2008年01月31日

【ゲーム情報保管庫】ソニー:通期営業利益率は目標下振れへ、円高響く−PS3も下方修正

インターネット上の情報は、短期間で消滅してしまうことが多いので、なるべく様々な資料を保存していきたいと考え、こちらのカテゴリにて記録していきたいと思います。



記事の原文はこちらのリンクをクリック


ソニー:通期営業利益率は目標下振れへ、円高響く−PS3も下方修正

  1月31日(ブルームバーグ):ソニーは31日、通期(2008年3月期)の営業利益予想を400億円下方修正した。円高の進行で利益が圧迫されることなどが理由。これ伴いハワード・ストリンガー最高経営責任者(CEO)体制下で進めてきた中期経営計画で今期5%としていた営業利益率目標は、達成が難しい見通しになった。

  通期予想は、売上高は前期比8.2%増の8兆9800億円に据え置いたものの、営業利益は同5.7倍の4100億円に下方修正した。1100万台としていたゲーム機「プレイステーション3(PS3)」の卸売り販売台数目標も950万台に下方修正した。純利益は金融子会社の上場益などで100億円増額し同2.7倍の3400億円とした。

  米サブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローン問題を端に発した景気悪化や円相場の上昇などの影響が日本企業にも広がっている。大根田伸行最高財務責任者(CFO)は発表の席上、通期営業利益予想の下方修正は円高などが理由と述べた。第4四半期の為替レートは1ドル=105円、1ユーロ=155円と想定している。10月時点では下期をそれぞれ115円、160円と見込んでいた。

  今期は中期経営計画の最終年度。業績予想修正後の営業利益率は4.6%になる計算だ。大根田氏は、為替や金利など一時要因を除けば、通期営業利益率は5.2%になると説明している

             第3四半期は25%増益

  同時に発表した第3四半期(07年10−12月)業績は、純利益は前年同期比 25%増の2002億円となった。本業のエレクトロニクス事業の営業黒字は同7%減となったものの、前年同期に542億円の赤字だったゲーム事業の営業損益が129 億円の黒字に転換したほか、金融子会社の上場益などが寄与した。

  第3四半期の売上高は同9.6%増の2兆8590億円、営業利益は同5.8%増の 1894億円。ブルームバーグ・ニュースが集計したアナリスト6人の事前予測の中央値は、純利益1904億円、営業利益2218億円、売上高2兆7473億円だった。

  テレビ事業の営業損益は40億円の黒字だったが、液晶テレビ「ブラビア」などの伸び悩みが響いて前年同期の130億円から急減した。PS3の第3四半期の卸売り台数は490万台。上半期では202万台だったため、廉価版投入やソフトウエア充実が、歳末商戦で功を奏した形だ。

  ソニーの株価終値は前日比180円(3.6%)高の5220円。

記事に関する記者への問い合わせ先:東京 駅 義則 Yoshinori Eki  yeki@bloomberg.net
更新日時 : 2008/01/31 17:09 JST

2008年01月29日

過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part3

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月18日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」の第三章です。


現在のソフトメーカーはナムコやセガの例を見れば分かるとおり、生き残りをかけて単独経営から他企業との統合への道を選択しておりますが、当時ではそれはまだ珍しい状況でした。

そのため、ナムコとスクウェア、それにエニックスが緩やかな提携関係を結んでいた程度でもニュース性のある事例として扱われておりました。

その後、スクウェアとエニックスは合併しますが、そのときは両社による経営統合など思いもよらぬ事でした。ではなぜ、当時のソフトメーカーが提携に踏み切ったのか、ということを考察したのが当コラムです。当時のゲーム業界の様子を垣間見ていただけましたら幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part3
第三章:「生き残り策」


アタリとワーナーの失敗は、ゲーム業界にとって反面教師にしなければならない。そのためには「攻め」の姿勢で望むことが必要になる。これをまさに実践したのが、コナミである。


1995年、今でこそ絶好調のコナミだが、当時は殆ど「倒産寸前」にまで追い込まれていた。95年3月期はゲームソフトの販売不振などにより159億円もの巨額の赤字を計上することになったが、その年の売上高が270億円程度でしかない企業に、この赤字額はあまりに重すぎた。


そんな中、社長に復帰した創業者の上月影正社長は「攻め」の姿勢を執った。アタリと同じ経営危機にもかかわらず、上月社長はゲームソフト開発部門を拡大させ、なおかつ分社化や、成果主義の給与体系を導入し、徹底した攻めの路線を打ち出したのである。


ワーナーの経営陣とは、全く正反対の方針であったが、結果はコナミにとって最高のものになった。95年3月期の業績を底にして、翌期には黒字化を達成し、特に2001年3月期の業績は、217億円という巨額の黒字を計上するまでに回復したのである。


コナミ上月社長が、アタリのワーナーの失敗を教訓にしたのかどうかは、実際の所、わからない。だが、守りの姿勢をしていては、ゲーム業界では失敗すると考えていたことは確かであろう。


アタリとコナミの正反対の結果は、ゲーム業界で生き残る唯一の道を示したと言える。それは、「攻めなければ明日はない」ということだ。このことは、現在のゲームソフトメーカーの活発な動きとは無関係であるはずがない。


他のソフトメーカーはコナミがどん底からどうやって復活したのかを知っているのだ。この成功例を自社の建て直しに利用しない手はない、と考えるのも当然の成り行きであろう。だからこそ、いま、ゲームソフトメーカーは「攻め」ているのだ。(つづく)


続きはこちら→第四章(最終章):「飽き」

2008年01月28日

過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part2

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月18日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」の第二章です。


現在のソフトメーカーはナムコやセガの例を見れば分かるとおり、生き残りをかけて単独経営から他企業との統合への道を選択しておりますが、当時ではそれはまだ珍しい状況でした。

そのため、ナムコとスクウェア、それにエニックスが緩やかな提携関係を結んでいた程度でもニュース性のある事例として扱われておりました。

その後、スクウェアとエニックスは合併しますが、そのときは両社による経営統合など思いもよらぬ事でした。ではなぜ、当時のソフトメーカーが提携に踏み切ったのか、ということを考察したのが当コラムです。当時のゲーム業界の様子を垣間見ていただけましたら幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part2
第二章:「“守り”の失敗」


ゲーム業界は現在、不況であるといってもおかしくはないだろう。2001年3月期のゲームソフトメーカー大手の決算を見ると、赤字に陥っている会社が実に多い。ナムコ・スクウェア・セガ・タイトー・アトラスなどの、いずれもゲーム業界を代表するソフトメーカーであるにもかかわらず、大きな赤字を出している。これは、ゲーム業界の不況のひとつの証拠でもあろう。


こうした深刻な不況下で、手をこまねいていては、それこそ、さらなる業績悪化を招くだけである。各ソフトメーカーのトップはそう考えている。なぜなら、ゲーム業界の歴史がそれを教えてくれているからである。


過去にゲーム業界は何度か危機に見舞われたことがあった。ゲーム業界の不況は、何も今回が初めてというわけではない。その中で、個々のゲームソフトメーカーも何度となくピンチにさらされている。


不況下に守りに入って、却って業績を悪化させた例として、アメリカの「アタリ社」がある。1970年代から1980年代にかけて、アメリカのビデオゲーム業界の雄として君臨していたアタリ社は、80年代途中に深刻な経営危機を迎えた。一般に「アタリショック」(アタリ社の失敗)と呼ばれるこの危機は、非常に興味深い結果を残している。


