当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の最終章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第四章:「遺したいもの」
「ゲーム」によって成した財を「ゲーム」に返す。そうすることで、「ゲーム」に恩返しが出来るし、偉大なるゲーム屋という評価で留まる事は無くなる。山内氏が「ファンドキュー」を設立した真意をまとめるならば、こうした一文になるだろう。
だが、山内氏の想いが本当に叶うためには、「ファンドキュー」の支援によって、全く新しいゲームが本当に世に現れ、それが今後のゲームのあり方までも変えていくような大きな影響力を持ったものでなければならない。もし、「ファンドキュー」から何の新鮮さも感じられないゲームしか生まれないとしたら、山内氏の想いは叶わないだろう。
そこでいくら“「ファンドキュー」は新しいゲーム・ゲームジャンルの創造が目的なのだ”、と声高に叫んだとしても、結果としてこれまでのゲームとさほど変わらないゲームソフトしか出来ないのであれば、世間は冷たい評価しかしない。
結局は「GCやGBAを普及させるためだけにファンドを作ったのだろう」と思われてしまう。目的がどんなに高尚で立派なものでも結果が伴わなければ、周囲の人間はそれを理解しない。「ファンドキュー」は山内氏のゲームへの恩返しの現れだ、などとは決して思わないものだ。
そうならないためには、これからのゲームの形やジャンルを大きく変化させるようなゲームソフトを「ファンドキュー」の力で作り上げる必要がある。結局、山内氏が「ファンドキュー」を設立した目的をすべて達成するためには、とてつもない影響力を持った“たった一本のゲームソフト”を遺すことが求められるのだ。
例え、100万本以上の販売を記録したソフトを何本も作り出したとしても、それらが従来のゲームと変わらぬものであったのなら、全く意味がない。たった一本でも良いから、ゲームの歴史に名を残すような斬新なアイディアを元に作られたゲームが生まれなければならないのだ。それが山内氏の望みでもあり、そう遠くない未来にゲームビジネスから去り行く人間の最も遺したいものなのである。
もし、それを遺すことができたのなら“偉大なるゲーム屋”は、もっと別のふさわしい名で呼ばれるようになるだろう。だが、その日がいつになるのかは、誰にも分からない。(おわり)
2007年07月11日
2007年07月09日
過去のコラム編集:2002年1月「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」Part3
当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の第3章です。
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第三章:「山内の恩返し」
山内氏が任天堂のソフト開発支援システムを強化せずに、それとは別に「ファンドキュー」を設立したのはなぜか。もしかすると、「ゲーム」に対して“恩返し”をしたかったからではないだろうか。
任天堂が、京都の花札・トランプメーカーから世界規模の巨大企業にまで大きくなれたのは、まぎれもなくゲームのおかげである。現在の任天堂の株式時価総額は 3兆円弱もあるが、これは「ファミリーコンピューター」「スーパーファミリーコンピューター」「ゲームボーイ」などの存在をなくしては決しては有り得なかった数字なのだ。
彼はその約10%、3000億円分の任天堂株を保有しているが、これもまた、ゲームによって得られた富である。ならば、ゲームによって得られたこの富を少しでもゲームの世界に恩返しの意味を込めて還元しよう、と考えたのではないだろうか。だからこそ、任天堂という組織の資金を使わずに、自分自身の私財を投じ「ファンドキュー」を誕生させたのだ。
山内氏の引退が近いことも、それに拍車を掛けている。最近は、頻繁に社長引退をほのめかしている山内氏だが、社長を退くということは、ゲームビジネスの第一線から退くことでもある。そうなると、ゲームとの関わりが薄くなってしまう。だが、彼は現在のゲーム産業は存亡の危機を迎えている、と考えている。理由は、同じようなゲームが氾濫している事と、ハードの無意味な高性能化である。同じようなゲームが大量に出回るとユーザーは必ず飽きてしまうし、ハードが意味なく高性能化すると開発者の重荷になる。
