2006年07月06日

「セガの未来 〜歴史は語る〜」Part4(2003.4.24)

当該記事は、2003年4月24日にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「セガの未来 〜歴史は語る〜」の第四章(終章)です。

第四章:「ひとつの失敗」

 鳴り物入りでセガに入社し、同社を順調に改革してきた香山氏。ハード事業の撤退と他社ハードへの参入、アミューズメント関連事業の立て直しと低迷していたセガを大きく変えてきた。その結果、2002年3月期は数年ぶりに営業利益を生み出し、再建は軌道に乗っていたはずだった。しかし、飛躍を期したアメリカでのゲームソフトの販売で惨敗してしまう。このたったひとつの、しかし決して小さくはない失敗がセガの未来を大きく変えてしまうことになる。

 香山氏の実績は十分評価すべきものである。年度内に二度も業績の下方修正をしながらも、アミューズメント関連事業の奮闘によって営業利益を確保していることは否定しがたい事実である。赤字体質が染みついていたセガにとって、二期連続の営業黒字達成は意味のあることだろう。さらには、現金収入も十分にあり、懸案であった巨額の借入金も順調に返済しつつある。

 それでも再建失敗と言われる背景にはセガに対する期待の大きさがあったからだ。他社ハード参入前のセガの評価はとても高いものだった。『DC(ドリームキャスト)以外のハードで発売すれば100万本以上のヒットタイトルは数多く生まれるとの声は以前から高く、ソフト開発能力では間違いなく任天堂に次いで世界2位の企業である』(注8)、『ソフト開発の潜在力はトップクラス。…セガが大ヒット作を生み出せば、最終勝者はソニー、任天堂の二強やマイクロソフトでなく、セガになる可能性すらある』(注9)という評価が大半を占めていた。だが、こうした期待があまりにも大きかったために、逆にそれが失望を呼び、再建失敗と言われる原因になる。

 香山氏は過去に『改革には順序がある。微妙な狂いで可能なことも不可能になる』(注10)と言っていたが、周囲が期待した順序通りの改革というのは「赤字体質脱却後、早期での高収益企業への変身」だったはずだ。そのシナリオをゲームソフト事業の不振が狂わせたのだ。期待が大きければ大きいほど、裏切られたときの反動は強いものになる。セガにとっては下方修正したとは言え、黒字化を達成できる見込みであるのだから、業績修正は「微妙な狂い」だったのかもしれない。だが、周りの人間にとってそれは大きな落胆なのだ。だからこそ、可能であったはずの自力再建が不可能になってしまったのである。

 その一方で、セガを欲しいと考えている企業は数多くある。大きな失望を買いながらも、一方で注目され、それでもなおセガに期待を掛ける企業があるのは、優秀な開発力があるからだ。セガに声を掛けてくれる企業のためにも、またセガを支えているゲームユーザーのためにも、彼らはこの開発力と統合相手の力を上手に利用して、もう一度成長路線に返り咲かねばならない。これから生まれるであろう“新生セガ”は、もうそろそろ周囲の期待に応える必要がある。

(注8…「ソシエテ ジェネラル証券 セガレポート」 2000年11月27日 カッコ内筆者)
(注9…日本経済新聞 2001年1月29日)
(注10…日本経済新聞 2002年1月17日)

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2003年4月24日

2006年07月04日

「セガの未来 〜歴史は語る〜」Part3(2003.4.10)

当該記事は、2003年4月10日にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「セガの未来 〜歴史は語る〜」の第三章です。


第三章:「破談の可能性」


 1990年代後半から、毎年のようにCSKの業績の足を引っ張るセガ。CSKグループに所属しているために、セガの損益が同グループの決算にも大きな影響を与えている。5期連続最終損益が赤字に陥っているセガをどのように扱うのかは、CSKの重要な問題になっていたと容易に想像できる。CSK主導による今回のサミーとの統合は、同社の「セガ対策」の結果だと言えるだろう。

 だが、サミーとの統合は決して「確定」したものではない。合併の事実を『セガ関係者で知っていたのは佐藤秀樹社長ただ一人だったという』(注4)ことが真実であれば、セガ社内で事前の合意があったとは考えにくい。過去にセガはバンダイとの合併を発表をしながら、結局合併解消になった苦い経験がある。その時のことを考えると、今回の統合も実現性を問いたくなるが、セガの佐藤社長は『(バンダイとの合併は)一部の人間関係で話が進んでしまった。前回のような悪夢は起きない』(注5)と述べ、破談の可能性を否定している。

 だが、統合を強力に推進したのがCSKであり、その事実を知っていたのは佐藤社長のみであるならば、今回の統合も一部の人間だけで話が進んでしまっていると言えるだろう。これではセガとサミーの統合が実現するのかどうか疑問を持ってしまう。その中で、エレクトロニック・アーツ(EA)がセガに出資する可能性があると2003年3月1日付の日本経済新聞が報じている。サミーとの統合交渉が不調に終わるようであれば、EAが新たなパートナーになる可能性も指摘している。