経営危機の際、アタリ社の経営権を保有していたワーナー・コミュニケーションズは、アタリ社に対し、「攻め」より「守り」の経営方針を執るように指示をした。おそらく、これ以上、赤字を出さないようにするための「守り」の指示だったのであろうが、それは皮肉にも大失敗を招く原因となる。ゲームアナリストの平林久和氏は、ワーナーについてこう語っている。


『まずアタリの失敗という日本語訳(?)はあまり適切ではない。なぜならアタリショックは、ワーナーの失敗が招いたからです。もっと言えば、ワーナー・コミュニケーションズ出身の社長や役員が、傘下のアタリをボロ会社にしてしまった。(略)たとえばワーナー出身の経営者は、社の財務事情が悪くなると新製品開発の一律凍結という、バカげた判断をしばしば行ってきました。社内の綱紀粛正もお得意で、ゲームの作者たちの服装や勤務時間を徹底管理したのも彼らでした。(略)当然、社員たちは経営陣を信用しなくなり、多くの優秀なクリエイターがアタリを去りました。』(「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一メディアファクトリー 1996 55)


こうした守りの戦術を執った結果、アタリ社の業績は、90年代には以前にも増して赤字幅が拡大するようになったのである。この歴史の教訓が意味するところは大きい。なぜなら、ゲームソフトメーカーは業績が悪化している時には、ワーナーのような守りの姿勢を決して執ってはいけないからだ。


ピンチに時こそ、攻めなければならない。アタリとワーナーの歴史はそれを物語っている。(つづく)


続きはこちら→第三章:「生き残り策」

2008年01月26日

【ゲーム情報保管庫】任天堂:第3四半期は63%増益、ゲーム機好調−通期営業益を上方修正

インターネット上の情報は、短期間で消滅してしまうことが多いので、なるべく様々な資料を保存していきたいと考え、こちらのカテゴリにて記録していきたいと思います。



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任天堂:第3四半期は63%増益、ゲーム機好調−通期営業益を上方修正

  1月24日(ブルームバーグ):任天堂の第3四半期(2007年10−12月期)業績は、純利益が前年同期比63%増の1265億円となった。据え置き型ゲーム機「Wii(ウィー)」や携帯型の「DS」に加え、ハードよりも利益率の高いソフトの売れ行き増が貢献した。これを受けて通期(08年3月期)の売上高と営業利益の予想を上方修正した。

  第3四半期の業績は24日発表の07年4−12月期の業績から中間期の業績を引いてブルームバーグ・ニュースが計算した。売上高は50%増の6216億円、営業利益は2倍の2053億円だった。

  通期の業績予想は、ハード、ソフトともに販売好調だったことから売上高を800億円、営業利益を400億円増額した。純利益予想は、円高に伴う為替差損を営業外ベースで500億円弱想定したため、前期比58%増の2750億円に据え置いた。想定為替レートは1ドル=115円を同110円、対ユーロは160円から155円へとそれぞれ円高方向に修正した。

  修正後の売上高予想は同69%増の1兆6300億円、営業利益見通しは同2倍の4600億円。今期予想の上方修正は3度目で、売上高、利益とも最高を更新の見込み。収益は昨年12月までの9カ月分だけでも過去最高だった前期年間実績を上回った。4−12月期の売上高は同85%増の1兆3164億円、営業利益が同2.4倍の3940億円、純利益が同96%増の2589億円だった。

  期末配当見込みも従来から100円増やし1050円とした。中間配当は140 円で、年間配当は1190円の見通し。大阪証券取引所で24日記者会見した森仁洋専務は、株主還元では当面、増配を主体とする考えを強調。自社株買いについては「今の時点では必要と考えていない」と語った。

  みずほ投信投資顧問の岡本佳久株式運用第2部長はDSとWiiの販売ペースは「計画線上での推移だ」とした上で、修正後の通期予想について「円高進行を警戒し、利益水準をかなり慎重に見ている印象」とコメントした。実際の円相場が修正後レートの1ドル=110円よりも円高に振れているため「投資家には警戒されやすい」と語り、今回の発表内容は「株価にはポジティブインパクトとはなりにくいだろう」としている。

           米でも「脳トレ」好調

  ゲーム機やソフトの今期販売見通しも上方修正した。Wiiは100万台上積みして1850万台、DSは150万台積み増して2950万台とし、対応ソフトもWii向けを1億1500万本(従来は9700万本)、DS向けが1億7900万本(同1億6500万本)に修正した。

  4−12月の9カ月間の販売実績は、Wiiが1429万台で、対応ソフトは 8435万本。DSは2450万台で、ソフト1億4689万本。特にDS向けソフトで米大陸での販売本数が5114万本と、前年同期の1.8倍に達した。この点について森専務は会見で、米歳末商戦では「脳を鍛える」シリーズがよく売れたと述べ、米国でのDSユーザー開拓が本格化していると強調した。

           Wiiは2000万台突破

  ゲーム雑誌「ファミ通」発行元である企業エンターブレインの統計によると、Wiiの国内累計販売台数は20日現在で501万9337台と、500万台を突破。国内での発売は06年12月2日のため、60週で到達した。1996年の統計開始以降、国内500万台達成の最速記録はソニー・コンピュータエンタテインメントの「プレイステーション2(PS2)」の66週だった。Wiiは1カ月半程度早くこれを追い抜いた。

  対応ソフトの売れ行きも好調。昨年12月1日に発売した健康管理ソフト「Wii Fit」の販売本数は20日時点で111万3626本となっている。

  世界全体でみても、昨年12月末現在のWii販売台数は累計2013万台と、 06年11月19日の米国での発売後、1年1カ月強で2000万台を突破した。PS2が生産出荷ベースで2000万台を突破したのは、2000年3月4日の発売から1年7カ月後の01年10月10日だった。

            来期は増産も

  森専務によると、Wiiの生産体制は現在、月180万台を継続しており、欧米では品薄の状態。「今期中は増産の余地はないが、来期は増やす方向で検討中」という。

  任天堂は中国や韓国でも今年、Wiiを発売すると表明済みだが、森氏は具体的な発売時期は依然未定としている。ただ、ソフトについては現在、国内だけとなっている「Wii Fit」の販売を、今年4−6月期をめどに欧米にも広げる方針を明らかにした。

  任天堂の株価終値は前日比1100円(2.0%)安の5万3100円。

記事に関する記者への問い合わせ先:大阪 駅 義則 Yoshinori Eki yeki@bloomberg.net
更新日時 : 2008/01/24 18:27 JST

ゲーム情報保管庫:Wiiの国内販売、累計500万台突破、発売1年1カ月で−ファミ通

インターネット上の情報は、短期間で消滅してしまうことが多いので、なるべく様々な資料を保存していきたいと考え、こちらのカテゴリにて記録していきたいと思います。


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Wiiの国内販売、累計500万台突破、発売1年1カ月で−ファミ通

  1月22日(ブルームバーグ):ゲーム雑誌「ファミ通」発行元である企業エンターブレインは22日、任天堂の「Wii(ウィー)」の国内累計販売台数が20日現在で501万9337台と、500万台を突破したと発表した。国内での発売は2006年12月2日のため、1年1カ月強で到達した。

  また、昨年12月1日に任天堂が発売した健康管理ソフト「Wii Fit」の販売本数は20日付で111万3626本となっている。

  任天堂の株価終値は前日比2100円(4.0%)安の5万1000円。

記事に関する記者への問い合わせ先:東京 駅 義則 Yoshinori Eki yeki@bloomberg.net
更新日時 : 2008/01/22 18:51 JST

