当該記事は、2002年2月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ソフトメーカーのサバイバル術 〜規模か戦略か〜」の第四章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第四章:「甘い誘惑」
開発費の高騰が続き、規模の小さい所はこれからさらに厳しい状況に追いこまれるとの一般的な見方に対し、厳しくなるのは中小規模のメーカーではなく、得意な分野に特化しない戦略を取ったメーカーだと主張する宮路氏。
確かに、総合型のスクウェアが経営危機を迎え、反対に特化型のコナミが大成功を納めているのだから、その主張には説得力がある。これからゲーム業界で生き残っていくためには特化型を志向するのは一つの良い方法なのだろう。
だが、その一方で『企業は、つい総合メーカーになりたがる』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト キーマン・インタビュー「ゲームアーツ社長宮路洋一さん」 2002年)現実がある。これはなぜなのか。理由としては「売上の確保」がある。
売上を確保するためには二つの方法がある。ひとつは、大ヒットゲームを出すこと。もうひとつはそこそこ売れるゲームソフトを数多く出すこと、である。前者と後者、どちらが楽で、どちらが困難かと言えば、前者が困難で後者が楽だ。
例えば、ソフト100万本分の売上を達成しようと思えば、100万本売れるソフトを“一本”だけ作れば良いのだが、それは口で言うほど簡単ではない。しかし、1万本売れるソフトを100本作ろうと思えば、100万本という目標は比較的楽に達成できる。ある一定の売上を確保するためには、ミリオンセラーのソフトを作るより、はるかに現実味のある選択なのだ。
だが、そうなると、ソフトメーカーは自然と自分達の得意とするジャンル以外のソフトも開発するようになる。いつしか、そのソフトメーカーは総合型メーカーに変わっていくことになるのだ。
一定の売上を確保する安易な方法として総合型になる道があるが、この選択肢はソフトメーカーとしては“甘い誘惑”とも言えるだろう。企業として、ソフトメーカーとして、その誘惑に勝てるかどうかが、ゲーム業界で生き残るうえで大事な事なのだ。宮路氏は今回の発言を通して、こう言いたかったのではないだろうか。
競争が激化するゲーム業界で踏み止まっていくためには、甘い誘惑を断ち、目先の売上確保に奔走するのではなく、自分達が最も得意とするジャンルのゲームソフトを出す。これが、今あらゆるソフトメーカーに求められているものなのだろう。
有名な言葉に「間口を狭くしなさい、奥行きを広くしなさい」というものがあるが、宮路氏の主張を端的にまとめるとこの一文に辿りつく。この言葉が、ソフトメーカーの標語として使われる日がやって来るのはそう遠くないかもしれない。(おわり)
2007年06月03日
2007年06月02日
過去のコラム編集:2002年2月「ソフトメーカーのサバイバル術 〜規模か戦略か〜」Part3
当該記事は、2002年2月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ソフトメーカーのサバイバル術 〜規模か戦略か〜」の第三章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第三章:「特化型の成功」
『特化したものを持つことが大切です』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト キーマン・インタビュー 「ゲームアーツ社長宮路洋一さん」 2002年)と語るゲームアーツの宮路氏は、特化型の代表としてコナミを挙げる。『コナミのように開発部門を完全に切り離し、本体は管理部門に徹するというやり方がモデルケースになると思います』(同)。総合型を「厳しい」と判断した代わりに、コナミのような企業が良いと宮路氏は考えている。
コナミは一見すると、スクウェアと同じ総合型を目指しているように見える。先日、コナミは中堅のソフトメーカーである「元気」に対し出資をし、自社の関連会社としたが、これもそのように思われても仕方が無い出来事だ。
元気はカーレースゲームなどを手掛けているソフトメーカーで、この提携により世間的には『カーレースゲームや剣術ゲームなどコナミが手薄だったゲームジャンルの補強につながる』(2002年1月31日日経金融新聞)と見られている。コナミは他にも、携帯電話向けのゲームに強いハドソンや、低価格ゲームを得意とするサクセスにも資本参加をしている。表面上は、コナミはあらゆるゲームジャンルを手にし、総合型になろうと動いている、と言えるのだが、実はコナミは総合型メーカーではないのだ。