もし、これを放置したまま、ゲームビジネスから離れてしまったのなら、大恩あるゲーム産業自体が危機に陥る可能性が高い。そうならないために、山内氏は新しいジャンルのゲームが生まれやすくなる環境、開発者の負担を少しでも軽くするように促すシステムを恩返しの意味も込めて作り上げたかったのだ。だから「ファンドキュー」を作り、開発を支援するゲームの内容を「“開発がしやすい”GCとGBAが連動して遊べるような“新しい”ゲームソフト」に限定したのである。
ただ、もうひとつの理由もあるだろう。それを知るためには著名な投資家ジム・ロジャース氏の言葉を借りなければならない。彼は、とても面白いことを言っている。
『ある朝、目覚めて、人々がこう言うのを聞きたくなかったのです。“ジム・ロジャースは七五歳だ。彼は偉大なる投資家だった。しかし、彼がしたのはそれだけだった”とね』(P203 「NHKスペシャル マネー革命 第一巻」 著相田洋・宮本祥子 NHK出版 1999)。
この発言は興味深い。確かにある分野で大きな成功を収めた者は、大きな社会的な評価を受けるが、それ以上のことをしなければ世間の評価はそこで留まってしまう。ジム・ロジャース氏は、それが嫌だったのだ。同じことが山内氏にもあてはまるのではないだろうか。彼も現在74歳。ジム・ロジャース同様「山内溥は七五歳だ。彼は偉大なるゲーム屋だった。しかし彼がしたのはそれだけだった」と言われたくないと考えたのではないだろうか。もしかしたら、「ファンドキュー」は“偉大なるゲーム屋”が、偉大なるゲーム屋以上の“何か”になるために必要な存在なのかもしれない。(つづく)
最終章:「遺したいもの」へ続く
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第三章:「山内の恩返し」
山内氏が任天堂のソフト開発支援システムを強化せずに、それとは別に「ファンドキュー」を設立したのはなぜか。もしかすると、「ゲーム」に対して“恩返し”をしたかったからではないだろうか。
任天堂が、京都の花札・トランプメーカーから世界規模の巨大企業にまで大きくなれたのは、まぎれもなくゲームのおかげである。現在の任天堂の株式時価総額は 3兆円弱もあるが、これは「ファミリーコンピューター」「スーパーファミリーコンピューター」「ゲームボーイ」などの存在をなくしては決しては有り得なかった数字なのだ。
彼はその約10%、3000億円分の任天堂株を保有しているが、これもまた、ゲームによって得られた富である。ならば、ゲームによって得られたこの富を少しでもゲームの世界に恩返しの意味を込めて還元しよう、と考えたのではないだろうか。だからこそ、任天堂という組織の資金を使わずに、自分自身の私財を投じ「ファンドキュー」を誕生させたのだ。
山内氏の引退が近いことも、それに拍車を掛けている。最近は、頻繁に社長引退をほのめかしている山内氏だが、社長を退くということは、ゲームビジネスの第一線から退くことでもある。そうなると、ゲームとの関わりが薄くなってしまう。だが、彼は現在のゲーム産業は存亡の危機を迎えている、と考えている。理由は、同じようなゲームが氾濫している事と、ハードの無意味な高性能化である。同じようなゲームが大量に出回るとユーザーは必ず飽きてしまうし、ハードが意味なく高性能化すると開発者の重荷になる。
もし、これを放置したまま、ゲームビジネスから離れてしまったのなら、大恩あるゲーム産業自体が危機に陥る可能性が高い。そうならないために、山内氏は新しいジャンルのゲームが生まれやすくなる環境、開発者の負担を少しでも軽くするように促すシステムを恩返しの意味も込めて作り上げたかったのだ。だから「ファンドキュー」を作り、開発を支援するゲームの内容を「“開発がしやすい”GCとGBAが連動して遊べるような“新しい”ゲームソフト」に限定したのである。
ただ、もうひとつの理由もあるだろう。それを知るためには著名な投資家ジム・ロジャース氏の言葉を借りなければならない。彼は、とても面白いことを言っている。
『ある朝、目覚めて、人々がこう言うのを聞きたくなかったのです。“ジム・ロジャースは七五歳だ。彼は偉大なる投資家だった。しかし、彼がしたのはそれだけだった”とね』(P203 「NHKスペシャル マネー革命 第一巻」 著相田洋・宮本祥子 NHK出版 1999)。
