2006年04月23日

「老舗の逆襲 〜新携帯ゲーム機の狙い〜」Part4(2004.2.27)

第四章:「危機感」

 任天堂がニンテンドー・DSを開発した目的とは、ゲーム離れを起こしてしまった大人のユーザーに対してゲームのおもしろさを再認識してもらい、もう一度ゲーム市場に帰ってきてもらうことにある。そのために新たなゲーム機の開発が必要になり、ニンテンドー・DSが作られたと言えるのだ。

 大人は子供と比べて時間的な余裕があまりない。そんな大人が気軽にゲームを遊ぶためには、テレビの前でしかゲームができない据置型の家庭用ゲーム機ではなく、いつでもどこでもゲームができる携帯ゲーム機の方が良い。携帯ゲーム機こそが、実は最も大人に適しているゲーム機なのである。だが、携帯ゲーム機が良いからと言って、GBAをそのまま利用することはできない。なぜなら、GBAは「子供の玩具」というイメージが出来上がってしまっているからだ。だからこそ、任天堂は大人向けとして、新たな携帯ゲーム機「ニンテンドー・DS」を開発したのである。

 任天堂がこうした対策に乗り出したのは、ゲーム市場の縮小に危機感を覚えたという理由もあろうが、それだけでないだろう。市場縮小から垣間見える「将来への危機感」も背景にあったからではないだろうか。つまり、任天堂はこれからもゲームを楽しんでいた多くのユーザーが年齢を重ねるにつれて、ゲーム離れを起こしてしまう可能性があることに、危機感を覚えたのではないだろうか。現在起きている「大人のゲーム離れ」が一時的な事例で終わる保証はない。いまはゲームに夢中になっている子供たちも将来、必ず大人になる。その時、彼らもゲームから離れてしまうことは、現状を鑑みれば十分に予想できてしまう。

 一方で、子供の数は確実に少なくなってきている。そうなった時、子供だけに頼る収益構造では、ゲーム業界は必ずや縮小均衡に追い込まれる。任天堂はそういったことも打開するためにニンテンドー・DSを開発したのだ。同社がニンテンドー・DSにかける期待は大きいことだろう。

 そもそも、任天堂にとって携帯ゲーム機とは、過去にあった会社の危機を救ってきてくれた存在である。1970年代後半に任天堂がオイル・ショックなどの影響で危機的な状況に陥った時、同社の窮地を救ったのが1980年に発売された携帯ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」である。発売以後、国内外で3000万台以上を売り上げた「ゲーム&ウォッチ」は、『山内社長が“もうつぶれる”といわれているほどの危機』(注12)から任天堂を見事に立ち直らせたのである。さらには、家庭用ゲーム機市場のシェア争いでSCEに大差をつけられた際にも、任天堂を支え続けてきたのがゲームボーイやGBAなどの携帯ゲーム機であったのだ。もちろん、2003年9月中間期の『利益のかなりの部分はアドバンス事業』(前出)から生まれたものである。任天堂にとって、携帯ゲーム機は同社の危機を救い続けてきてくれた救世主ともいえる存在なのだ。

 今回も任天堂は縮小を続ける市場活性化の切り札として、偶然かもしれないが新しい携帯ゲーム機を発売する。もしかすると、ニンテンドー・DSは市場を活性化させるだけではなく、任天堂を再びゲーム市場の王座の地位に押し上げるかもしれない。

 ニンテンドー・DSに賭けた任天堂の逆襲は、これから始まろうとしている。

注12…『日本のビッグ・ビジネス21 任天堂・セガ』 P85 著逸見啓・大西勝明 大月書店 1997年

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2004年2月27日  

2006年04月22日

「老舗の逆襲 〜新携帯ゲーム機の狙い〜」Part3(2004.2.20)

第三章:「本当の敵」

 年内に発売される予定である「ニンテンドー・DS」。しかし、SCEが発売を検討している携帯ゲーム機「PSP」に対抗するためだけに、同機が開発されているわけではない。ニンテンドー・DSが戦わなければならない相手はPSPではなく、普及台数4000万台を誇るGBAでさえも凌駕する「携帯電話」に他ならない。

 国民の過半数以上が保有している「携帯電話」の契約者数は、2003年12月末の時点で8000万台に迫るほどになっている。普及に一役買っているのが、99年に登場した「iモード」に代表されるインターネット接続サービスである。これを利用している契約者があまりに多いため、このサービス向けにゲームなど各種コンテンツを配信する事業に特化した企業も数多く出現しているほどだ。

 その一方で、ゲームの市場規模は減少傾向に陥っている。コンピュータエンターテインメント協会によると2002年の『国内のゲーム関連市場の規模は前年比一八・三%減の五千十三億円』(注8)となり、調査開始以来初めて二桁のマイナスを記録している。その遠因として「携帯電話の急激な普及」をあげる人は多い。つまり『携帯電話の普及が原因』(注9)となって、『業界の創生期を支えた二、三十代のゲーム離れ』(注10)を引き起こしたために市場が縮小してしまった、というのだ。