コナミがいわゆる「総合型」と違う所は、自社内で開発部門を持っていないことである。コナミは開発部門を分離・独立させたり、余所から持って来たりすることで、数多くの開発子会社・関連会社を抱えている。コナミ大阪やコナミジャパン、ハドソンや元気などが良い例だ。
つまり、コナミグループとしては形として総合型にはなっているが、そのグループを構成する一社一社はそれぞれ特化型メーカーなのだ。たとえば、コナミ大阪は「実況パワフルプロ野球」シリーズを抱え、スポーツゲームに強く、コナミジャパンは「メタルギアソリッド」シリーズを持ち、アクションゲームに強い。
ハドソンは携帯電話向けのゲームに強みがあり、元気はカーレースゲームが得意だ。こうしてみると、各社規模は小さくとも自らの得意分野に特化した特化型の企業であることがわかるだろう。コナミの本質は、実は特化型企業なのである。
では、なぜコナミは特化型企業をめざしたのか。それは『クリエーターを得意分野に専門特化させ、スキルアップを狙った』(P62 「プレステ2 ネット戦争」 著田中秀雄 JMAM 2000)からであり、それによってソフト開発力を一層強化しようと考えたからである。
コナミの試みは結果を見れば成功と言う他ない。コナミの業績は特化型を志向し、分社化を進めた1995年から飛躍的に伸び、2001年3月期には過去最高となる約200億円の利益を記録したのだ。これは、規模の大小がもたらしたものではなく、特化型を選んだ末の好成績だと言える。
規模ではなく、特化する事が大切であると説く宮路氏の主張は、コナミの成功が説得力を持たせている。(つづく)
→第四章「甘い誘惑」へ続く
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第三章:「特化型の成功」
『特化したものを持つことが大切です』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト キーマン・インタビュー 「ゲームアーツ社長宮路洋一さん」 2002年)と語るゲームアーツの宮路氏は、特化型の代表としてコナミを挙げる。『コナミのように開発部門を完全に切り離し、本体は管理部門に徹するというやり方がモデルケースになると思います』(同)。総合型を「厳しい」と判断した代わりに、コナミのような企業が良いと宮路氏は考えている。
コナミは一見すると、スクウェアと同じ総合型を目指しているように見える。先日、コナミは中堅のソフトメーカーである「元気」に対し出資をし、自社の関連会社としたが、これもそのように思われても仕方が無い出来事だ。
元気はカーレースゲームなどを手掛けているソフトメーカーで、この提携により世間的には『カーレースゲームや剣術ゲームなどコナミが手薄だったゲームジャンルの補強につながる』(2002年1月31日日経金融新聞)と見られている。コナミは他にも、携帯電話向けのゲームに強いハドソンや、低価格ゲームを得意とするサクセスにも資本参加をしている。表面上は、コナミはあらゆるゲームジャンルを手にし、総合型になろうと動いている、と言えるのだが、実はコナミは総合型メーカーではないのだ。
コナミがいわゆる「総合型」と違う所は、自社内で開発部門を持っていないことである。コナミは開発部門を分離・独立させたり、余所から持って来たりすることで、数多くの開発子会社・関連会社を抱えている。コナミ大阪やコナミジャパン、ハドソンや元気などが良い例だ。
つまり、コナミグループとしては形として総合型にはなっているが、そのグループを構成する一社一社はそれぞれ特化型メーカーなのだ。たとえば、コナミ大阪は「実況パワフルプロ野球」シリーズを抱え、スポーツゲームに強く、コナミジャパンは「メタルギアソリッド」シリーズを持ち、アクションゲームに強い。
ハドソンは携帯電話向けのゲームに強みがあり、元気はカーレースゲームが得意だ。こうしてみると、各社規模は小さくとも自らの得意分野に特化した特化型の企業であることがわかるだろう。コナミの本質は、実は特化型企業なのである。
では、なぜコナミは特化型企業をめざしたのか。それは『クリエーターを得意分野に専門特化させ、スキルアップを狙った』(P62 「プレステ2 ネット戦争」 著田中秀雄 JMAM 2000)からであり、それによってソフト開発力を一層強化しようと考えたからである。
コナミの試みは結果を見れば成功と言う他ない。コナミの業績は特化型を志向し、分社化を進めた1995年から飛躍的に伸び、2001年3月期には過去最高となる約200億円の利益を記録したのだ。これは、規模の大小がもたらしたものではなく、特化型を選んだ末の好成績だと言える。
