2006年05月27日

「誰がゲーム機の寿命を決めるのか 〜五年周期説を考える〜」Part4(2005.2.9)

第四章:「なぜゲームボーイだけが長命だったのか」

 ゲーム機の世代交代は、ゲーム市場の覇権を握った現行機の普及台数が鈍化してしまうことだけでは起こり得ない。その間隙を突いてライバルメーカーが次世代機を投入しなければ、世代交代は実現しないのだ。しかし、ライバルメーカーが長期間にわたって戦いを仕掛けてこなければ、どうなるのだろうか。ライバル機がいなければ、トップメーカーは急いで次世代機を投入する必要はないのだから、現行機の寿命は伸び続ける事になるだろう。

 この事は、なぜゲームボーイ(GB)が長らく現役のハードとして活躍できたのか、という理由を教えてくれる。GBは正に「ライバル不在」の状態が意外なほど長く続いたからこそ、生き永らえる事が出来たのだ。成熟期に移行してもなお、強敵と言えるようなライバル機が殆ど登場しない状態が、GBにゲーム機の『五年周期説』を覆すほどの長命をもたらしたのである。

 もちろん、初期型のGBがそのまま10年以上販売されていたわけではなく、数度のマイナーチェンジが行われてきている。だが、それはあくまでGBを部分的に改良したゲーム機に過ぎず、決して次世代機とは呼べるものではなかったのだ。

 実際に、GBの後継機が登場したのは2001年のことになるが、これは1999年にワンダースワンというライバル機がようやく現れたからなのである。

 このように携帯ゲーム機の分野に置いても、ゲーム機の寿命はやはりライバルメーカーが決定づけているのだ。ならば、現在様々な予測がでているPS2の後継機の投入時期も、ライバルの動向を注視すれば自ずと推測しやすくなるだろう。

 現在、ライバル達は戦いを仕掛けるタイミングを窺っている状態にある。携帯ゲーム機市場ですでにSCEと競争している任天堂は『“ゲームキューブ”の後継機を来年(2005年)のE3で発表する』(注4)予定であり、『米マイクロソフトも“SCEより先に新ハードを出す”』(同)考えのようだ。

 仮に、挑戦者の立場にある両社のうち、どちらかが2005年に次世代機を発売するのであれば、対抗上SCEもそう遠くない時期にPS2の後継機である「PS3」を投入せざるを得なくなるだろう。逆に、もし何らかの事情でライバル機の投入が遅れるような事があれば、SCEは然るべき時までPS3を温存し、その間は現行機であるPS2を引っ張り続けるものと思われる。ただ、ライバルが明確に次世代機の投入を示唆している以上、PS2の寿命はそう長くはないだろう。PS2の寿命もまた、ライバルメーカーが握っているのである。

 しかし、こう考えてみると今回も他のゲーム機の場合と同じように世代交代の間隔はほぼ5年程度に収まりそうである。ここでもなぜか『五年周期説』は健在と言える。もしかすると、ゲーム市場にライバルが存在し続ける以上、この説は効力を持ち続けるのかもしれない。

注4…2004年7月30日 日経産業新聞 (カッコ内は筆者)

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2005年2月9日

2006年05月25日

「誰がゲーム機の寿命を決めるのか 〜五年周期説を考える〜」Part3(2005.2.3)

第三章:「外部要因」

 熾烈な競争に勝ち抜き、ゲーム市場における「標準機」としての地位を確保したゲーム機がわずか5年前後で世代交代してしまうのは、年間の普及台数の伸びが3年程度でピークとなり、あとは下降線を辿ってしまうから、という理由だけではない。普及台数の伸びが落ち込み始めると、それを待ち受けていたかのように活発に動き出す「ライバル」の存在が、結果的にゲーム機の寿命を決定づけてしまうのだ。

 ゲーム機戦争に敗北してしまったライバル達は、次こそはゲーム市場の覇権を勝ち取るべく、準備を重ねてきている。そのため、彼らはトップシェアを握るハードの衰えが顕著になってきた時を敢えて選び、次世代機を投入することが多い。

 87年と翌88年に発売された「PCエンジン」「メガドライブ」は、FCの年間販売台数が85年をピークに徐々に衰え始めた時に相次いで発売されているし、92年を頂点にSFCの年間販売台数が減少し始めた94年には「セガサターン」「3DO-リアル」「プレイステーション」が一斉に市場に投入されている。PSの場合は97年に年間出荷台数が過去最高を記録したが、その前後の96年と98年に「NINTENDO64」と「ドリームキャスト」が登場している。

 これらのライバル達が現れることによって、結果的にトップシェアを握るゲーム機の寿命が決定づけられてしまう。なぜなら、ライバル機の登場によって、ユーザーがそちらに流れてしまうのではないかと、時のトップメーカーが危機感を抱いてしまうからだ。

