当該記事は、2002年5月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「「ようこそ、ゲーム業界へ 〜新規参入必要論〜」の第二章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第四章:「ニューフェイス歓迎」
力のある新顔がもたらすものは、過当競争ではなく業界の発展である。ゲームフリークや任天堂やSCEの例を見れば、そう言うことができる。仮にそうだと結論付ければ、新顔はゲーム業界にとって常に必要な存在なのだと考えられる。
新規参入者がゲーム市場を成長・拡大させるために貢献できる存在であれば、彼らには絶えずゲーム業界に入って来てもらえるようにしなければならないだろう。
だが、将来に渡ってもそう都合良くゲーム市場を拡大させてくれる新参者が現れ続ける保証は無い。いつか途絶えてしまう可能性や、過当競争を仕掛けるだけの新顔が増える確率は十分にあるのだ。もし、そうなれば今後のゲーム業界はこれまでのような成長は見こめないかもしれない。
新規参入者が、ゲーム市場を活性化させる存在であるのなら、これを継続的に確保する必要があるはずだ。いま業界では個別企業によるソフト開発支援システムがいくつか、設立されている。しかしこれは、自社のハードを伸ばすために各ハードメーカーが作ったものである。新規参入者がもたらすメリットを認識している一例であるとも言えるが、業界全体の発展をめざしたものではない。
もちろんこうしたシステムは無いよりはましだが、その継続性には疑問がある。個別の企業だけに頼ると、いつそのシステムが当該企業の都合により無くなるかもしれないからだ。業界全体の問題であるはずなのだから、特定の企業のシステムに依存するのはあまり好ましいものではない。
もうひとつ不十分な点を指摘すれば、その支援システムが“ソフトの開発支援しかしない”ことも問題だ。業界の未来を思うのであれば、ソフトの開発支援だけではなく、新規に参入するソフトメーカー自体を育成することも考えるべきではないだろうか。
ソフト開発支援だけでなく、ソフトメーカーを育成するようなシステムを作れば、それだけ多くの新規参入者を継続的に増やすことができるからだ。ソフト開発支援システムをさらに成長させ、もっと厚い支援をすることが必要になるだろう。
だが、本来はそうしたソフトメーカー育成システムは業界全体で作り上げなければならないものだ。個別の企業に頼るのではなく、全体の問題として捉えなければ、今後も“偶然”に参入してくる有能な新顔に活性化を頼るしかない。
業界全体に余裕のある、今のうちに取り組んでおかなければ、窮地に立った時に困るのは自分たちなのだということを、すべての企業が肝に命じておくべきだろう。
2006年11月03日
2006年11月02日
「ようこそ、ゲーム業界へ 〜新規参入必要論〜」Part3(2002年5月)
当該記事は、2002年5月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「「ようこそ、ゲーム業界へ 〜新規参入必要論〜」の第二章です。
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第三章:「“恩恵” ハード編」
ここでは、どのように新規参入者がハードの世界で利益をもたらしたのかを考えてみたい。 ハードの世界では、任天堂の「ファミリーコンピューター」 (FC)シリーズ、ソニーの子会社SCEの「プレイステーション」(PS)シリーズがこれまで覇権を握ってきた。ただ、この二社はどちらも後発組、つまり新規参入者である。
任天堂のFCは、1983年に発売されその後大ヒットを記録することになるが、FCが発売される2年も前に、すでに家庭用ゲーム機は複数の会社から発売されていた。任天堂の大成功の影に隠れてしまったが、バンダイやトミー、エポックなどの玩具メーカーを中心にした10社前後の企業がすでにゲーム市場に参入していたのである。
任天堂はそれらの企業から2年遅れでゲーム市場に参入したが、圧倒的なソフト開発力と後に「任天堂商法」とまで言われた独自の手法を武器に、激戦を勝ち抜きFCを大量に普及させたのだ。FCの大量普及は、ゲーム市場を急成長させる原動力になり、業界発展に大いに貢献した。
その任天堂から、覇権を奪ったSCEもまた後発組のひとつでしかなかった。SCEは任天堂商法が抱えていた問題点を突き、より良いシステムをゲーム業界に持ちこむことで、各ソフトメーカーからの支持を受け、任天堂から覇権を奪った。