規模ではなく、特化する事が大切であると説く宮路氏の主張は、コナミの成功が説得力を持たせている。(つづく)
→第四章「甘い誘惑」へ続く
2007年06月01日
過去のコラム編集:2002年2月「ソフトメーカーのサバイバル術 〜規模か戦略か〜」Part2
当該記事は、2002年2月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ソフトメーカーのサバイバル術 〜規模か戦略か〜」の第一章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第二章:「総合型の失敗」
ゲームアーツの宮路氏が総合型が厳しいと判断している背景には、スクウェアの失敗があるからではないだろうか。
スクウェアは以前から巨額の開発費を投入する企業として有名であったが、そう言われるようになったのは、実は意外にも最近のことである。スクウェアの開発費が膨張を始めるきっかけはPS陣営への移籍と販売関連会社デジキューブの設立である。特にデジキューブの誕生は、スクウェアにとって大きな意味を持つ。それは、スクウェアの方向性を総合型に傾かせる出来事だったからだ。
デジキューブは主にゲームや音楽ソフトのコンビニエンスストア販売を行なっている企業である。ゲームソフトの販売場所はコンビニではあるが、ゲームをユーザーに直接販売する会社である以上、デジキューブは “ゲームソフト小売店”と呼ぶべきだろう。
ただ、そうなるとデジキューブが販売するゲームソフトの種類は、多種多様なジャンルが必要になってくる。販売するゲームソフトが、ある特定のジャンルのソフトのみに偏ると、ユーザーに「品揃えが悪い店」と言われかねないためだ。
それに、売り場の維持という観点からも幅広いジャンルのソフトは必須なのである。生まれて間も無い関連会社のデジキューブを何とか成功させたいと考えていたスクウェアは、デジキューブのために協力を惜しまなかった。積極的に幅広いゲームソフトを開発し、デジキューブに供給するようになっていったのである。
スクウェアはデジキューブの為に総合型を志向したが、反面開発費は膨張を始めるようになる。デジキューブのために幅広いゲームソフトを出すようになるのだから、開発するゲームはもちろん、それに携わる人間の数も増えるのは当然の結果である。
しかも、その流れの中で開発部門が、鈴木スクウェア会長いわく『聖域化』(2001年10月19日日経産業新聞)したことも開発費膨張に拍車を掛けた。デジキューブ設立を契機にした開発費の膨張は、徐々にスクウェアの経営を圧迫するようになっていく。
そもそも、売上高に占める研究開発費の比率が30〜40%、果ては50%までをも簡単に超えてしまう異常な構造が、長く続くわけがないのだ。2001年9 月期の中間決算に出した133億円の赤字がそれを物語る。
昨年、ソニー・コンピュータエンタテインメントからの出資を受けなければならなくなった最大の理由はこれにある。一般的に映画「ファイナルファンタジー」の失敗がスクウェアの屋台骨をぐらつかせた原因と思われがちであるが、それはただのきっかけにしかすぎない。だからこそ、スクウェアは経営再建策として、映画事業の放棄だけではなく、開発費膨張の原因であるデジキューブを自社の関連会社から外し、開発費の抑制に取り組んでいるのである。
スクウェアの失敗から言える事は、総合型を目指したが故に開発費が青天井で高騰する原因を作ってしまったことだろう。宮路氏が総合型は大手でも厳しいと判断した背景には、スクウェアの事例が頭にあったからではないか。
総合型を目指せば、それだけ余計に開発費がかさんでしまい、避けられるリスクをまともに被ってしまうのだ。こうしたリスクには企業の規模は関係無い。どんな企業でも自社の規模に見合わないほどの開発費を投入して行けば、何処かで歯車が狂ったとき必ず経営危機を迎えてしまうからだ。大手でも会社は簡単に傾く。スクウェアが身を以って示している。
スクウェアがもたらした教訓が、宮路氏の言葉になって現れた。そう考えても良いのかもしれない。(つづく)
→第三章:「特化型の成功」へ続く
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第二章:「総合型の失敗」
ゲームアーツの宮路氏が総合型が厳しいと判断している背景には、スクウェアの失敗があるからではないだろうか。
スクウェアは以前から巨額の開発費を投入する企業として有名であったが、そう言われるようになったのは、実は意外にも最近のことである。スクウェアの開発費が膨張を始めるきっかけはPS陣営への移籍と販売関連会社デジキューブの設立である。特にデジキューブの誕生は、スクウェアにとって大きな意味を持つ。それは、スクウェアの方向性を総合型に傾かせる出来事だったからだ。