2008年01月22日

過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part1

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月18日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」の第一章です。


現在のソフトメーカーはナムコやセガの例を見れば分かるとおり、生き残りをかけて単独経営から他企業との統合への道を選択しておりますが、当時ではそれはまだ珍しい状況でした。

そのため、ナムコとスクウェア、それにエニックスが緩やかな提携関係を結んでいた程度でもニュース性のある事例として扱われておりました。

その後、スクウェアとエニックスは合併しますが、そのときは両社による経営統合など思いもよらぬ事でした。ではなぜ、当時のソフトメーカーが提携に踏み切ったのか、ということを考察したのが当コラムです。当時のゲーム業界の様子を垣間見ていただけましたら幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part1
第一章


近頃、ゲームソフトメーカーの動きがあわただしい。2001年4月にナムコ・エニックス・スクウェアの三社のオーナーが株式を相互に持ち合うという形で提携したのをはじめとして、各社が他の企業との関係強化に乗り出している。


先日も、コナミが「スーパーライト1500シリーズ」で有名なゲームソフトメーカーのサクセスに対して資本出資し、両社の協力関係を一段と高めると発表した。両社は従来から、サクセスのゲームソフトをコナミの流通網で扱うという協力関係にあったが、今回の資本出資によって、それを一層充実できるとしている。コナミは資本出資という形では、昨年に玩具メーカー大手のタカラとも提携をしている。


資本提携と言えば、エニックスも人気ソフト「グランディア」シリーズを抱えるゲームソフトメーカーのゲームアーツに9920万円を出資し、今後「グランディア」シリーズを製作・販売の両面で協力することを柱にして、提携を成立させている。エニックスはこの他にも、海外(台湾)企業との間で業務提携をしている。


国境を越えた提携にはセガ・カプコン・ハドソンも意欲的だ。セガは中国、カプコンは韓国、ハドソンはフランスの企業とそれぞれ独自の方法で提携をしている。昨年の話になるが、ゲームソフトメーカーのアトラスと出版大手の角川書店が提携をしたことは記憶に新しい。


こうしてみると、ゲーム企業同士、あるいは異業種との提携が活発化しているが、なぜ、今ゲーム業界でこのようなことが起きているのであろうか。ゲーム企業同士の提携が話題に上るようになったのは最近だが、特に今年に入ってからの各社の提携戦略が加速化しているように感じる。これは、一体なぜなのだろうか。今回のコラムではそこを考えてみることにしたい。(つづく)


続きはこちら→第二章:「“守り”の失敗」

2008年01月20日

過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part4

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月30日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」の第四章(最終章)です。


Xbox360の前世代機種「初代Xbox」。当時、ドリームキャストが脱落し
プレイステーション2やゲームキューブの二強対決になりつつあった
時代ですが、そこに第三極として名乗りを上げたのがマイクロソフトの
Xboxでした。しかしながら、初代Xboxの評判はあまり良いものとは
言えず、マイクロソフト関係者から発せられる「絶賛の声」が多少
むなしく響いておりました。

その初代Xboxはゲーム業界からどのように見られていたのかを、今回は
纏めてコラムにしたものです。当時、Xboxがどのように分析されて
いたのかを見ていただければ幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part3
第四章(最終章):「関係者」


Xboxの性能は評価されつつも、販売戦略上問題があり、全体としてあまり評判が良くない。ソフトメーカーからの声によって、こんなXbox像が浮かび上がってきた。こうした現状を踏まえて、週間ファミ通の浜村弘一編集長は『マイクロソフトは最高のゲーム機さえ提供すれば、ソフトメーカーがついてくると考えているようだ』(2001年5月18日日経産業新聞)と主張し、性能と販売戦略がうまく噛み合っていないマイクロソフトのやり方に疑問を投げかけている。


ただ、Xboxはわずか20〜30年で世界最大のコンピューター・ソフトウェア・メーカーになった、あのマイクロソフトが作り上げたものである。その会社が力を入れて、ゲーム市場に参入するのである。確かに今は評判は悪いかもしれないが、これから先、新参者のXboxがソニーのプレイステーションのようにゲーム市場の覇権を握ることだって十分に考えられるのだ。マイクロソフトにゲーム市場で覇者になる可能性が無いとは、決して断言できないのである。


アメリカに株式投資だけで、億万長者になった著名な投資家ウォーレン・バフェット氏がいるが、彼はビル・ゲイツに関して、非常に興味深いことを言っている。


仮に、ゲイツがソフトウェア会社ではなくホットドッグ・スタンドを始めていても、きっと世界のホットドッグ王になっていたでしょう。どんなゲームにも勝つ男です。(略)私はゲイツに賭けます。ゲイツに賭けて負けた人は、まだ一人もいませんからね』(「ウォーレン・バフェット自分を信じるものが勝つ!」 著ジャネット・ロウ 訳平野誠一 1999 ダイヤモンド社 P188〜189)


果たして、ビル・ゲイツはバフェット氏の主張する通り、「世界のゲーム王」になれるのだろうか。パソコンソフト業界では連戦連勝のマイクロソフト。不敗神話は続くのか、それともゲーム業界ではその神通力は通用しないのか。決して前途洋々では無いXboxを抱え、ゲーム業界に参入するマイクロソフトであっても、バフェット氏はビル・ゲイツに賭けるのだろうか。『オマハ(注)の預言者』(同ページi)とも呼ばれているバフェット氏に一度聞いてみたいと考えている方は著者だけではないだろう。(おわり)


注…アメリカ・ネブラスカ州オマハのこと。バフェット氏の出身地。

2008年01月19日

過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part3

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月30日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」の第三章です。


Xbox360の前世代機種「初代Xbox」。当時、ドリームキャストが脱落し
プレイステーション2やゲームキューブの二強対決になりつつあった
時代ですが、そこに第三極として名乗りを上げたのがマイクロソフトの
Xboxでした。しかしながら、初代Xboxの評判はあまり良いものとは
言えず、マイクロソフト関係者から発せられる「絶賛の声」が多少
むなしく響いておりました。

その初代Xboxはゲーム業界からどのように見られていたのかを、今回は
纏めてコラムにしたものです。当時、Xboxがどのように分析されて
いたのかを見ていただければ幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part3
第三章:「ソフトメーカーの声」


Xboxを生かすも殺すもゲームソフト次第。つまり、Xboxの命運はソフトメーカーが握っていると言っても過言ではないだろう。ならば、彼らの意見を聞く事は大いに参考になるはずである。ここでは、ゲームソフトメーカーの話を取り上げることにしたい


ゲームソフトメーカーは基本的に「Xbox」を歓迎している。100社以上のゲームソフトメーカーが参入を表明している事から考えれば、Xboxをひとまず評価しているのが分かる。すでに参入表明をし、ソフトの供給を決めているカプコンやテクモなどは、Xboxについて『世界唯一、最高峰の性能』 (2001年5月26日日経プラスワン)との見方を示し、Xboxの性能面に対して一定の評価を与えている。ただ、一方でXboxに否定的な声があるのは確かだ。それは「Xbox」自体ではなく、マイクロソフトに向けられている。


Xboxにソフトを供給することを予定しているあるソフトメーカーの幹部は『マイクロソフトには失望した』(2001年5月18日日経産業新聞)と語っている。さらには、『ゲームソフトはヒットするかしないかの二つに一つ。マイクロソフトが得意とするビジネスソフトとは違い、必需品ではない。挑戦者なのにソフトメーカーを引き留めようという熱意を感じない』(同)と洩らす幹部も存在しているのだ。