この発言は興味深い。確かにある分野で大きな成功を収めた者は、大きな社会的な評価を受けるが、それ以上のことをしなければ世間の評価はそこで留まってしまう。ジム・ロジャース氏は、それが嫌だったのだ。同じことが山内氏にもあてはまるのではないだろうか。彼も現在74歳。ジム・ロジャース同様「山内溥は七五歳だ。彼は偉大なるゲーム屋だった。しかし彼がしたのはそれだけだった」と言われたくないと考えたのではないだろうか。もしかしたら、「ファンドキュー」は“偉大なるゲーム屋”が、偉大なるゲーム屋以上の“何か”になるために必要な存在なのかもしれない。(つづく)
最終章:「遺したいもの」へ続く
2007年07月08日
過去のコラム編集:2002年1月「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」Part2
当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の第2章です。
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第二章:「“ファンドキュー”の目的」
山内氏が「ファンドキュー」を設立した理由は大きく分けて二つあるだろう。最初に挙げられるものとしては、前にも言ったように彼が、任天堂が独自に持っているソフト開発支援システムの援助額が少ないと感じていたからである。任天堂のシステムの場合、支援する企業の数に制限が無く、さらには支援金も無償で提供される特長はあるものの、最も大事な支援額は一件あたり1千万から2千万しか支払われない。
一般的にゲーム開発費には億単位の資金が必要になるのだから、この額では少なすぎる。はっきり言って十分な支援額には程遠い。その点、山内氏の「ファンドキュー」では豊富な資金を背景に一件あたり10億円の支援をすることが出来る。
支援できる企業総数は結果として、任天堂のものより少なくなるかもしれないが、元々ゲームは『一握りの天才がつくればいい』 (P198 「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一 メディアファクトリー 1996 )と考えている節がある山内氏にとっては無駄に多くの企業を支援するよりも、むしろこの方が良いのだろう。山内氏が少ないと感じた任天堂の支援額を「ファンドキュー」を作る事によって増加させ、支援を手厚くする。それが第一の設立理由である。
第ニの理由としては、新しいゲームを生み出すためであろう。「ファンドキュー」の支援を受けるためには、GCとGBAとを連動させて遊ぶゲームを開発する事が大前提になっている。据置型と携帯型の両ゲーム機の双方を利用して遊べるゲームソフトはこれまで例が無かったと言っても良い。
そのような全く新しいゲームソフトの開発に限定して支援をするのであるから、山内氏は「ファンドキュー」を使って、これまで見たことも聞いたことも無いような斬新な面白味を持ったゲームを生み出そうと考えているのではないか。もし、違うのであれば支援対象を「GCとGBAの相互を連動させて遊べるゲームソフトの開発に限定する」とは言わなかったはずだ。
新しいゲームを求めていたからこそ、あえて注文を付けたのである。『新しい楽しさと面白さを開発し、市場に出せば、マーケットも広がり、支持も得られ、企業としての意味もある』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト 「“Xboxは売れない” 任天堂社長、山内溥さん」 2002年1月17日)と常に考えていることからも、山内氏は「ファンドキュー」で新しいゲームを生み出そうとしているのだ。
しかし、ここでひとつ疑問が残る。それは、なぜ山内氏が任天堂の支援システム以外に、別途自分自身でファンドを設立したのか、ということだ。確かに、これまで述べてきた二点の理由があるからだが、それならば、任天堂のソフト開発支援システムを強化し、山内氏の不満を解消するシステムにすれば良かったはずではないか。山内氏にはそれが出来る強力な権力がある。
なぜなら、彼は任天堂の社長であり、筆頭株主なのだから。はっきり言えば、山内氏に反対できる者など任天堂の中に存在しないのだ。権力と同時に資金もある。2001年9月末の時点で任天堂の手元には8000億円近い現金があり、次なる大ヒットゲームソフトの開発のために数百億円を投じたとしても十分耐えられる力を持っているのだ。