デジキューブは主にゲームや音楽ソフトのコンビニエンスストア販売を行なっている企業である。ゲームソフトの販売場所はコンビニではあるが、ゲームをユーザーに直接販売する会社である以上、デジキューブは “ゲームソフト小売店”と呼ぶべきだろう。
ただ、そうなるとデジキューブが販売するゲームソフトの種類は、多種多様なジャンルが必要になってくる。販売するゲームソフトが、ある特定のジャンルのソフトのみに偏ると、ユーザーに「品揃えが悪い店」と言われかねないためだ。
それに、売り場の維持という観点からも幅広いジャンルのソフトは必須なのである。生まれて間も無い関連会社のデジキューブを何とか成功させたいと考えていたスクウェアは、デジキューブのために協力を惜しまなかった。積極的に幅広いゲームソフトを開発し、デジキューブに供給するようになっていったのである。
スクウェアはデジキューブの為に総合型を志向したが、反面開発費は膨張を始めるようになる。デジキューブのために幅広いゲームソフトを出すようになるのだから、開発するゲームはもちろん、それに携わる人間の数も増えるのは当然の結果である。
しかも、その流れの中で開発部門が、鈴木スクウェア会長いわく『聖域化』(2001年10月19日日経産業新聞)したことも開発費膨張に拍車を掛けた。デジキューブ設立を契機にした開発費の膨張は、徐々にスクウェアの経営を圧迫するようになっていく。
そもそも、売上高に占める研究開発費の比率が30〜40%、果ては50%までをも簡単に超えてしまう異常な構造が、長く続くわけがないのだ。2001年9 月期の中間決算に出した133億円の赤字がそれを物語る。
昨年、ソニー・コンピュータエンタテインメントからの出資を受けなければならなくなった最大の理由はこれにある。一般的に映画「ファイナルファンタジー」の失敗がスクウェアの屋台骨をぐらつかせた原因と思われがちであるが、それはただのきっかけにしかすぎない。だからこそ、スクウェアは経営再建策として、映画事業の放棄だけではなく、開発費膨張の原因であるデジキューブを自社の関連会社から外し、開発費の抑制に取り組んでいるのである。
スクウェアの失敗から言える事は、総合型を目指したが故に開発費が青天井で高騰する原因を作ってしまったことだろう。宮路氏が総合型は大手でも厳しいと判断した背景には、スクウェアの事例が頭にあったからではないか。
総合型を目指せば、それだけ余計に開発費がかさんでしまい、避けられるリスクをまともに被ってしまうのだ。こうしたリスクには企業の規模は関係無い。どんな企業でも自社の規模に見合わないほどの開発費を投入して行けば、何処かで歯車が狂ったとき必ず経営危機を迎えてしまうからだ。大手でも会社は簡単に傾く。スクウェアが身を以って示している。
スクウェアがもたらした教訓が、宮路氏の言葉になって現れた。そう考えても良いのかもしれない。(つづく)
→第三章:「特化型の成功」へ続く
2007年05月27日
過去のコラム編集:2002年2月「ソフトメーカーのサバイバル術 〜規模か戦略か〜」Part2
当該記事は、2002年2月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ソフトメーカーのサバイバル術 〜規模か戦略か〜」の第一章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第一章:「総合型は難しい」
「近年、ゲームの開発にかかる費用が以前と比べて高騰しつつある」。プレイステーション2(PS2)発売前後から、こう指摘されることが多くなったゲーム業界。PS2の高性能化が招いた弊害でもあるが、開発費の高騰はソフトメーカーにとっては頭の痛い問題である。
開発費の大部分は人件費が占めると言われ、「開発費=人件費」であると称してもおかしくはない。開発費が高騰したということはゲームを制作する過程において、それだけ多くの人間が必要になった証拠でもある。その中でも開発者をより多く動員しなければならないものが「グラフィック制作作業」であろう。
ハードがプレイステーション(PS)からPS2へ変わり、最も目に見えて進化した性能の一つに描写性能がある。ハードの進化によってグラフィックが一層きれいに美しくなったのだが、その反面ゲーム制作の手間が増えるようになり、開発費が高騰する一因にもなっているのは事実である。つまり、昨今指摘されている開発費の高騰の原因の一つとしてグラフィックの進化が挙げられるのである。