ソフトメーカーに、このように感じさせている最大の理由が、マイクロソフトの販売戦略だろう。マイクロソフトはXboxについて、本体価格をプレイステーション2と同じ299ドルとし、初回出荷が60〜80万台、年末までに100〜150万台を出荷する計画を立てているが、ソフトメーカーにとっては、この計画自体が不満なのだ。


米インターナショナル・データのアナリスト、ジュリー・オルババ氏はXboxの価格について『最悪のシナリオは299ドルだ。マイクロソフトが279ドルまで価格を下げ、ソニー製品を少し下回るようにすればベストだ』(ZDNet 2001.03.07 「Xboxは20億ドルの損失?――Merrill Lynchが予測」)と述べていたが、マイクロソフトはXboxの価格を299ドルにしてしまっている。しかも、販売台数の計画も少なすぎる。


一般に『ゲーム機は国内で累計三百万台を超えると新作ソフトが一気に増え、機器とソフトが相乗効果を生みながらヒットするといわれている』(2001年1月1日日本経済新聞)。それなのに最大でも150万台では、苦しい。ゲーム業界にそういう定説がある以上、マイクロソフトの計画は少なすぎると、不満に思われるのは仕方が無いことであろう。


こうしてみると、性能面では評価されつつも、販売戦略などの面では評判を落としているのが、Xboxであると言える。つまり、Xbox自体にはそれほど落ち度が無く、むしろ評価されているのに、マイクロソフトの戦略の甘さが、ソフトメーカーに嫌気されてつつあるのだ。これが、ソフトメーカーからみた Xboxの現状であろう。(つづく)


続きはこちら→第四章(最終章):「関係者」

2008年01月16日

過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part2

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月30日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」の第二章です。


Xbox360の前世代機種「初代Xbox」。当時、ドリームキャストが脱落し
プレイステーション2やゲームキューブの二強対決になりつつあった
時代ですが、そこに第三極として名乗りを上げたのがマイクロソフトの
Xboxでした。しかしながら、初代Xboxの評判はあまり良いものとは
言えず、マイクロソフト関係者から発せられる「絶賛の声」が多少
むなしく響いておりました。

その初代Xboxはゲーム業界からどのように見られていたのかを、今回は
纏めてコラムにしたものです。当時、Xboxがどのように分析されて
いたのかを見ていただければ幸いです。




過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part2
第二章:「酷評」


Xboxを迎え撃つ形のソニー・コンピュータ・エンタテイメント(SCE)、任天堂のトップはXboxに関して非常に厳しい意見を口にしている。特に SCEの久夛良木社長は英フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで、Xboxを酷評している。


そこには、世界最大のゲーム見本市「エレクトロニック・エンターテインメント・エクスポ」(E3)で展示されていたXboxが、関係者の失望を呼ぶものであったとし、『マイクロソフトは(次世代ゲーム機競争が)始まる前に終わったも同然』(CNNホームページ 2001.05.25 「Xboxは“終わったも同然”−ソニーCE社長」) と言い放った。


具体的には『マイクロソフトは、エンターテインメントビジネスを理解していない。処理速度は十分でなく、グラフィックスも雑だ


(米国の)小売り業者は、金額ベースで(ソニーの)プレイステーションが売り上げの70%を占めると予想している。残りの30%が任天堂とXboxだが、そのほとんどは任天堂となるだろう』(同)


と、Xbox自体に魅力が無いことを指摘しつつ、さらにXbox はプレイステーションに勝つどころか、任天堂のゲームキューブにすら負けると予想したのだ。このニュースを伝えたCNNのホームページにはこの主張を裏付けるかのように、Xboxへの評価がアナリストの間では下がっているようだとも付け加えている。


今年9月にゲームキューブを発売する予定の任天堂山内社長も、久夛良木社長に負けず劣らず強気の発言をし、Xboxを冷評した。


Xboxとゲームキューブは発想が根本的に違う。Xboxはハードディスクを内蔵するなどパソコンの延長線上にあるものだ。性能ばかり追求するマイクロソフトは、ゲームがソフトで遊ぶものという、ことの本質を理解していない。任天堂のゲーム機はあくまで“おもちゃ”。遊びのための最高の機械で全く別物だ。相撲取りとプロレスラーが違うルールで試合するようなもの。競合相手とは考えていない』(2001年5月24日 日経産業新聞)


こうしてみると、山内社長も 久夛良木社長もXboxは自社の提供するゲーム機とは全く相手にならないゲーム機であるという意見で一致しているのが分かる。ただ、これも考えてみれば当たり前だろう。誰も、自社の製品以上に他社の製品を褒めたりしないものだ。それが自信作であればなおさらである。


SCE・任天堂の主張は、マイクロソフトの主張を真っ向から対立するものだが、これはそれぞれの立場上仕方が無い。しかし、それでは、Xboxの真の姿は見えてこない。Xboxはどんなゲーム機であるのかを知るためには、さらに別な意見を聞く必要があるだろう。(つづく)


続きはこちら→第三章:「ソフトメーカーの声」

2008年01月15日

過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part1

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月30日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」の第一章です。


Xbox360の前世代機種「初代Xbox」。当時、ドリームキャストが脱落し
プレイステーション2やゲームキューブの二強対決になりつつあった
時代ですが、そこに第三極として名乗りを上げたのがマイクロソフトの
Xboxでした。しかしながら、初代Xboxの評判はあまり良いものとは
言えず、マイクロソフト関係者から発せられる「絶賛の声」が多少
むなしく響いておりました。

その初代Xboxはゲーム業界からどのように見られていたのかを、今回は
纏めてコラムにしたものです。当時、Xboxがどのように分析されて
いたのかを見ていただければ幸いです。




過去のコラム編集:2001年6月「Xboxを取り巻く人々 〜Xboxの評価〜」Part1
第一章:「マイクロソフトの野望」


今秋に発売が予定されているマイクロソフトの新型ゲーム機「Xbox」。マイクロソフトはこの「Xbox」に対して、大きな期待を寄せている。期待の大きさは、マイクロソフトが用意した巨額な販売促進費を見れば分かるだろう。2000年9月にXbox販売戦略を発表した時、今後2年間で5億ドル以上の販売促進費をかけることを明らかにしているのだ。


5億ドルと言えば、ソニーがプレイステーション2を生産するために投入した約1200億円のおよそ半分である。これほどまでの大金を「販売キャンペーン」のために使用するのであるから、驚きだ。逆に、それだけマイクロソフトは本気でゲーム市場の覇権を狙っている証拠でもあろう。


覇権を握れると考えている背景には、Xboxの高性能さがある。マイクロソフト関係者は、ことあるごとにXboxの性能の高さに言及する。特にマイクロソフト会長ビル・ゲイツの話はその代表例であろう。彼は2001年1月にアメリカで開催された国際家電見本市において講演し、Xboxについて『画期的な技術と高度なグラフィックス機能を武器に、今後のゲーム産業の標準となる』(2001年1月8日日本経済新聞)と述べている。


さらに、その2ヶ月後の東京ゲームショウ2001春においても、同様にXboxの性能の高さについて大いに語っているし、後日行われた日本経済新聞社のインタビューに対しても『世界最高水準のソフト、ハードを組み合わせて勝ち抜くチャンスとみている』(2001年3月31日日本経済新聞)と答え、Xboxの高性能さを以ってすればゲーム業界を制することが出来ると、存分にアピールしているのだ。


