ハードの普及台数はよく語られる数字ですが、年間ごとの正確な台数が記載された資料は自分の知る限りあまりなく、しかも各調査機関によって様々な数字が出ることが多いです。特に発売から長い年月が経ってしまったファミコンの普及台数を知ることは中々、容易な事ではありません。
そこで、前回の資料では無かった88年以降の普及台数をまとめるため、任天堂の決算期別ごとの販売台数を集計いたしました。今回も参考資料として新聞を中心に扱いました。新聞報道では、企業決算と共にゲーム機の普及台数に言及する事が多いためで、今回の数字はそれを多く利用したものとなっております。
ちなみに90年3月期は7ヶ月分のみの集計となっております。これは任天堂が決算月を変更したことに因るものです。通常、企業の決算月は3月ですが、任天堂は89年までは8月末決算でした。それを任天堂は89年から90年に掛けて3月末決算へと変更した結果、90年3月期は7ヶ月のみしかありません。そのため、その年の数字が分かりにくくなっていることを予めご了承下さい。
ちなみに昭和58年7月〜8月末までの販売台数(※)は「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」と「1984年10月25日付 日経産業新聞」に掲載されていた数字から推測したものです
↓詳細はこちらのグラフをクリックしてください。
※【昭和58年7月から8月までの販売台数に関して】
この数字は二つの資料から求めた推計値です。「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」(著:滝田誠一郎 青春出版社 2000年)によると、83年9月から84年8月までに販売されたファミコンは131万台であったと記されています。一方、1984年10月25日付の日経産業新聞には「任天堂のファミリーコンピュータは五十八年七月末の発売以来、爆発的に売れ、ことし八月末までに百四十万台を出荷した」とあります。
日経産業新聞では「出荷台数」であり、「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」では「販売台数」との記載となっているので、厳密に言えば違いがあるでしょうが、当時のファミコン人気は高く出荷台数がそのまま販売台数に繋がったとの想像に無理はないと考えられます。
つまり「五十八年七月末の発売以来、爆発的に売れ、ことし八月末までに百四十万台を出荷した」ということは、同時期に140万台販売したと仮定できるとの前提により、ここでは両者の集計時期を考慮して互いの数字を差し引いた上で、58年7月と8月に販売した台数を記載いたしました。
もちろん、正確な数字が分かり次第、差し替えるつもりでおります。その点をご了承下さい
参考資料:「ゲーム大国ニッポン 神々の攻防」(著:滝田誠一郎 青春出版社 2000年)
1984年10月25日 日経産業新聞
1987年8月02日 日本経済新聞
1988年4月15日 日本経済新聞
1987年10月16日 日本経済新聞
1988年4月15日 日本経済新聞
1989年6月21日 日本経済新聞
1990年4月22日 日本経済新聞
今後も出来るだけ、手持ちの資料を活用して色々なハードの普及台数などの数字をまとめてみたいと思います。
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