 かつてゲームに向けられていた時間と金銭が、いまは携帯電話に振り向けられている。ゲーム市場の縮小と、携帯電話向けにコンテンツを配信している企業の急激な成長を見れば、こうした考えはあながち間違いではないだろう。急成長の結果、株式上場を果たすコンテンツ配信企業さえある。

 しかし、携帯電話の普及による大人のゲーム離れに人一倍の危機感を持ったのが任天堂だったのはないだろうか。だからこそ、任天堂はその対策として、携帯電話に対抗できるような新しいゲーム機が必要だと考え、携帯ゲーム機「ニンテンドー・DS」を開発したのではないだろうか。それを裏付けるような指摘もある。『任天堂は、ニンテンドー・ディーエスについてはゲームボーイとは別々にマーケティングを行うとしている。このコメントは、この新ゲーム機が、子供向けのゲームボーイよりも高い年齢層のユーザー向けとなる可能性があることを示している』(注11)。

 では、なぜ任天堂は、携帯電話に対抗する大人向けのゲーム機として携帯ゲーム機を選んだのか。それは、大人にはあまり自由に使える可処分時間が少ないことが関係している。そもそも、大人は子供と違って、テレビの前に座ってゲームをする時間をそう簡単に作ることはできない。しかし、携帯ゲーム機なら場所を問わず、空いた時間にゲームができる。ゲームボーイやGBAを保有している大部分が子供であるため、漠然としたイメージとして「携帯ゲーム機は子供のもの」と思われてしまいがちだが、ゲームにあまり時間を割けない大人にとって「いつでもどこでもゲームができる」携帯ゲーム機こそが本質的に彼らに最も適したゲーム機なのである。ただ、だからといってGBAに多少のマイナーチェンジを施し、大人向けのゲーム機として販売したとしても、大人が「子供の玩具」という印象が染みついた「新GBA」を買い求めるのか疑問である。だからこそ、全く新しい携帯ゲーム機が開発されたのだ。

 こうしたことからも、あくまでニンテンドー・DSの対象は大人であり、敵は携帯電話にあると考えることができる。ニンテンドー・DSは決して、PSP対策に主眼を置いているわけではないのだ。

注8…2003年7月29日 日本経済新聞
注9…2003年8月7日 日経流通新聞MJ
注10…2003年8月28日 日経産業新聞
注11…『[WSJ] 任天堂、2画面の携帯ゲーム機“ニンテンドー・ディーエス”発売へ』 2004年1月21日

参考文献…『電気通信事業者協会 プレスリリース(事業者別契約数 平成15年12月末現在)』

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2004年2月20日  

2006年04月21日

「老舗の逆襲 〜新携帯ゲーム機の狙い〜」Part2(2004.2.13)

第二章:「対策」
 
 携帯ゲーム機市場をほぼ独占している「GBA」があるにも関わらず、任天堂は年内にGBAとは異なった新しい携帯ゲーム機「ニンテンドー・DS」を発売する。同社は『異質なプレイ体験』(注5)ができるというニンテンドー・DSを第三の収益の柱にするつもりでいる。

 しかしながら、現状の任天堂はGBAが生み出す収益に支えられている。この事実がありながらも、敢えて新しい携帯ゲーム機を発売するのはなぜか。同じ携帯ゲーム機であるのだから、GBAとニンテンドー・DSとの間で競合状態に陥る可能性も十分に予想できる。さらに、財務面においても新ゲーム機の発売は負担になるだろう。それなのに、なぜ任天堂は新しい携帯ゲーム機を発売するのだろうか。

 まず考えられるのが、同じく年内にSCEから発売される携帯ゲーム機「PSP」の存在である。SCEの久多良木氏はPSPを『二十一世紀の“ウォークマン”だ』(注6)と評し、出荷台数の目標を1000万台に置いている。おそらくゲーム機能以外の付加価値が付くであろうPSPは、PS2同様に短期間のうちに普及する可能性がある。もし、そうなれば携帯ゲーム事業に支えられている任天堂にとって、PSPの出現は脅威となる。

 『任天堂は“ニンテンドーDSは全く異なる種類のゲーム機”(豊田氏)と位置付けており、PSPとは直接競合しないとみている』(注7)が、発売される時期などを考えればPSPに対抗するべく、ニンテンドー・DSを発売するのだ、と判断されても仕方がないだろう。