では、どうして山内氏は任天堂の開発支援システムを強化せず、私財200億円を使い、新たにファンドを設立したのであろうか。(つづく)
第三章へ続く→「山内の恩返し」
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第二章:「“ファンドキュー”の目的」
山内氏が「ファンドキュー」を設立した理由は大きく分けて二つあるだろう。最初に挙げられるものとしては、前にも言ったように彼が、任天堂が独自に持っているソフト開発支援システムの援助額が少ないと感じていたからである。任天堂のシステムの場合、支援する企業の数に制限が無く、さらには支援金も無償で提供される特長はあるものの、最も大事な支援額は一件あたり1千万から2千万しか支払われない。
一般的にゲーム開発費には億単位の資金が必要になるのだから、この額では少なすぎる。はっきり言って十分な支援額には程遠い。その点、山内氏の「ファンドキュー」では豊富な資金を背景に一件あたり10億円の支援をすることが出来る。
支援できる企業総数は結果として、任天堂のものより少なくなるかもしれないが、元々ゲームは『一握りの天才がつくればいい』 (P198 「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一 メディアファクトリー 1996 )と考えている節がある山内氏にとっては無駄に多くの企業を支援するよりも、むしろこの方が良いのだろう。山内氏が少ないと感じた任天堂の支援額を「ファンドキュー」を作る事によって増加させ、支援を手厚くする。それが第一の設立理由である。
第ニの理由としては、新しいゲームを生み出すためであろう。「ファンドキュー」の支援を受けるためには、GCとGBAとを連動させて遊ぶゲームを開発する事が大前提になっている。据置型と携帯型の両ゲーム機の双方を利用して遊べるゲームソフトはこれまで例が無かったと言っても良い。
そのような全く新しいゲームソフトの開発に限定して支援をするのであるから、山内氏は「ファンドキュー」を使って、これまで見たことも聞いたことも無いような斬新な面白味を持ったゲームを生み出そうと考えているのではないか。もし、違うのであれば支援対象を「GCとGBAの相互を連動させて遊べるゲームソフトの開発に限定する」とは言わなかったはずだ。
新しいゲームを求めていたからこそ、あえて注文を付けたのである。『新しい楽しさと面白さを開発し、市場に出せば、マーケットも広がり、支持も得られ、企業としての意味もある』(Mainichi INTERACTIVE ゲームクエスト 「“Xboxは売れない” 任天堂社長、山内溥さん」 2002年1月17日)と常に考えていることからも、山内氏は「ファンドキュー」で新しいゲームを生み出そうとしているのだ。
しかし、ここでひとつ疑問が残る。それは、なぜ山内氏が任天堂の支援システム以外に、別途自分自身でファンドを設立したのか、ということだ。確かに、これまで述べてきた二点の理由があるからだが、それならば、任天堂のソフト開発支援システムを強化し、山内氏の不満を解消するシステムにすれば良かったはずではないか。山内氏にはそれが出来る強力な権力がある。
なぜなら、彼は任天堂の社長であり、筆頭株主なのだから。はっきり言えば、山内氏に反対できる者など任天堂の中に存在しないのだ。権力と同時に資金もある。2001年9月末の時点で任天堂の手元には8000億円近い現金があり、次なる大ヒットゲームソフトの開発のために数百億円を投じたとしても十分耐えられる力を持っているのだ。
では、どうして山内氏は任天堂の開発支援システムを強化せず、私財200億円を使い、新たにファンドを設立したのであろうか。(つづく)
第三章へ続く→「山内の恩返し」
2007年07月05日
過去のコラム編集:2002年1月「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」Part1
当該記事は、2002年1月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「“ファンドキュー”設立 〜私財投入の真意〜」の第1章です。
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第一章:「200億円投入」
