2006年07月20日

「ゲーム機の普及台数」ファミリーコンピュータの決算期別の国内販売台数

 今回は任天堂の決算期別(1983年〜1990年まで)のファミリーコンピュータ(ファミコン)の国内販売台数を改めてまとめてみました。以前のコラム(「誰がゲーム機の寿命を決めるのか 〜五年周期説を考える〜」)にてゲーム機の普及台数に言及したことがありましたので、そこで資料として活用したものを図表と致しました。

 ハードの普及台数はよく語られる数字ですが、年間ごとの正確な台数が記載された資料は自分の知る限りあまりなく、しかも各調査機関によって様々な数字が出ることが多いです。特に発売から長い年月が経ってしまったファミコンの普及台数を知ることは中々、容易な事ではありません。

 そこで、前回の資料では無かった88年以降の普及台数をまとめるため、任天堂の決算期別ごとの販売台数を集計いたしました。今回も参考資料として新聞を中心に扱いました。新聞報道では、企業決算と共にゲーム機の普及台数に言及する事が多いためで、今回の数字はそれを多く利用したものとなっております。

 ちなみに90年3月期は7ヶ月分のみの集計となっております。これは任天堂が決算月を変更したことに因るものです。通常、企業の決算月は3月ですが、任天堂は89年までは8月末決算でした。それを任天堂は89年から90年に掛けて3月末決算へと変更した結果、90年3月期は7ヶ月のみしかありません。そのため、その年の数字が分かりにくくなっていることを予めご了承下さい。

ちなみに昭和58年7月〜8月末までの販売台数(※)は「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」と「1984年10月25日付 日経産業新聞」に掲載されていた数字から推測したものです


      
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※【昭和58年7月から8月までの販売台数に関して】
  
 この数字は二つの資料から求めた推計値です。「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」(著:滝田誠一郎 青春出版社 2000年)によると、83年9月から84年8月までに販売されたファミコンは131万台であったと記されています。一方、1984年10月25日付の日経産業新聞には「任天堂のファミリーコンピュータは五十八年七月末の発売以来、爆発的に売れ、ことし八月末までに百四十万台を出荷した」とあります。

 日経産業新聞では「出荷台数」であり、「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」では「販売台数」との記載となっているので、厳密に言えば違いがあるでしょうが、当時のファミコン人気は高く出荷台数がそのまま販売台数に繋がったとの想像に無理はないと考えられます。

 つまり「五十八年七月末の発売以来、爆発的に売れ、ことし八月末までに百四十万台を出荷した」ということは、同時期に140万台販売したと仮定できるとの前提により、ここでは両者の集計時期を考慮して互いの数字を差し引いた上で、58年7月と8月に販売した台数を記載いたしました。

もちろん、正確な数字が分かり次第、差し替えるつもりでおります。その点をご了承下さい

参考資料:「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」(著:滝田誠一郎 青春出版社 2000年)
1984年10月25日 日経産業新聞
1987年8月02日 日本経済新聞
1988年4月15日 日本経済新聞
1987年10月16日 日本経済新聞
1988年4月15日 日本経済新聞
1989年6月21日 日本経済新聞
1990年4月22日 日本経済新聞

 今後も出来るだけ、手持ちの資料を活用して色々なハードの普及台数などの数字をまとめてみたいと思います。

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2006年07月19日

「ゲーム機の普及台数」ファミリーコンピュータの年間別の国内出荷台数

 今回は1983年〜1988年までのファミリーコンピュータ(ファミコン)の国内出荷台数を改めてまとめてみました。以前のコラム(「誰がゲーム機の寿命を決めるのか 〜五年周期説を考える〜」)にてゲーム機の普及台数に言及したことがありましたので、そこで資料として活用したものを図表と致しました。

 ハードの普及台数はよく語られる数字ですが、年間ごとの正確な台数が記載された資料は自分の知る限りあまりなく、しかも各調査機関によって様々な数字が出ることが多いです。特に発売から長い年月が経ってしまったファミコンの普及台数を知ることは中々、容易な事ではありません。

 今回の資料には日経産業新聞(「1988年10月17日付」・「1984年2月1日付」)の数字を使用いたしました。ちなみに昭和58年の出荷台数(※)は「1984年2月1日 日経産業新聞」に掲載されていた全ビデオゲーム販売台数の数字とファミコンの市場シェアから推測したものです(全販売台数109.1万台の内、ファミコンの市場シェアは45.8%)。

 
      
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※「昭和58年の出荷台数について」

1984年2月1日付の日経産業新聞の紙面では、販売台数と記載されておりますが、図表では「出荷台数=販売台数」と仮定し、数字を記載しております。

 その理由として当時のファミコンの人気は高く、店頭在庫には成りにくい状況にあり、需要に生産が追いつかない状態であったため出荷された台数がそのまま販売された台数となったと考えられるからです。

 当然のことながら、販売台数以上に出荷台数が多かったのではないか、と予測することが出来ますが、今述べた理由により、仮にそうであったとしてもそれほど大きな乖離は出ないとの判断により「販売台数を出荷台数として」記載しております。

 もちろん、正確な数字が分かり次第、差し替えるつもりでおります。以下は、その当該部分を引用したものです。


 ○「1984年2月1日 日経産業新聞」

 ビデオゲームはこの年末年始商戦でがん具市場の主力商品となり販売台数は合計百九万一千台に達し、わが国で着実に普及していることがわかった。製品別では任天堂の「ファミリーコンピュータ」がシェア(市場占有率)四五・八%を占めて圧倒的に優位。


 

 今後も出来るだけ、手持ちの資料を活用して色々なハードの普及台数などの数字をまとめてみたいと思います。


※参考資料・・・ 「 1988年10月17日 日経産業新聞 」「 1984年2月1日 日経産業新聞」

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