 しかしながら、ニンテンドー・DSを開発した理由を「PSPに対抗するため」に限定するわけにはいかない。もちろんPSP対策も主たる開発理由のひとつだろうが、それだけでニンテンドー・DSを開発したとは考えにくい。SCEの戦略はPS2では成功したかもしれないが、PSPも同様に成功するとは限らないのだ。現時点でのPSPは普及する可能性を秘めながらも、まだまだ未知数な部分を多く抱えていると言える。しかも、予定通り出荷できたとしても1000万台に過ぎない。果たして普及台数4000万台を超えるGBAを脅かすような存在になれるのか、現状では全く分からない。

 もし、PSPが発売されるからといって、それに対抗するためだけにニンテンドー・DSを開発したのであれば、任天堂の「過剰反応」であると言わざるを得ない。では、過剰反応ではないとすれば、任天堂は何のためにわざわざニンテンドー・DSを開発したのか。もしかすると、ニンテンドー・DSが相手にしなければならないのはPSPではなく、携帯ゲーム市場をほぼ独占するだけの力を持つGBAでもかなわない、圧倒的な普及台数を誇るハードではないのか。だからこそ、GBAではない新しい携帯ゲーム機を開発したのではないだろうか。

 その相手を知ることで、ニンテンドー・DSが開発されることになった本当の意味を理解できるのかもしれない。


注5…任天堂ニュースリリース『“二画面”新携帯ゲーム機の発売に関して』
2004年1月21日
注6…2003年5月15日 日経産業新聞
注7…『任天堂:2画面の新型携帯ゲーム機を年末発売-現行比8倍の容量』
2004年1月21日


初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2004年2月13日  

2006年04月20日

「老舗の逆襲 〜新携帯ゲーム機の狙い〜」Part1(2004.2.6)

第一章:「異質なゲーム」

 ゲーム市場で不動の地位を築きつつあるプレイステーション2(PS2)。この強大なハードに普及台数の面でかなりの差を付けられたのがゲームキューブ(GC)とXboxである。発売時期がPS2より大きく遅れてしまったため、両ハードはPS2の後塵を拝している。2003年9月の時点でのPS2の累計出荷台数が6000万台に上るのに対して、GCはわずか1045万台、Xboxの数字は同年6月までの累計販売台数であるが940万台に留まっている。この出荷・販売台数だけを比較すれば、ゲーム市場でのPS2の独走は揺るぎないものであると言えるだろう。

 このような事態を少しでも打開するべく、二番手グループに甘んじていた任天堂は最も需要が高まる年末商戦に向けて値下げを敢行した。同社の岩田社長が述べているように『(任天堂の)年間収益のうち約半分を年末商戦で稼ぎ出しており、十月から十二月の結果が一年間の業績を左右する』(注1)ため、いち早く10月の時点で価格の引き下げに動いたのだ。GCのそれに呼応してソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)とマイクロソフト(MS)は11月にPS2とXboxの販売価格を引き下げると相次いで発表した。

 ゲーム機の価格競争の口火を切った形になった任天堂だが、一足早く値下げしたためか、その効果は大きかったようだ。2003年9月中間期の決算発表の際に同社の森専務は『米国では値下げ前に比べ販売が4倍に、欧州では10倍に拡大している』(注2)と語っている。後に、600万台としていた今期の販売目標には届かず、実際には500万台に留まる可能性を示唆したが、中間期まででわずか89万台しか販売できなかったのだから、大いに健闘したと言える。

 このように『上期は不振だった』(注3)はずのGCの販売は徐々に持ち直しつつある。一方、ゲームボーイアドバンス(GBA)は携帯ゲーム機市場での独走状態を依然として続けている。GCの善戦とGBAの独走を見ると、2003年の年末商戦における勝者は任天堂であったと言えるのかもしれない。

 そんな中、任天堂は第三のゲーム機「ニンテンドー・ディーエス」(ニンテンドー・DS)を年末に発売するという。携帯ゲーム機として販売されるニンテンドー・DSは、任天堂がかねてより言ってきた『既存のゲーム機とは異なる発想の“新しいゲーム”』(注4)のことである。任天堂は同機をGCやGBAに続く、第三の収益源として育て上げるとしている。

 しかし、ここで疑問が生じる。それは、なぜ任天堂が新たな携帯ゲーム機を発売しなければならないのか、ということである。2001年に発売されたGBAの販売台数はすでに4000万台を超えるほどであり、任天堂の『利益のかなりの部分はアドバンス事業』(同)が稼ぎ出している。それにも関わらず、なぜ今新しい携帯ゲーム機が必要になったのであろうか。

 今回は、任天堂が「全く新しい携帯ゲーム機」を発売する理由について考えてみることにしたい。


注1…2003年11月14日 日経産業新聞 カッコ内筆者
注2…『任天堂:値下げでゲーム機販売計画据え置き、今期営業益15%増』 2003年11月13日
注3…2003年12月12日 日本経済新聞夕刊
注4…2003年11月14日 日本経済新聞

参考文献…『任天堂 平成16年3月期中間決算短信』『マイクロソフト 2003年第4四半期決算』

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2004年2月6日