PSの相手には、任天堂やセガ、NECや松下などの強豪がいたにも関わらず、SCEが勝てたのは、PS用ソフト開発をさまざまな面からバックアップをしたり、ソフトの販売価格を下げながらもソフトメーカーの利益率は逆に高めるなどのソフトメーカーが利するシステムを提供したからであろう。
PS時代の到来によって、ゲーム市場はさらに拡大した。「2000 テレビゲーム流通白書」(メディアクリエイト 2000 P35)によると、PSが参入する一年前のゲーム市場の規模は4000億円台だったのに対し、PS参入後二年あまりたった96年の市場規模は6000億円を軽く超えているのだ。この急拡大のすべてがPSの参入のお陰だとは言いきれないが、PSがゲーム市場を活性化させたのは間違いの無い事実だろう。
このようにソフトやハードの分野に限らず、新規参入組の中には新しい発想を持って、ゲーム市場に飛び込み、結果として業界の発展に寄与した者は数多くいるのだ。もちろん、新規参入者のすべてがゲーム業界の発展の役に立っている訳ではない。だが、全体として新規参入組は優れた功績を残してきている。それは、過去を振り返れば分かることだ。
彼らはすでにあった業界の利益を分捕るのではなく、市場を広げた上で、利益を挙げた。この新規参入組全体がもたらした功績があったからこそ、ゲーム業界は新規参入が多くとも過当競争には陥らずに、今日まで成長路線を歩み続けてこられたのだろう。
そうなると、ゲーム業界は新規参入者をどう扱うべきなのか。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
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第三章:「“恩恵” ハード編」
ここでは、どのように新規参入者がハードの世界で利益をもたらしたのかを考えてみたい。 ハードの世界では、任天堂の「ファミリーコンピューター」 (FC)シリーズ、ソニーの子会社SCEの「プレイステーション」(PS)シリーズがこれまで覇権を握ってきた。ただ、この二社はどちらも後発組、つまり新規参入者である。
任天堂のFCは、1983年に発売されその後大ヒットを記録することになるが、FCが発売される2年も前に、すでに家庭用ゲーム機は複数の会社から発売されていた。任天堂の大成功の影に隠れてしまったが、バンダイやトミー、エポックなどの玩具メーカーを中心にした10社前後の企業がすでにゲーム市場に参入していたのである。
任天堂はそれらの企業から2年遅れでゲーム市場に参入したが、圧倒的なソフト開発力と後に「任天堂商法」とまで言われた独自の手法を武器に、激戦を勝ち抜きFCを大量に普及させたのだ。FCの大量普及は、ゲーム市場を急成長させる原動力になり、業界発展に大いに貢献した。
その任天堂から、覇権を奪ったSCEもまた後発組のひとつでしかなかった。SCEは任天堂商法が抱えていた問題点を突き、より良いシステムをゲーム業界に持ちこむことで、各ソフトメーカーからの支持を受け、任天堂から覇権を奪った。
PSの相手には、任天堂やセガ、NECや松下などの強豪がいたにも関わらず、SCEが勝てたのは、PS用ソフト開発をさまざまな面からバックアップをしたり、ソフトの販売価格を下げながらもソフトメーカーの利益率は逆に高めるなどのソフトメーカーが利するシステムを提供したからであろう。
PS時代の到来によって、ゲーム市場はさらに拡大した。「2000 テレビゲーム流通白書」(メディアクリエイト 2000 P35)によると、PSが参入する一年前のゲーム市場の規模は4000億円台だったのに対し、PS参入後二年あまりたった96年の市場規模は6000億円を軽く超えているのだ。この急拡大のすべてがPSの参入のお陰だとは言いきれないが、PSがゲーム市場を活性化させたのは間違いの無い事実だろう。
このようにソフトやハードの分野に限らず、新規参入組の中には新しい発想を持って、ゲーム市場に飛び込み、結果として業界の発展に寄与した者は数多くいるのだ。もちろん、新規参入者のすべてがゲーム業界の発展の役に立っている訳ではない。だが、全体として新規参入組は優れた功績を残してきている。それは、過去を振り返れば分かることだ。
彼らはすでにあった業界の利益を分捕るのではなく、市場を広げた上で、利益を挙げた。この新規参入組全体がもたらした功績があったからこそ、ゲーム業界は新規参入が多くとも過当競争には陥らずに、今日まで成長路線を歩み続けてこられたのだろう。
そうなると、ゲーム業界は新規参入者をどう扱うべきなのか。
2006年10月30日
「ようこそ、ゲーム業界へ 〜新規参入必要論〜」Part2(2002年5月)
当該記事は、2002年5月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「「ようこそ、ゲーム業界へ 〜新規参入必要論〜」の第二章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