マイクロソフトのバック上級副社長もビル・ゲイツと同じように『最新の他社機に比べて三倍近い能力を持つうえ、ソフト開発者を手助けするソフトを充実してゲームを作りやすくする』(2000年9月21日 日本経済新聞)と言い、Xboxの良さを強調する。


このようにマイクロソフト関係者からベタ誉めのXboxだが、考えてみればマイクロソフトが自社のゲーム機を褒め上げるのは当然である。なぜなら、Xboxが売れなかったらセガのように大損害を被ってしまうのだから。


こうした事情があるため、マイクロソフトの人間だけの評価で、これこそがXboxの真の評価である、とはおよそ言い難い。彼ら以外の人間の評価なども考慮しなければ、Xboxの本当の姿は見えてこないだろう。果たして、Xboxは本当にマイクロソフト関係者が主張するように高性能であって、ゲーム業界を勝ち抜けるだけの実力を有しているのだろうか。


今回はXboxを取り巻く人達の声から、Xboxがどのような見方をされているのかを、考えてみることにしたい。(つづく)


続きはこちら→第二章:「酷評」

2008年01月12日

過去のコラム編集:2001年7月「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part4

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月10日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」の第四章(最終章)です。


ゲームソフトメーカーはゲームだけ作っていれば良い、という時代は過ぎ去り、今では如何に自社の強みがゲームソフト事業以外で発揮できるかが重要になりつつあります。2001年当時でもそれは変わらない状況だったと言えます。現在において、半ば当たり前のようになっているゲームソフトメーカーによる多角化戦略を当コラムでは検証致します。


「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part4
第四章(最終章):「世界企業への道」


2001年2月15日の日本経済新聞に、ゲーム会社についてこんな指摘があった。


日本はゲームソフトを世界に供給しているが、米ハリウッドのように一つのアイデアから多数のヒット作品を生み出す投資効率を考えた経営が根付いていない。時には巨額の投資負担に耐えながら、安定した収益力を堅持する。日本のゲーム会社が世界へ飛躍するために欠かせない条件である。


日経新聞の主張は、ゲームソフトを作り出すためのアイディアが、ゲームソフトだけに使われ、それ以外に生かされていない日本のソフトメーカーの経営方針に疑問を投げかけているものである。


単一のアイディアから多数のヒット作を生み出すやり方が根付いているもののひとつとして、アニメがあろう。アニメの場合、一つの作品を放映、または上映しただけでは決して終わらない。そのアニメ作品を多方面に広く利用するのが一般的だ。


例えば、アニメをビデオ・DVD・LD化して販売したり、アニメに登場するキャラクターを活かしたキャラクター商品の製作・販売などは、ごく当たり前に行われている。アニメもゲームソフト同様に総じて開発費は高く、ヒットするかどうか事前に予測する事は難しいハイリスクなビジネスである。だから、アニメを一つの利用法で留めておくことはせずに、様々な形で利用する事で、リスクを出来うる限り避けているのである。


要するに日経新聞は、ソフトメーカーはアニメと同じような戦略を執って、収益の安定化を図るべきであり、それが世界企業への飛躍の道であると提言しているのである。


そんな助言を知ってか知らずか、ソフトメーカーは収益の安定化のために新規事業を手がけ始めている。日経新聞の言う通りに、安定した収益を手に入れようと動き出しているのだ。だが、おそらく、この一連の動きは世界企業への飛躍を目指したために行われたものではないだろう。


収益の安定化のための施策が、世界企業へ飛躍するための第一歩であるとは、考えてもいなかったはずである。なぜなら、今回の新規事業は、あくまでも、以前より高まったゲーム事業におけるリスクを少しでも和らげる目的で、立ち上げられたものであるからだ。「飛躍」より「安定」の方を手に入れようとしていたソフトメーカーが、「世界企業」という大きな目標まで視界に入れていたとは考えにくいのだ。


こうしてソフトメーカーは結果として、世界企業への道を踏み出した事になった。決して望んでいた訳ではないゲーム事業のハイリスク化が、世界企業への第一歩になるのであるから、世の中、何が幸いするかわからない。「ピンチは最大のチャンス」という言葉があるが、まさにゲーム事業のハイリスク化によって訪れたソフトメーカーのピンチが、世界企業への飛躍のチャンスになったのである。


果たして、ソフトメーカーは、このチャンスを活かすことが出来るのであろうか。その答えはすべて、収益の安定を達成するために立ち上げた新規事業が鍵を握っている。


図らずも新規事業には、とてつもない重責が課せられた感があるが、ゲーム業界の未来のためにも、成功することを祈るばかりである。(おわり)

2008年01月11日

過去のコラム編集:2001年7月「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part3

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月10日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」の第三章です。


ゲームソフトメーカーはゲームだけ作っていれば良い、という時代は過ぎ去り、今では如何に自社の強みがゲームソフト事業以外で発揮できるかが重要になりつつあります。2001年当時でもそれは変わらない状況だったと言えます。現在において、半ば当たり前のようになっているゲームソフトメーカーによる多角化戦略を当コラムでは検証致します。


「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part3
第三章:「なぜ“今”なのか」


ゲーム事業はハイリスク・ハイリターンであるから、収益の安定化の為に新規事業を手がけている。これがソフトメーカーが新規事業に進出する主な理由であるのだが、こうした動きは最近、急に増えている感がある。何故だろうか。


そもそも、ゲーム事業がハイリスク・ハイリターンであるなら、どうして昔から新規事業を行わずにいたのだろうか。ソフトメーカーはゲーム事業だけでは収益が不安定であると、ゲームビジネスを始めた時点で認識していたはずである。


それなのになぜ、今になって収益を複数化する方針を打ち出したのであろうか。もしかしたら、最近の新規事業への注力はゲーム業界全体の今日的な背景があるからではないだろうか。


そのような観点から見てみると、確かに思い当たる点はある。それは、高性能ゲーム機の登場によるゲーム開発費の高騰や、ゲーム業界全体の売り上げ低迷などである。


以前なら一億、二億円で作ったが、最近は五億、十億円をかけるのが珍しくなくなった』(2001年2月15日 日本経済新聞)。


こう語る開発担当者の声が、ソフトメーカーの苦悩を表している。ファミコン時代であれば、1000万円〜2000万円程度の開発費があれば十分ソフトを開発する事ができた。


しかし、新しいハードが発売されるにつれて高まるゲーム機の性能に伴い、開発費はうなぎ上りで激増、いまでは一億を平気で超える資金でさえ、充分ではないというのである。


ゲーム事業は過去の時点であってもリスクが高いと思われていたのに、近頃ではその何十倍の資金を投入しなければ、ソフトを満足に作る事さえも出来ないのだ。しかも、そうやって製作したソフトが売れるとは限らない。


以前なら三十万本は売れたソフトが最近では二十万本しか売れない。ユーザー動向がつかみにくくなった』(同)。ナムコの担当者は売れないソフトについて、こうつぶやく。


期待したほどにソフトが売れなくなっている状況は、ナムコ特有の現象ではない。2000年9月に発行された日経流通新聞には、スクウェアの和田氏が「売れないソフト」について次のように語っている。