 さらにあのマイクロソフトでさえ、その候補である。ディーン・タカハシ氏の著書『マイクロソフトの蹉跌』(注6)には、過去にマイクロソフトはセガにこんな提案をしたことがあると記述されている。『セガはマイクロソフトから十七億五千万ドルを超える資金援助を得て、ロールプレイングゲームのトップメーカーでライバルのスクウェアを買収する』(注7)。この提案に対し、セガはマイクロソフトの申し出を断ったという。当時のセガは『マイクロソフト傘下のソフトメーカーに収まることに、ほとんど興味がない』(同)ことが理由だったそうである。実際にこうした買収提案がなされたのか分からないが、事実であれば、これから先マイクロソフトにもセガを手に入れる可能性はあると言えよう。

 しかし、セガにしてみれば誰が統合相手になってもあまり関係ないと言えるだろう。仮にサミーではなくEAでもなく、マイクロソフトになったとしても、それほど影響があるとは思えない。なぜなら、過去の歴史を見ればそれほど事業の関連性のない企業でも、セガは自らの成長の糧にしてきたからだ。ジュークボックス製造・販売が主体であった企業がローゼン・エンタープライゼスとの合併を機に、ゲームセンター運営に深く関わるようになり、アミューズメント関連事業で大きく成長した。さらに異業種とも言えるCSKによる買収によって、セガは上場企業となり、アミューズメント関連への積極投資にも耐えられる資本力を強化したのだ。体質の違う企業でも、合併相手の企業に何かしらの特長を見つけ、それを活かしてきたのがセガである。

 そうであるならば、セガの統合相手がサミーでなければならないという理由はどこにもない。体質が違うところであれば、統合相手はどこでも良いのだ。セガの相手が今後かなり変動することは十分に考えられる。


(注4…前出)
(注5…日経金融新聞 2003年2月14日)
(注6…『マイクロソフトの蹉跌』 著ディーン・タカハシ 訳永井喜久子
ソフトバンク・パブリッシング 2002)
(注7…同書P470)

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2003年4月10日

2006年07月03日

「セガの未来 〜歴史は語る〜」Part2(2003.4.7)

当該記事は、2003年4月7日にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「セガの未来 〜歴史は語る〜」の第二章です。


第二章:「変化の歴史」

 セガは創立以来、何度も合併・被買収などの経験がある。その環境の劇的な変化はセガの未来に影響を与え続けてきた。

 セガの前身となる「レメーヤー・アンド・スチュワート」は1951年に設立された。この会社は米軍相手にジュークボックスやスロットマシンを販売するのが主な事業内容であったが、同社はその後「サービス・ゲームズ・ジャパン」に社名を変更、1960年には会社を二つに分割する。これは、分社化することで今後のさらなる発展を狙ってのものである。会社分割によって、日本娯楽物産(販売部門を継承)と日本機械製造(製造部門を継承)の二社が誕生する。

 分割された両社は1964年に再び統合し、同じ会社として戻るのだが、それからすぐにゲームセンター運営事業などを営んでいた「ローゼン・エンタープライゼス」を吸収合併し、新会社「セガ・エンタープライゼス」を立ち上げる。新会社誕生から数年後の1969年、セガはアメリカ企業である「ガルフ・ウェスタン」に買収されるが、アメリカゲーム市場の急激な落ち込みが影響し、ガルフ・ウェスタンがセガを手放し、1984年に今度はCSKの傘下に収まることになる。CSK傘下にある状態は今も続いている。

 このように、セガは過去に数多くの合併・買収、さらに会社分割までを経験してきた歴史を持つ。だが、そういった環境の変化を巧みに利用し、成長の糧にしてきたのがセガという会社である。

 「サービス・ゲームズ・ジャパン」が会社分割により、日本機械製造と日本娯楽物産に分かれたが、製造部門を受け継いだ日本機械製造は分社化によってより一層、開発に力を入れるようになった。その結果、国産初のジュークボックスを作り上げ、海外へ輸出するほどの大きな成功を収める。

 その後、両社の統合と「ローゼン・エンタープライゼス」との合併を経て、セガが誕生することになるが、ローゼンとの合併により、現在セガの屋台骨を支えているゲームセンター運営事業を手にいれた。さらに、ゲームセンター運営事業の保有は、セガオリジナルのアミューズメントゲーム機器の開発に傾注する契機にもなった。

 セガの経営に大きな影響を与えたのがCSKである。それまでのセガは、事業計画も満足に策定できない会社であった。それを改革し、買収後わずか数年で株式公開企業にまで成長させたのはCSKの力に依るところが大きい。