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第二章:「“恩恵” ソフト編」
ゲーム業界にうまみを求めて、新たに参入した企業が、ゲーム業界自体に与えたものは何か。もしかすると、彼らはゲーム業界にはマイナスの影響しか与えてこなかったのだろうか。
仮に、そうだとするとゲーム市場は常に流入してくる新参者によって食い荒らされ、「限られたパイの奪い合い」という過当競争が引き起こされていた可能性がある。『撤退する会社以上に、新規参入する会社はまだまだ多いくらいです』(P210 「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一 メディアファクトリー 1996)という傾向はなかなか変わるものではない。MSやディズニーの動きを見ると、そう考えるのが妥当に思える。
もし、新規参入が継続する状況が悪い方向に流れていれば、すべてのソフトメーカーが熾烈な競争に巻き込まれ、業界内が“勝者なき争い”の場になっても不思議ではなかっただろう。しかし、ゲーム市場の現状を見ると喜ぶべきことに、新規参入者との不毛な過当競争は起きていない。
確かに、新規参入者の増加による競争激化が無かったわけではない。有名なソフトメーカーも90年代に数社、破綻の憂き目にあっている。だがそれでも、全メーカーを疲弊させるような深刻な事態にまでには至っていない。
ここ数年こそ、伸び悩みの傾向があるがゲーム市場はこれまで、右肩上がりの上昇トレンドを描いてきたのだ。つまり、新規参入者が新たに入ってきても市場全体は伸びつづけていたのである。彼らは自分達が参入することで“限られたパイの奪い合い” のような過酷な競争を持ち込まなかったのだ。
では、新規参入者は業界には何をもたらしのだろう。マイナスでは無いとすれば、プラスであろうか。過去を振り返ってみると、どうやら彼らは業界に利益をもたらしていたようだ。
彼らは業界にマイナスの面よりも、プラスの効果をより多くもたらしたと考えられる例が過去にある。そのひとつが「ポケットモンスター」(ポケモン)を作りだした「ゲームフリーク」だろう。このソフトメーカーは89年にゲーム市場に参入し、のちに世界的ヒットになるポケモンの開発の中心を務めたソフトメーカーである。
ゲームフリークが中心となって作り上げたポケモンが発売されると、その優れたゲーム性が徐々に人気を集め、脅威的な販売本数を記録するようになった。全世界での総販売本数は6000万本以上というから、その人気振りが伺える。このポケモンの大ヒットにより、ゲーム市場は大いに潤った。
具体的には、ゲームボーイ(GB)の復活が挙げられる。発売から約7年が経ち、すでに役目が終わったと思われていたGBが、ポケモンの登場によって再び脚光を浴びるようになったのだ。ハードの出荷台数もソフトの販売本数もポケモンに引っ張られる形で、再び加速をするようになった。
GB市場の復活を受けて、他のソフトメーカーも大いにその恩恵に浴することとなる。ポケモンをヒントにしたゲームが数多く作られ、その中でヒットするソフトが多数出たのはポケモンのお陰だと言って過言ではないだろう。しかも、GB市場の復活によって発売タイトルを増やすことができ、収益拡大の機会を得たのだから、他のソフトメーカーにはありがたいことだったのだ。
このように、市場の成長と業界の発展に貢献できる新規参入組はきちんといるのだ。もし、ゲームフリークがポケモンを作っていなかったら、GB市場の新たな発展は望めなかったはずである。新規参入者は、明らかにプラスの効果をもたらしたのだ。(つづく)
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第二章:「“恩恵” ソフト編」
ゲーム業界にうまみを求めて、新たに参入した企業が、ゲーム業界自体に与えたものは何か。もしかすると、彼らはゲーム業界にはマイナスの影響しか与えてこなかったのだろうか。
仮に、そうだとするとゲーム市場は常に流入してくる新参者によって食い荒らされ、「限られたパイの奪い合い」という過当競争が引き起こされていた可能性がある。『撤退する会社以上に、新規参入する会社はまだまだ多いくらいです』(P210 「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一 メディアファクトリー 1996)という傾向はなかなか変わるものではない。MSやディズニーの動きを見ると、そう考えるのが妥当に思える。