『我が社はFF9に先立ち、昨年七月に“聖剣伝説レジェンド オブ マナ”、十一月に“クロノ・クロス”を必勝の構えで売り出した。いずれも従来なら間違いなく百万本以上出荷できる作品だったが、二〇〇〇年三月期末までの結果はそれぞれ七十三万本と七十五万本に終わった。』(2000年9月5日 日経流通新聞)


これらの現状をまとめると、ソフトメーカーは非常に高額な開発費と売れなくなってきたソフトの板ばさみにあっていると言えるのだ。単純に考えても、ソフトメーカーのリスクは前にも増して高まったことは明らかなのだ。


だからこそ、今、ソフトメーカーは新規事業に積極参加し、更にハイリスク化したゲーム事業のリスクを何とかして緩和しようと懸命になっているのである。(つづく)


続きはこちら→第四章(最終章):「世界企業への道」

2008年01月10日

ゲーム情報保管庫:ニンテンドーDS:PS2抜き、累計販売で歴代トップに エンターブレイン調べ

インターネット上の情報は、短期間で消滅してしまうことが多いので、なるべく様々な資料を保存していきたいと考え、こちらのカテゴリにて記録していきたいと思います。


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ニンテンドーDS:PS2抜き、累計販売で歴代トップに エンターブレイン調べ

 ゲーム雑誌大手のエンターブレインが7日発表した07年12月ゲーム販売ランキング(11月26日〜12月30日=5週間)によると、ニンテンドーDSライトの販売台数が06年同月以来となる100万台を突破。ニンテンドーDSを合わせた累計台数がプレイステーション(PS2)の2106万台を上回る2110万台となり、集計を開始した96年以降で最も売れたゲーム機となったことが分かった。

 全体の市場規模は1209億円と、ニンテンドーDSライトが150万台を販売し、プレイステーション(PS)3(06年11月発売)やWii(同 12月発売)など新型ゲーム機発売に沸いた前年同月の1409億円と比べて85.8%にとどまった。ハード部門は、ニンテンドーDSライトが105万台を販売したほか、Wiiも77万台を販売。PSPは、限定カラー「ディープレッド」の発売などが奏功し、過去最高の64万台を記録した。

 ソフト部門では、12月1日に発売されたWii用健康ソフト「Wiiフィット」(任天堂)が81万本を販売して首位。「マリオパーティDS」(DS、任天堂)が77万本で2位に入り、累計でも100万本を達成した。3位には「レイトン教授と悪魔の箱」(DS、レベルファイブ)が61万本で入った。45万本で4位の「ドラゴンクエスト4」(DS、スクウェアエニックス)も累計100万本を達成し、DSのミリオンタイトルは21本となった。また、 15万本で19位に入った「マリオパーティ8」(Wii、任天堂)も累計100万本を達成し、Wiiで3本目のミリオンタイトルとなった。【立山夏行】

◇ゲームソフト12月度売り上げランキング(推定販売数で百以下の位は切り捨て、エンターブレイン調べ)

1位 Wiiフィット(Wii)81万8000本

2位 マリオパーティDS(DS)77万8000本

3位 レイトン教授と悪魔の箱(DS)61万5000本

4位 ドラゴンクエスト4(DS)45万1000本

5位 ファイナルファンタジー4(DS)44万7000本

6位 SDガンダムGジェネレーション スピリッツ(PS2)34万3000本

7位 Wiiスポーツ(Wii)33万9000本

8位 スーパーマリオギャラクシー(Wii)33万2000本

9位 はじめてのWii(Wii)30万9000本

10位 マリオ&ソニックAT 北京オリンピック(Wii)29万6000本

2008年01月09日

過去のコラム編集:2001年7月「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part2

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月10日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」の第二章です。


ゲームソフトメーカーはゲームだけ作っていれば良い、という時代は過ぎ去り、今では如何に自社の強みがゲームソフト事業以外で発揮できるかが重要になりつつあります。2001年当時でもそれは変わらない状況だったと言えます。現在において、半ば当たり前のようになっているゲームソフトメーカーによる多角化戦略を当コラムでは検証致します。


「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part2
第二章:「収益安定化」


ソフトメーカーがゲーム事業以外の新規事業を行う理由は、企業としての収益の安定を目指すためである。ゲームビジネスは基本的にハイリスク・ハイリターンであり、大きく利益を上げられる可能性がある反面、大失敗する危険性も孕んでいる。


これは、ゲームが遊びのひとつであることに起因している。人は皆、遊びには楽しさを求めていることは疑いようも無い事実である。そのため、つまらない遊びより、面白い遊びの方を常に欲している。言い換えると、面白い遊びは受け入れられ、つまらない遊びは見向きもされないことでもある。


このような選別は、ゲームソフトも同じである。面白いソフトならば、人々の間で人気となり、上手くいけばミリオンセラーも夢ではないが、反対に面白くも可笑しくもないソフトならば、その存在を世に殆ど知られる事なく消え去ってしまう可能性が高い。


ゲームソフトはヒットするかしないかの二つに一つ。』 (2001年5月18日日経産業新聞)と主張するあるソフトメーカーの幹部のことば通り、ゲームソフトは当たりか外れかしかないのである。だから、ゲームビジネスはハイリスク・ハイリターンと言われるのだ。


ゲームビジネスを行う以上は、このビジネス特有のハイリスク・ハイリターンに良くも悪くも振りまわされることになる。つまり、ヒット作の有無によって企業全体の収益が上にも下にも大きく振れてしまうのである。


最近の具体例では、娯楽機器やゲームソフトを手がけているアトラスが良い例であろう。アトラスは 96年から97年にかけて写真シール機「プリクラ」を大ヒットさせ、97年3月期には40億円を超える利益を生み出したことがある。しかし、その後にプリクラの次のヒット作を作り出せず、プリクラブームの終焉によって2年後の99年3月期には逆に60億円を超える巨額な赤字を計上している。


このように、ゲームビジネスはヒット作があるか無いかによって大きく収益が変動してしまうのである。これを少しでも改善し、大赤字に陥ることなく、常に黒字にする状態にするためにはゲームビジネス以外で収益を見こめるビジネスを行う必要があったのだ。


だからこそ、各ソフトメーカーはゲーム事業で得た技術などを、ゲームビジネスではない映画事業やパチンコ・パチスロ事業などに投じて、収益を増やそうとしているのである。

結局、ソフトメーカーの新規事業への進出は、収益が事前に予想しにくいゲーム事業だけでなく、それ以外の事業を手がける事によって、収益を稼ぐ方法を複数化し企業全体としても業績の安定化を図るための対応策だったのである。(つづく)


続きはこちら→第三章:「なぜ“今”なのか」

2008年01月08日

過去のコラム編集:2001年7月「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part1

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月10日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」の第一章です。


ゲームソフトメーカーはゲームだけ作っていれば良い、という時代は過ぎ去り、今では如何に自社の強みがゲームソフト事業以外で発揮できるかが重要になりつつあります。2001年当時でもそれは変わらない状況だったと言えます。現在において、半ば当たり前のようになっているゲームソフトメーカーによる多角化戦略を当コラムでは検証致します。


「メーカーの新たな試み 脱ゲーム事業化の果てにあるもの」Part1
第一章:「新規事業」

ドリームキャストの生産終了を宣言し、経営再建に取り組んでいるセガは2001年6月19日、それまでセガの事業の中心であったゲーム事業以外の新規事業にも積極的に参入する発表を行った。具体的にはゲームソフト事業で培った技術(CG技術・バーチャルリアリティー技術・ネットワーク技術など)を多方面に生かせるような事業を行う、としている。