 同時に公開企業になったことで、資本力を強化ができ、アミューズメント施設の出店や機器開発に積極的になれたのも重要な成果である。アミューズメント関連事業での大きな成功は、後のコンシューマ事業への積極進出をソフトや資金の面で懸命に支えるようになる。

 こうした歴史を見てみると、セガにとって合併・被買収・分割の経験は決してマイナスにはならずに、その多くを後の成長の糧にしてきたと言える。それを踏まえれば、今回予定されているパチンコ・パチスロ機器製造メーカーであるサミーとの統合も、セガの次なる飛躍の一助になると予想できる。

 統合によってパチスロ関連事業を手掛け、この分野で成功する可能性も、サミーの別な特長を取り込んで大きな成長を遂げる可能性も十分にある。いずれにしろ、セガは経営環境の変化をチャンスに変え、自らの成長に活かす体質を持っている。今回の統合がどんな形になったとしても、セガは必ずや将来の成長の糧にするだろう。

 
参考文献
(『総合アミューズメントカンパニー“セガ”』 著上田純美礼
メタ・ブレーン 1995)
(『日本のビック・ビジネス 21 任天堂・セガ』 著逸見啓・大西勝明
大月書店 1997)
(『ゲーム戦争 遊びを創造する男たち』 著大下英治 光文社文庫 1996)
(『セガvs.任天堂』 著赤木哲平 JMAM 1992)


初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2003年4月7日

2006年07月02日

「セガの未来 〜歴史は語る〜」part1(2003年3.26)

当該記事は、2003年3月26日にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「セガの未来 〜歴史は語る〜」の第一章です。

第一章:「お見合い結婚」
 
 セガの周囲が騒がしい。昨年末からセガを取り巻く環境が徐々に変わってきた。きっかけは、昨年発売したスポーツゲームが惨憺たる結果に終わったことによる。米国市場で発売したスポーツゲームはセガの予想を大きく下回る販売本数に止まり、売れることを見込んで計画していた業績予測は下方修正を余儀なくされた。さらには、年間で最も需要が集中するはずのクリスマス商戦でもソフト販売は期待したほどには好転せず、修正からわずか三ヶ月後の今年2月にも二度目の下方修正を行った。最終的に純利益は当初予測していた180億円から、5億円に激減した。マイナス幅は実に97%にも上る。

 二度目の業績修正発表と同時に、セガは大手パチンコ・パチスロ機器メーカーであるサミーとの、合併を視野に入れた経営統合を行うと発表した。今期、約600億円の経常利益を生み出すと予想されている優良企業サミーとの経営統合は、同社によるセガの救済であるという見方が強い。セガの筆頭株主であるCSKの幹部は『(サミーがセガを)吸収する』(注1)との表現を使い、救済合併であるとの声を否定しなかった。

 そもそも、今回の経営統合はセガ自身の決断ではなく、セガの筆頭株主であるCSK主導での統合だと言われている。2月17日付の日経産業新聞にはこのような記述がある。『十二日午後。CSKの青園雅紘社長はセガ幹部を東京・新宿の本社に相次ぎ呼んだ。…駆けつけたセガ幹部は、そこで初めてサミーとの合併話が進んでいる事実を知らされた。セガ関係者で知っていたのは佐藤秀樹社長ただ一人だったという』。

 この記事が事実であれば、セガは当事者でありながら実際は「蚊帳の外」に置かれていたと言える。だが、これは仕方のないことでもある。セガの再建を請け負い、2000年にセガに迎えられた香山氏は過去に『最後にモノをいうのはトラックレコード(業績)』(注2)であると、明言していた。それを考えると、業績が悪化した今の同社に意見を述べる場さえも与えられなかったのは、当然なのかもしれない。

 サミーとの経営統合により、自力再建からの軌道修正を迫られたセガだが、では同社の将来は一体どうなるのであろうか。新会社の社長にはサミーの里見社長が就任する予定でいるが、経営統合の具体的な姿はまだ見えてこない。持ち株会社による統合、もしくは合併の選択肢が考えられているが、セガの佐藤社長は『開発体制を含め、すべてはこれから』(注3)だと述べている。

 しかしながら、セガは過去に何度も他社による被買収や合併などを経験している。今度の経営統合もセガの長い歴史からを見れば、数ある被買収・合併の中のひとつであると言っても良い。それならば、セガのこれまでの合併や被買収の歴史を振り返ることで、これからセガがどのようになっていくのかが分かるのではないだろうか。

 今回は、セガの過去の歴史から、いまだ不透明な経営統合後のセガの将来を考えてみることにしたい。


(注1… 日経金融新聞 2003年2月14日 カッコ内筆者)
(注2…日本経済新聞 2002年1月17日)
(注3…日経流通新聞MJ 2003年2月20日)

初出:メールマガジン「ゲームいろいろ情報」2003年3月26日