グラフィックの進化が、必要以上に演出過多のゲームを多く生み出し、それが開発費の高騰を引き起こしていると考えている人物がいる。ゲームアーツ社長宮路洋一氏だ。宮路氏は開発費が増大する現状をこのように分析する。『(開発費が高騰した)最大の理由は、グラフィックに凝ったこと。グラフィックは、ハリウッド映画を見ればわかるように、お金を掛ければいいものが作れます。だから、演出に凝るゲームは、開発費が高騰して当然なのです』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエストキーマン・インタビュー 「ゲームアーツ社長宮路洋一さん」 2002年 カッコ内筆者)。
グラフィックの進化により、ゲーム開発費が高騰する結果になったが、これは中小規模のソフトメーカーにとっては大きな問題であろう。大手と違い資金的にそれほど余裕がないからだ。それゆえ、ゲーム業界内での企業の淘汰・再編が進むと予想する声が強い。
だが、宮路氏は『規模は関係ありません』(同)と断言する。規模よりも大切なものが「特化」であり、それがなければ大手のソフトメーカーでも厳しいと主張する。『プロレスゲームならばどこにも負けない、というように特化したものを持つことが大切です。大手でも開発を持つ総合型では困るでしょう。…企業は、つい総合メーカーになりたがるが、これからは厳しいでしょうね』(同)。
宮路氏の主張は、一般的に言われている事とは少し違う。規模が小さい所は厳しく、淘汰・再編の対象になる所が多く出るという予測を否定し、規模の大小では無く、特化を目指さない総合型メーカーが厳しい目に遭う、と発言する宮路氏の言葉は面白い。
では、どうして彼は企業規模を問題視せず「特化型・総合型」に注目したのだろうか。特化型が良く、総合型が厳しいと判断したのはなぜなのか。今回はそこに焦点を当ててみたい。(つづく)
→第二章:「総合型の失敗」へ続く
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第一章:「総合型は難しい」
「近年、ゲームの開発にかかる費用が以前と比べて高騰しつつある」。プレイステーション2(PS2)発売前後から、こう指摘されることが多くなったゲーム業界。PS2の高性能化が招いた弊害でもあるが、開発費の高騰はソフトメーカーにとっては頭の痛い問題である。
開発費の大部分は人件費が占めると言われ、「開発費=人件費」であると称してもおかしくはない。開発費が高騰したということはゲームを制作する過程において、それだけ多くの人間が必要になった証拠でもある。その中でも開発者をより多く動員しなければならないものが「グラフィック制作作業」であろう。
ハードがプレイステーション(PS)からPS2へ変わり、最も目に見えて進化した性能の一つに描写性能がある。ハードの進化によってグラフィックが一層きれいに美しくなったのだが、その反面ゲーム制作の手間が増えるようになり、開発費が高騰する一因にもなっているのは事実である。つまり、昨今指摘されている開発費の高騰の原因の一つとしてグラフィックの進化が挙げられるのである。
グラフィックの進化が、必要以上に演出過多のゲームを多く生み出し、それが開発費の高騰を引き起こしていると考えている人物がいる。ゲームアーツ社長宮路洋一氏だ。宮路氏は開発費が増大する現状をこのように分析する。『(開発費が高騰した)最大の理由は、グラフィックに凝ったこと。グラフィックは、ハリウッド映画を見ればわかるように、お金を掛ければいいものが作れます。だから、演出に凝るゲームは、開発費が高騰して当然なのです』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエストキーマン・インタビュー 「ゲームアーツ社長宮路洋一さん」 2002年 カッコ内筆者)。
グラフィックの進化により、ゲーム開発費が高騰する結果になったが、これは中小規模のソフトメーカーにとっては大きな問題であろう。大手と違い資金的にそれほど余裕がないからだ。それゆえ、ゲーム業界内での企業の淘汰・再編が進むと予想する声が強い。
だが、宮路氏は『規模は関係ありません』(同)と断言する。規模よりも大切なものが「特化」であり、それがなければ大手のソフトメーカーでも厳しいと主張する。『プロレスゲームならばどこにも負けない、というように特化したものを持つことが大切です。大手でも開発を持つ総合型では困るでしょう。…企業は、つい総合メーカーになりたがるが、これからは厳しいでしょうね』(同)。
宮路氏の主張は、一般的に言われている事とは少し違う。規模が小さい所は厳しく、淘汰・再編の対象になる所が多く出るという予測を否定し、規模の大小では無く、特化を目指さない総合型メーカーが厳しい目に遭う、と発言する宮路氏の言葉は面白い。
では、どうして彼は企業規模を問題視せず「特化型・総合型」に注目したのだろうか。特化型が良く、総合型が厳しいと判断したのはなぜなのか。今回はそこに焦点を当ててみたい。(つづく)
→第二章:「総合型の失敗」へ続く