その主なもののひとつとして、CG技術・3Dサウンド技術等を活用したアニメーション制作用ソフト「Animanium」(アニマニウム)がある。セガは、この「アニマニウム」を使い、アニメ番組「まみむめ☆もがちょ」をアイデアファクトリーと共同で制作中であり、今年7月にテレビ東京系列で放映する予定だとも付け加えている。


このような新規事業は、他にも複数あり、3年後にはこれらの売り上げを100億円にする目標であるという。


新規事業を手がけているソフトメーカーはセガ以外にも数多くあるスクウェアは自社の看板ソフト「ファイナルファンタジー」を存分に活用する方針を打ち出し、オンライン事業や映画事業にも進出している。ナムコもスクウェアと同様に自社の人気ソフトを映画化する企画があるとすでに発表しているのだ(平成13 年3月期ナムコ決算短信より)。


ナムコはこれ以外にもパチンコ事業にも注力している。現在、パチンコ・パチスロ業界では、人気キャラクターを使用した機種が増加傾向にあるため、それを多数抱えるソフトメーカーなどは自社の資産を有効活用できる位置にいるのだ。そのためか、ナムコのほかにはテクモもパチンコ・パチスロ事業に参入しているのである。


一風変わった新規事業を手がけているのはコナミであろう昨年フィットネスクラブ運営企業であるピープル(現コナミスポーツ)を買収し、ヘルスケア事業に参入したコナミは新たにヘルスケアエンタテイメント事業本部を設置、コナミが得意とする体感型ゲーム機器を利用して、健康と遊びを結びつけたヘルスケアエンタテイメント機器を生み出していく方針でいる。

以上のように大まかにソフトメーカーによる新規事業を拾い上げても、これだけあるのだ。まさに脱ゲーム事業化の流れがこの状況から見てとれるのであるが、ではなぜこうした動きがソフトメーカーの間で広まっているのであろうか。


元来、これらの企業はゲームソフトメーカーなのであるから、これまで通りにゲームソフトを作り続ければ良いはずである。それなのに現状は、ゲーム事業ではない他の事業に力を入れているソフトメーカーが数多くあるのだ。


一体、どうしてこのような事が起きるのであろうか。ソフトメーカーはどういう考えのもとで新規事業に参入しているのか。今回のコラムではゲーム事業以外に積極的に取り組んでいるソフトメーカーについて考察していきたい。(つづく)


続きはこちら→第二章:「収益安定化」

2008年01月07日

【ゲーム情報保管庫】国内ゲーム市場:07年は過去最高の6877億円 DS、Wii好調 ソフトも「Wiiスポーツ」首位

インターネット上の情報は、短期間で消滅してしまうことが多いので、なるべく様々な資料を保存していきたいと考え、こちらのカテゴリにて記録していきたいと思います。


記事の原文はこちらのリンクをクリック

国内ゲーム市場:07年は過去最高の6877億円 DS、Wii好調 ソフトも「Wiiスポーツ」首位


 07年の国内ゲーム市場規模が過去最高の6877億円(1月1日〜12月30日・52週)に達したことが、エンターブレインの調べで明らかになった。携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」が約714万台を販売して累計で2100万台を突破、06年12月に発売された新型ゲーム機「Wii」も約362万台を販売し、任天堂ハードが市場を引っ張った。

 一方、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、携帯ゲーム機「プレイステーションポータブル(PSP)」が302万台と好調な伸びを見せたものの、06年11月に発売された新型ゲーム機「PS3」が120万台と伸び悩んだ。

 ソフトでは、直感的な操作でスポーツを楽しむWii用ソフト「Wiiスポーツ」(任天堂)が約191万本で首位。モンスターを狩るPSP用アクション「モンスターハンターポータブル2nd」(カプコン)が148万9000本、さまざまなミニゲームを集めたWii用ソフト「はじめてのWii」(任天堂)が148万7000本で続いた。【立山夏行】

 2008年1月7日

2008年01月05日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part4

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第四章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part4
第四章(最終章):「餅は餅屋」

ことわざに「餅は餅屋」という言葉がある。その道のことはその道の専門家が一番である、との意味だが、まさに今回のソフトメーカーの決断には、こうした考えが念頭にあったのではないだろうか。


クリエイターに、開発も任せ、経営も任せるのではなく彼らの特性を活かすためには専門分野である開発だけに集中させる事が、ソフトメーカーにとって有利であると考えたための決断ではないのか。


逆に言えば、これは会社の経営には経営の専門家が必要になったことでもある。それを裏付けるようにアトラス・コーエーでは、社長が交代し、いずれも経営に関しての能力がある人物がその地位についている。これは「餅は餅屋」の思考が開発と経営を明確に分けたために起きた経営面での変化だと考える事が出来る。


最近は、ソフトメーカーの経営もゲームソフト開発と同様に高度化してきている売れないソフト・高い開発費・複数化するプラットフォームなどの厄介な問題が山積している。これまでとは違う環境にソフトメーカーは置かれているのだ。だからこそ、経営には専門家を用いる必要性があったのである。


ただ、こうした経営の専門家の登用もすべては、開発のため、クリエイターのためである。彼らに煩雑な業務をさせるよりも、より開発に専念させる方が結果としてソフトメーカーに多大な恩恵をもたらすことになるからだ。


ソフトメーカー・ハドソンの社長である工藤浩氏は、創業以来、ハドソン社の経営をまかされてきたが、創業者であり技術者である兄・工藤祐司氏にはこう配慮しているという。『浩にとっては、“資金繰りなどの世俗的な雑事で祐司の頭を悩ませてはいけない”というのが大命題』(P132 「セガvs.任天堂」 著赤木哲平 JMAM 1992)。このようなことからもソフト開発者には日常的な雑務で頭や時間を使わせるより、開発を専門にやらせておいた方が良いとする経営専門家の考え方を垣間見ることが出来る。


では、この一連の流れは他のソフトメーカーにも波及するのであろうか。その答えを見つけ出すのは困難だが、前出の二人のクリエイターの言葉を考えると、ソフトメーカーがとるべき道は見えてくるような気がする。KCEJ WESTの小島秀夫氏はこう語る。


でもね、ほんとはプロデューサーなんて言葉、なくなってしまえって思いますよ。スタッフがうらやましい。朝から晩までゲームの事だけを考えていれば良いんですから』(P33 週刊宝島 2001 3.14 NO.496 宝島社)。


副社長であり、プロデューサーでもある小島氏には、多種多様な雑務が存在し、ゲーム作りに費やす時間があまりない。彼の密やかな望みを叶えてあげるのが、小島氏のためでもあり、ひいてはKCEJ WESTのためでもあると考えているのは、筆者だけであろうか。彼の望みが叶う日が訪れることを祈りつつ、今回は筆をおく事にしたい。(おわり)

2008年01月04日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part3

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第三章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part3
第三章:「時間が無い(クリエイターの事情)」


ソフトメーカーの今回の決断はクリエイターたちにとっても、有り難い話ではないだろうか。基本的にクリエイターはゲームを開発することが仕事であるし、それを何よりも優先させたいと考えている。なぜならば、彼らはゲームを作りたくて、ソフトメーカーでクリエイターをしているのだから。


本来はクリエイターであるのに、なおかつ経営陣の一員であることによってゲーム開発に充てる時間が削られている。そういうデメリットを肌で感じているひとりがコナミ・コンピュータ・エンタテインメント・ジャパンWEST(KCEJ WEST)の小島秀夫氏ではないだろうか。