 強固に見えるユーザーの支持は決して永続的なものではない。手を拱いていれば、彼らは、数年振りに与えたれた「ゲーム機の選択権」を行使して他社のゲーム機に流れてしまうかもしれないのだ。

 だからこそ、他社の次世代機が登場する度にトップメーカーは対応に迫られる。具体的には「現行機の販売価格を引き下げ」などが主な対抗策として挙げられるが、最も有効的な対策は、ゲーム機の世代交代を決意すること、つまり次世代機の投入をユーザーに表明してしまうことである。

 いくらライバル機が高性能を有するゲーム機だからといって、それがそのままゲーム市場の勝者になれるわけではない。逆に、現時点でユーザーからの圧倒的な支持を得ているトップメーカーが後継機を投入するとなれば、ライバルに覇者の座を譲り渡す確率は低いと言える。いつも挑戦者の立場にあったセガの佐藤氏は、かつてこのような事を口にしていた。『“大好きなゲームの続きが、スーパーファミコンで出ますよ”ということになると、ユーザーはなかなかセガのゲーム機は買わないですよね。“二匹目のドジョウなり三匹目のドジョウ”が期待できるわけですから、大きいですよね』(注3)。

 この言葉通り、次世代ゲーム機戦争が起こったとしても、トップメーカーから近い将来における後継機の登場が明らかにされる事で、ライバル機を牽制しその勢いを削ぐことが出来るのである。後継機の投入は最も効果的な対抗策となるのだ。

 トップメーカーにとって世代交代が覇権を維持するための有効な策である以上、これを使わない手はない。このことから、ゲーム機の世代交代はライバル機の登場によって決定的なものになると、言うことができるだろう。結局の所、ゲーム機の性能が世代交代を呼び起こす主因となるわけではなく、ライバルメーカーの動向が最終的にゲーム機の寿命を決定付けてしまうのである。

注3…「NHKスペシャル 新・電子立国 第4巻 ビデオゲーム・巨富の攻防」 P311
著相田茂・大墻敦 日本放送出版協会 1997

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2005年2月3日

2006年05月24日

「誰がゲーム機の寿命を決めるのか 〜五年周期説を考える〜」Part2(2005.1.26)

第二章:「ピーク」

 ゲーム市場の覇権を握ったゲーム機の殆どは、性能的に問題が無くとも五年前後で世代交代の時を迎える。苦労してトップシェアを確保したハードメーカーの立場から言えば、いずれ訪れる次世代ゲーム機戦争はなるべく遅い方が好ましい。それは、ゲーム機の寿命が長ければ、長いほど「回収期」を引き延ばす事ができるからだ。

 しかしながら、どんなにゲーム市場を席巻しているハードを保有していたとしても、時のトップメーカーは早々と次世代機の開発に着手する場合が多い。一見すると、どこにも問題がないように思えるゲーム機を抱えながらも、かなり早い時点から代替わりを意識しているのはなぜなのか。

 トップメーカーが早くも世代交代を意識する背景には、ゲーム機の「普及速度」が鈍化傾向を示すようになってきたことが関係していると思われる。これまでトップシェアを確保してきたゲーム機は、いずれも発売直後から急速に普及台数を増加させる一方で、その勢いは2年、もしくは3年程度で落ち着いてしまう。

 ファミリーコンピューター(FC)が発売された83年以降、同機の年間販売台数は毎年のように増加し続けてきたが、86年に390万台を記録して以来、年間の販売台数は鈍化傾向に陥ってしまう。同様に、90年発売のスーパーファミコン(SFC)も92年に358万台の販売台数を記録した後は、やはり明確に衰えが出始めてしまうのだ。プレイステーション(PS)シリーズの場合であっても、その傾向は変わらない。PSが97年に約500万台、PS2が2001年に436万台の出荷台数を記録してからは、やはり年間の普及台数は落ち込んでしまっている。

 つまりFCやPSは発売後3年で、SFCとPS2は発売後わずか2年で早くもピークに達し、それ以降の普及速度は明確に鈍化してしまうのである。

 ゲーム機の性能そのものに何ら支障はなくとも、普及台数の伸びが鈍くなることはトップメーカーにとって大きな問題になりかねない。なぜなら、ゲーム機の年間普及台数の落ち込みに続いて、今度はゲームソフトの販売本数が減少し始めるからだ。

