだ。


三上氏が語った『少なくとも自分が作るバイオはPS2で出すことはない』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト 「バイオシリーズ、GC移籍余波」 2001年9月14日)との言葉の背景には、PS2では“時間”の問題でバイオシリーズを作れない三上氏の個人的な理由が存在していたのである。(つづく)


→続きはこちら:第三章「カプコン側の理由」

2007年11月04日

過去のコラム編集:2001年9月「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」Part1

当該のゲーム業界記事は、2001年9月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“バイオ”GCへ移籍 〜開発者側の論理〜」の第一章です。

折しも2007年11月現在で、SCEのプレイステーション陣営から任天堂のwii&ニンテンドーDS陣営へ乗り換えるゲームソフトが出始めておりますが、こちらのコラムでは当時プレイステーション陣営から任天堂のゲームキューブ陣営に移籍したカプコンのバイオハザードについて考察したものとなっております。



第一章:「Good-bye PS2」


ソフトメーカー大手のカプコンは自社の看板ソフトである「バイオハザード」(以下、バイオ)シリーズを今後、ソニー・コンピュータエンタテインメント (SCE)のプレイステーション2(PS2)向けにではなく、任天堂のゲームキューブ(GC)に独占的に供給する事を発表した


2001年9月13日、都内で行われた“「BIOHAZARD」戦略発表会”で明らかにされたこの事実は、周囲に驚きを与えた。それは、主要なバイオシリーズはこれまで、PSでの供給が多かったために、その流れを引き継いでバイオシリーズは今後も当然PS2で出されるものだと、殆どの人が思い込んでいたからだ。


さらに、カプコンが抱えている事情もそれに拍車をかける。カプコンは2002年3月期にゲームソフトを1220万本販売する計画を立てているが、その中で PS2用のソフトは計画値の半分以上の690万本も占めているのだ(ZDNet 『カプコン 2001年は家庭用ゲームに集中する』 2001年5月24日)。これを見れば、計画を達成するためには、PS2に最も力を入れなければならないことが分かる。そのような背景があるため、バイオシリーズがPS2で出るのは、当たり前だと思われていたのだ。


だが、そうした周囲の見方があったにも関わらず、バイオシリーズはGCに移籍することになった。しかも、今後バイオシリーズはPS2には一切供給せずに、 GCにしか供給しないという。マルチプラットフォーム戦略を掲げるカプコンの従来の方針から、今回の発表を予想する事は困難であったと言って良いだろう。


この発表を受けて毎日新聞は『カプコンは、複数ハードへ同一、同時期価格で発売する“マルチプラットホーム戦略”を打ち出していたが、軌道修正した』 (LYCOSニュース 「“バイオハザード”ゲームキューブへ PS2から撤退(毎日新聞)」 2001年9月13日(木)18時38分)と報じ、カプコンの戦略が変わったことを伝えた。


今回のカプコンの決定はまさに異例と言える。PS2に力を入れ、PS2用ソフトを売りたいはずなのに、看板ソフトをまだ登場して間も無いGCに移籍させ、さらにはカプコンが掲げてきた戦略さえも無視をする形でバイオシリーズの独占供給を決めたのだから。この決定は普通に考えれば理解に苦しむ。


どうしてカプコンはこのような決定をしたのであろうか。なぜ、カプコンの看板ソフトであるバイオシリーズをPS2ではなくGCに供給しなければならないのか。やはり、毎日新聞が伝えた通り、カプコンの戦略自体が変わってしまったからなのであろうか。それとも、他になにか別の理由があるせいなのか。


今回のコラムでは、疑問ばかりが湧きあがるバイオシリーズの移籍の真相について考え、さらにそれがどんな意味を持っているのかという所まで探ってみる事にしたい。(つづく)


→続きはこちら:第二章「時間が足りない」

2007年11月02日

過去のコラム編集:2001年10月「ときめきメモリアル3、発売へ〜ゲームファンドの再評価〜」Part4

当該のゲーム業界記事は、2001年10月2日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ときめきメモリアル3、発売へ〜ゲームファンドの再評価〜」の第四章(最終章)です。

2001年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しております
ので、ご了承下さい。
当時、コナミはゲームソフトの開発費を一般から募集する方法にて
人気ソフト「ときめきメモリアル」を開発いたしました。その時に
使われたスキームが「ゲームファンド」なるファンド形式でした。
このコラムでは「ゲームファンドの意義」を改めて評価するものと
なっております。



第四章(最終章):「影響と評価」


ゲーム開発費を一般から集めるときめもファンドは、新しい資金調達方法であり、ソフトメーカー側からすれば、このようなリスク分散方法が誕生したのは喜ばしいことである。しかし、この仕組みを当たり前に利用出来るようになるためには、投資家にゲームへの投資は儲かるものだと、最初に示す必要がある


このような資金の調達方法はときめもファンドが日本で初めでである以上、ときめもファンドの成否が、この仕組みの全体的な評価を決めてしまう可能性があるためだ。だからこそ、ときめもファンドには成功する事が求められているのだ。