もし、新規参入が継続する状況が悪い方向に流れていれば、すべてのソフトメーカーが熾烈な競争に巻き込まれ、業界内が“勝者なき争い”の場になっても不思議ではなかっただろう。しかし、ゲーム市場の現状を見ると喜ぶべきことに、新規参入者との不毛な過当競争は起きていない。
確かに、新規参入者の増加による競争激化が無かったわけではない。有名なソフトメーカーも90年代に数社、破綻の憂き目にあっている。だがそれでも、全メーカーを疲弊させるような深刻な事態にまでには至っていない。
ここ数年こそ、伸び悩みの傾向があるがゲーム市場はこれまで、右肩上がりの上昇トレンドを描いてきたのだ。つまり、新規参入者が新たに入ってきても市場全体は伸びつづけていたのである。彼らは自分達が参入することで“限られたパイの奪い合い” のような過酷な競争を持ち込まなかったのだ。
では、新規参入者は業界には何をもたらしのだろう。マイナスでは無いとすれば、プラスであろうか。過去を振り返ってみると、どうやら彼らは業界に利益をもたらしていたようだ。
彼らは業界にマイナスの面よりも、プラスの効果をより多くもたらしたと考えられる例が過去にある。そのひとつが「ポケットモンスター」(ポケモン)を作りだした「ゲームフリーク」だろう。このソフトメーカーは89年にゲーム市場に参入し、のちに世界的ヒットになるポケモンの開発の中心を務めたソフトメーカーである。
ゲームフリークが中心となって作り上げたポケモンが発売されると、その優れたゲーム性が徐々に人気を集め、脅威的な販売本数を記録するようになった。全世界での総販売本数は6000万本以上というから、その人気振りが伺える。このポケモンの大ヒットにより、ゲーム市場は大いに潤った。
具体的には、ゲームボーイ(GB)の復活が挙げられる。発売から約7年が経ち、すでに役目が終わったと思われていたGBが、ポケモンの登場によって再び脚光を浴びるようになったのだ。ハードの出荷台数もソフトの販売本数もポケモンに引っ張られる形で、再び加速をするようになった。
GB市場の復活を受けて、他のソフトメーカーも大いにその恩恵に浴することとなる。ポケモンをヒントにしたゲームが数多く作られ、その中でヒットするソフトが多数出たのはポケモンのお陰だと言って過言ではないだろう。しかも、GB市場の復活によって発売タイトルを増やすことができ、収益拡大の機会を得たのだから、他のソフトメーカーにはありがたいことだったのだ。
このように、市場の成長と業界の発展に貢献できる新規参入組はきちんといるのだ。もし、ゲームフリークがポケモンを作っていなかったら、GB市場の新たな発展は望めなかったはずである。新規参入者は、明らかにプラスの効果をもたらしたのだ。(つづく)
2006年10月29日
「ようこそ、ゲーム業界へ 〜新規参入必要論〜」Part1(2002年5月)
当該記事は、2002年5月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「「ようこそ、ゲーム業界へ 〜新規参入必要論〜」の第一章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第一章:「海外参入組」
スクウェアとディズニー・インタラクティブが共同で開発したゲーム「キングダムハーツ」の売上が好調であるという。三月末の発売以来、目標にしていた販売本数50万本を大きく上回るセールスを記録、現在では計画値の一・五倍の75万本にまで達している。世界的な知名度を誇るディズニーキャラクターを登場させ、人気歌手宇多田ヒカルにゲームの主題歌を歌わせたことなどが成功した要因となった。スクウェアは、キングダムハーツの売上が大きく計画を上回ったことを受けて、2002年3月期の業績を上方修正をした。同社にとって嬉しい誤算だったようだ。
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2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第一章:「海外参入組」
スクウェアとディズニー・インタラクティブが共同で開発したゲーム「キングダムハーツ」の売上が好調であるという。三月末の発売以来、目標にしていた販売本数50万本を大きく上回るセールスを記録、現在では計画値の一・五倍の75万本にまで達している。世界的な知名度を誇るディズニーキャラクターを登場させ、人気歌手宇多田ヒカルにゲームの主題歌を歌わせたことなどが成功した要因となった。スクウェアは、キングダムハーツの売上が大きく計画を上回ったことを受けて、2002年3月期の業績を上方修正をした。同社にとって嬉しい誤算だったようだ。
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