 例えば、SFCやPSのケースを見てみると、どちらも92年と97年に年間普及台数がピークとなっているが、それから少し遅れてソフトの方も縮小傾向に転じてしまっている。SFCの場合、93年・94年に隆盛期を迎えるが94年以降のソフト出荷本数を見てみると4311万本(94年)、3420万本(95年)、1290万本(96年)と年々減少してしまっている。97年に最多出荷台数を記録したPSも同様の傾向を示しており、98年以降のソフト販売本数は6500万本(98年)、 6100万本(99年) 、3500万本(2000年)となっている。SFCもPSもハードの普及台数が落ち込みから少し時間を置いて、収益源であるゲームソフトの出荷本数も縮小してしまっているのだ。

 これらの事例から言えることは、トップメーカーは現行機がどんなに好調だったとしても、それが衰えた後の事を早い時期から想定して、予め善後策を用意しておかなければならないということである。だが、ハードメーカーにゲーム機の切り替えを決断させる理由の全てが、普及速度の鈍化にあるわけではない。仮に、それが全ての原因であるのなら、93年の時点で普及台数が鈍化傾向に陥ったゲームボーイがなぜそれから7年もの間、現役で居続けられたのかを説明することができなくなる。

 では、トップメーカーにゲーム機の世代交代を決意させたもうひとつの原因とは、一体何なのか。それを次に考えることにしてみたい。

参考文献…
「ゲーム産業の経済分析」 P110 編者・新宅純二郎・田中辰雄・柳川範之 東洋経済新報社 2003年
「ソニー・コンピュータエンタテインメント 会社データ」
「1994年4月8日 日経産業新聞」

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2005年1月26日

2006年05月22日

「誰がゲーム機の寿命を決めるのか 〜五年周期説を考える〜」Part1(2005.1.18)

第一章:「ハードの限界」


 年間で最もゲーム市場が賑わう季節である12月。2004年もその傾向に変わりは見られないが、今シーズンのクリスマス商戦には発売前からかなりの注目を集めてきた目玉商品が2つ存在する。ひとつは、任天堂の新型携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」(NDS)であり、もうひとつがソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)から発売された「プレイステーション・ポータブル」(PSP)である。

 現状では、どちらのゲーム機が優位であるとは言えないが、任天堂側はすでにNDSの初年度における販売見通しを二度も上方修正し、最終的に350万台から500万台へと引き上げている。一方のSCE側も久多良木社長が『増産指示を出す』(注1)と述べていることからも、滑り出しはかなり好調だったようだ。両陣営の戦いは始まったばかりであるが、今後は2004年の年末商戦だけではなく、ゲーム市場全体も大いに盛り上げることだろう。

 しかし、2005年以降は携帯ゲーム機の分野だけではなく、家庭用ゲーム機の領域でも競争が始まると見られている。なぜそのような予測がされているのかと言えば、ゲーム機の『五年周期説』(注2)の影響があるからだ。

 これまでゲーム市場の覇者となったゲーム機は4機種ほどあるが、それらの殆どは約5年前後で代替わりをしている。それぞれが発売された年を列挙してみると、1983年・90年・94年・2000年となっている。ファミリーコンピューター(FC)とスーパーファミコン(SFC)との間隔は7年と開いているが、それ以外はおおよそ5年前後で収まっている。そう考えると、プレイステーション2(PS2)発売から約5年になろうとしているのだから、そろそろ世代交代が行われてもおかしくはない。もちろんSCEなどのハードメーカーはその準備に余念はなく、早ければ2005年にもゲーム市場の覇権を巡って、再び対決が起こる可能性は十分にある。

 だが、ここで疑問が生じる。それは「なぜゲーム機は5年前後の間隔で世代交代が起きるのか」ということである。確かに理由は数多くあると思われる。代表的なものとしては、ゲーム機の性能が限界を迎えているから、という事が挙げられるだろう。

 しかし、性能が劣るからと言ってゲームの開発に支障が生じるわけではない。89年に発売された携帯ゲーム機「ゲームボーイ」は次世代機である「ゲームボーイアドバンス」に代替わりするまで、数度のマイナーチェンジを経ながら実に10年以上の長きに渡って現役で居続けることができた。その間、数多くのヒット作を生み出してきたが、特に大ヒット作である「ポケットモンスター」などはハード発売後、8年目にしてようやく登場したソフトである。

 つまり、ゲーム機の性能は必ずしも5年前後で限界を迎えるものではないのだ。そうであるならば、ゲーム機の寿命はどんな原因によって決められてしまうのであろうか。その原因を突き止めることができれば、なぜゲームボーイというハードだけが例外的に10年もの長い間、現役で居続けることができたのか、ということも分かるだろう。

 今回は、ゲーム機の『寿命』を決めている原因を追求してみる事にしたい。

注1…2004年12月13日 日本経済新聞 夕刊
注2…2003年8月29日 日経産業新聞

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2005年1月18日