小島氏は世界的にも評価の高い「メタルギア」シリーズを手がけているクリエイターであり、KCEJ WESTの取締役副社長でもある。彼は日常の業務に関して次のように述べている。


『まず、朝は6時に起きます。それで会社に来て7時50分から会議室でコナミグループの全国テレビ会議。で、10時から“メタルギア”と“Z.O.E.” チームの朝礼ですわ。若いスタッフは10時出勤なんです。僕らだけですよ、早くに出勤しているのは(笑)。それから午前中は決済書類等の処理をして、夕方にやっとゲーム作りを始められる」(P32〜33 週刊宝島 2001 3.14 NO.496 宝島社)。


副社長の立場にある小島氏でさえ、これほどまでに時間を食われてしまうのであるから、社長であった場合はどうなるのであろうか。「グランツーリスモ」シリーズのプロデューサーである山内一典氏は、株式会社ポリフォニー・デジタルの社長であるが、彼はそれについてこう語っている。


お昼からいろんな書類にサインしたり、外部の会社と打ち合わせをします。そうするとだいたい夕方になってしまうので、そこから内部の打ち合わせをして、夜9時くらいから僕自身の仕事ゲームの仕様書を書いたり、仕上がってきたものをチェックしたり。すると朝になるんで寝るわけです』(P29 同)。


KCEJ WESTの小島氏は夕方からで、山内氏は夜の9時から、というのであるから、一日の大半、或いは殆どを日常的な雑務に時間を取られてしまっているのだ。しかも、ようやく手に出来たゲーム作りの時間であっても、次から次に迫り来る雑務が、ゲーム開発に多少なりとも支障をきたしている。


小島氏は言う。『ゲームのシナリオを書いている時は自分の世界に入っているわけですでも、電話がかかってくるし、メールは届く。現実の世界に引き戻されるわけです。すると二度と同じ世界に入れないんですよ。これが、本当に悔しいんですよ』(P33 同)。


二人のクリエイターの日常を見てみると、日々の業務に一日の大半の時間を費やさざるを得ない状況に有るのが良く分かる。このような環境にあるのは、何も彼らだけではないはずだ。クリエイターであり、経営陣の一員でもある人達も、時間の差はそれぞれあるにしても、傾向としては彼らと変わらない日々を送っていると思われる。そうなると、皆ゲーム開発にあまり時間を割けない境遇に追いこまれてしまっている、と言えるのではないだろうか。


だが、こんな状況から救ってくれるソフトメーカーの決断はクリエイターにとって有り難い話だったはずである。なぜなら、経営から離れる事によって、日々の雑務から解放されゲーム作りに専念出来る場と時間を手に出来るのだから。まさに、今回の異動は、願ったり叶ったりの措置であったと言えるだろう。(つづく)


続きはこちら→第四章(最終章):「餅は餅屋」

2008年01月03日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part2

当該のゲーム業界記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第二章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part2
第二章:「なぜ外すのか(メーカーの事情)」

 
自社の看板クリエイターを経営陣から外す意図はどこにあるのか。副社長の辞任を発表したスクウェアの鈴木社長はそのことについて、こう話している。


今後坂口は経営のことに時間を取られることなく、クリエイティブな作業に専念できるようになります』(P101 週刊ファミ通 3月16日号 2001 エンターブレイン)。


つまり、経営から離れさせる事によって、よりクリエイターとしての能力を発揮してもらうのが目的だと述べているのである。同様にコーエーも人事異動に際してのプレスリリースに『襟川陽一は、今後、ゼネラル・プロデューサー、シブサワ・コウとして作品創りに専念いたします』(株式会社コーエープレスリリース平成13年5月10日付)と記しており、スクウェアと変わらない目的の遂行のために、今回の異動を行った事がわかる。


アトラスは、岡田氏の退任についてコメントはしていないが、岡田氏を取締役から外し、新設した開発本部の本部長に任命したことを考えると、スクウェア・コーエーと変わらない理由があったとするのが妥当であろう。


こうして見ると、クリエイターに経営陣の一員という責務を与えるのは、満足なゲーム開発環境を彼らから奪ってしまっていると言えるのではないか。経営陣に加わるとそれまで開発に割いていた時間を、煩雑な日々の業務に振り向けなければならなくなる。そのため、いろいろな弊害が生まれたのであろう。


例えば、時間が少なくなってしまったため、開発の効率が以前より悪くなってしまい、開発期間が長くなった、などである。それは、結果としてゲーム開発の遅延をもたらし、会社全体に悪い影響を与えてしまう事になる。


そういったことは、ソフトメーカーとしては避けなければならない。だからこそ、スクウェア・コーエー・アトラスは、看板クリエイターを経営陣から外したのだ。特に、スクウェア・アトラスは前期の決算では赤字を計上し、業務の効率化・開発部門の強化が急務になっていたことも、今回の人事異動の一因であったのだろう。


自社の看板クリエイターにはその豊かな才能から、彼らの満足のいくゲームを製作してもらわなければならない。そのためには、経営というゲーム開発には、あまり関係の無い仕事を兼務させるよりも、制約の無い自由な開発環境を与える事こそが重要であるとソフトメーカーは気付いたのではないか。


ソフトメーカーを支えているのは、何と言っても開発部門である。今回の決定は開発部門を重視するがゆえの人事異動だったと言えるのだ。(つづく)


続きはこちら→第三章:「時間が無い(クリエイターの事情)」

2008年01月02日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part1

当該のゲーム業界記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第一章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part1
第一章:「最前線からの撤退」


近頃、ソフトメーカーの顔とも言える著名なクリエイターが、自社の取締役や会長職などを退くケースが目立つようになってきた。話題になったところでは「ファイナルファンタジー」シリーズのプロデューサーである坂口博信氏が今年2月、スクウェアの副社長を辞任し、スクウェア専属のエグゼクティブプロデューサーになったことが挙げられるだろう。


同様に「真・女神転生」シリーズを手がけている岡田耕治氏も今年6月に取締役を退任、新たに設置された開発本部の本部長に就任している。コーエーの代表作である「信長の野望」・「三国志」シリーズの生みの親であるシブサワ・コウ氏(本名・襟川陽一コーエー会長) も会長職を退き、取締役最高顧問に就いてゼネラル・プロデューサーになっている。


ソフトメーカーを代表するクリエイターが経営に加わっている事はさほど珍しい事ではない。カプコンや任天堂、ナムコやコナミ・セガの子会社などには、自分自身はクリエイターでありながら、経営陣の一員になっている場合が多い


特に、ソフトメーカーの子会社では、クリエイター自身が社長を務めていることだって良くある事なのだ。同様に、中小の独立系ソフトメーカーなどにもこの傾向は当てはまる。だからこそ、クリエイターが経営の一線から身を引くことに対しては注目が集まるのである。坂口氏の辞任報道が驚きを以って伝えられ、話題になったのは、こういう背景があったからであろう。


では、なぜスクウェア・アトラス・コーエーは、あえて彼らを経営の最前線から外す決断をしたのであろうか。もともと経営陣の一員であったのだから、これまで通りに経営に参加してもらっていても良かったのではないのか。それなのに、こうしなければならない理由とは一体何であるのか。


本コラムでは、ソフトメーカーとクリエイターがそれぞれ抱えている問題にスポットを当て、この度、ソフトメーカーがこのような決断をした背景について考えてみることにしたい。(つづく)


続きはこちら→第二章:「なぜ外すのか(メーカーの事情)」