一度下された評価を変えることはなかなか難しい事である。それが特に、マイナスの評価であればなおさらだ。ゲームソフトメーカーのハドソンはその“評価”に苦しんでいる


ハドソンは昨年の2000年12月にナスダック・ジャパンと呼ばれる株式市場に上場したが、その時に公表していた2001年2月期の業績予想は、実際の数字と大きく異なっていた。実際の数字は、予想していたものとはかけ離れて悪いものだった


そのためハドソンは『一部の口さがないアナリストからは“うそつき”とまで呼ばれて市場の信頼を一気に失った』(2001年7月27日日経産業新聞)のだった。一度付いた悪い評価のせいで、ハドソンはまともな評価を受けられなくなった。ハドソンがコナミと提携しても『ハドソンは何をするのか分からない』(2001年7月31日日経産業新聞)と言われることもあった。


例え、2002年2月期の業績が前期と一転して好調であると会社側が発表しても、アナリストからは『今期中に投入するソフトはヒットが見込めず、業績は下方修正を迫られる可能性がある』(2001年6月19日 日経金融新聞)と言われる始末だ。


このハドソンの例をみれば分かる通り、一度ついた評価、特に悪い評価を変えることは難しいのだ。そういうことがあるからこそ、投資家にはゲームへの投資が儲かるのだと最初に思ってもらわなければならないのである。


果たして、ときめもファンドは成功するのであろうか。そして、ゲーム業界に新しい資金調達方法を根付かせてくれるのであろうか。それとも、ときめもファンドと同じ形のゲームファンドは、これが最初で最後になってしまうのだろうか。その答えを知るためには、まだもう少し時間が必要になる。(おわり)

2007年11月01日

過去のコラム編集:2001年10月「ときめきメモリアル3、発売へ〜ゲームファンドの再評価〜」Part3

当該のゲーム業界記事は、2001年10月2日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ときめきメモリアル3、発売へ〜ゲームファンドの再評価〜」の第三章です。

2001年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しております
ので、ご了承下さい。
当時、コナミはゲームソフトの開発費を一般から募集する方法にて
人気ソフト「ときめきメモリアル」を開発いたしました。その時に
使われたスキームが「ゲームファンド」なるファンド形式でした。
このコラムでは「ゲームファンドの意義」を改めて評価するものと
なっております。




第三章:「課せられた責任」

ゲーム開発資金を一般から調達する仕組みは、このときめもファンドが初めてである。それだけにこのファンドの成否がゲーム業界に与える影響は大きいだろう。


ゲームを制作する側としては、開発資金を集める方法が多様化すればするほど、リスクの分散が図れる。これまで、ソフトメーカーはゲームビジネスの不安定さをカバーするために、ソフトの発売タイトル数を増やし、総販売本数を確保するように努めてきた


証券アナリストである森本展正氏がゲームビジネスの不安定さを避けるためには『供給するタイトル数を増やし、リスクを分散すべきだ』(2001年3月2日日経金融新聞)と語っていることからも、その戦略の有効性が分かる。


しかし、今回のときめもファンドの登場により供給するタイトル数を増やし、リスクを分散するという「数によるリスクの分散」だけではなく、開発資金を別な所から調達し、リスクを極力抑えようとする「資金調達の多様化によるリスクの分散」をも出来るようになったのだ。


ゲームの開発費は、減れば減るほどソフトメーカーのリスクの低減に繋がる。なぜなら、ゲームに投資する資金が少なければ少ないほど、たとえゲームソフトが期待したほど売れなかった時でも、会社全体に与える影響は少なく抑える事が出来るからだ。リスクの分散という観点から言えば、ときめもファンドの登場により、新たに生まれた資金調達の方法は、ソフトメーカーにとって良い話であろう


だが、ソフトメーカーがゲームビジネスにおけるリスク分散の一つの方法として、このような資金調達方法を日常的に利用できるようになるためには、それが広く定着しなければならない。では、ときめもファンドのような仕組みを定着させるためにはどうしたら良いのであろうか。


簡単に言えば、今回のときめもファンドが成功する事である。ゲームソフトが売れて、資金提供者の投資家に利益を分配することである。そうすれば、この資金調達方法は定着して行く事だろう

反対に、ゲームソフトが売れずに投資家が損をするようであれば、定着は難しい。どうしてそうなるのかと言えば、資金を出す側の投資家が常に利益を追求して行動しているからだ。彼らはゲームへの投資が利益になるのかならないのかをときめもファンドを通じて、評価しようとしている。


もし、ときめきファンドが成功すれば、ゲームへの投資は儲かるのだと考え、積極的に投資をしていくだろう逆に失敗すれば、投資家はゲームへの投資に警戒感を持ち、投資を控えるだろう。誰も、失敗したときめもファンドの二の舞にはなりたくはないからだ。そうなれば、いくらソフトメーカーが資金を集めようと思っても、集まらず資金調達ができない状況になる。これでは、定着したとはいえない。

つまり、すべてはときめもファンドの成否に掛かっているといっても過言ではないのである。ときめもファンドは、一般の投資家がゲームに投資する仕組みの成功例を作るのか、悪しき前例となるのか、それによって彼らの考え方も決まってくる。もし、一般から開発資金を集める仕組みを定着させたいと思うのであれば、ときめもファンドは成功を納めなければならないのだ

ときめもファンドに課せられた責任は重い。(つづく)


→続きはこちら:第四章「影響と評価」