任天堂の最新家庭用ゲーム機「ゲームキューブ」(GC)の発売が米国で始まった昨年11月、同社の山内溥社長は私財200億円を投じて、ゲームソフト開発支援ファンド「ファンドキュー」を設立すると表明した。目的はゲームソフト開発企業を資金面で支えるためである。
資金は無担保融資の形で行なわれ、一件の投資先に10億円程度が貸し出されるという。投資を受けるための前提条件としては大きく二つあり、まずひとつはGCと「ゲームボーイアドバンス」 (GBA)の両ゲーム機を相互に利用できるようなゲームを開発する事と、もうひとつは約一年間でゲームを完成させる事の二点である。審査は任天堂が行ない、投資の是非が検討される。もちろん、投資対象になる企業はベンチャー企業とよばれるような小規模のゲームソフト開発企業に限られる。
GC やGBA向けにゲーム開発をしているベンチャーを支援するシステムは山内氏の「ファンドキュー」だけではない。任天堂自身でもゲーム開発支援システムをすでに持っている。自社のハード向けにソフトを開発する企業を支援する動きは任天堂だけには留まらず、マイクロソフトやバンダイも、XBOXやワンダースワン向けに独自のゲーム開発支援システムを作り、開発者の後押しをしている。
マイクロソフトのXBOX、バンダイのワンダースワン、任天堂のGCに共通して言える事は、皆“二番手”であることだ。彼らはトップを快走するプレイステーション2やGBAを追いかける立場にある。そういったことを考えれば、各ハードメーカーの支援策は、トップに追いつくためにソフト開発ベンチャーを資金などの面から支え、魅力あるゲームソフトを少しでも多く自社のハードから出したいと思う各社の意欲の表れであると言えよう。
だが、その中でも山内氏の「ファンドキュー」は異色の存在だ。一個人で総額200億円もの開発支援ファンドを設立し、さらにひとつの投資先に10億円もの支援を行なうのであるから、その異色ぶりが窺える。山内氏は、任天堂が設けた開発支援システムの支援額が少ないと感じたため、自分自身でファンドを作る事に決めた、と言うほどであるからスケールが違う。
他の開発支援システムとは、様々な面で違う特徴を持つ「ファンドキュー」は、まさ注目に値するファンドである。(つづく)
続きはこちら→第二章「“ファンドキュー”の目的」
2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
目的に掲載しておりますので、ご了承下さい。
第一章:「200億円投入」
任天堂の最新家庭用ゲーム機「ゲームキューブ」(GC)の発売が米国で始まった昨年11月、同社の山内溥社長は私財200億円を投じて、ゲームソフト開発支援ファンド「ファンドキュー」を設立すると表明した。目的はゲームソフト開発企業を資金面で支えるためである。
資金は無担保融資の形で行なわれ、一件の投資先に10億円程度が貸し出されるという。投資を受けるための前提条件としては大きく二つあり、まずひとつはGCと「ゲームボーイアドバンス」 (GBA)の両ゲーム機を相互に利用できるようなゲームを開発する事と、もうひとつは約一年間でゲームを完成させる事の二点である。審査は任天堂が行ない、投資の是非が検討される。もちろん、投資対象になる企業はベンチャー企業とよばれるような小規模のゲームソフト開発企業に限られる。
GC やGBA向けにゲーム開発をしているベンチャーを支援するシステムは山内氏の「ファンドキュー」だけではない。任天堂自身でもゲーム開発支援システムをすでに持っている。自社のハード向けにソフトを開発する企業を支援する動きは任天堂だけには留まらず、マイクロソフトやバンダイも、XBOXやワンダースワン向けに独自のゲーム開発支援システムを作り、開発者の後押しをしている。
マイクロソフトのXBOX、バンダイのワンダースワン、任天堂のGCに共通して言える事は、皆“二番手”であることだ。彼らはトップを快走するプレイステーション2やGBAを追いかける立場にある。そういったことを考えれば、各ハードメーカーの支援策は、トップに追いつくためにソフト開発ベンチャーを資金などの面から支え、魅力あるゲームソフトを少しでも多く自社のハードから出したいと思う各社の意欲の表れであると言えよう。
だが、その中でも山内氏の「ファンドキュー」は異色の存在だ。一個人で総額200億円もの開発支援ファンドを設立し、さらにひとつの投資先に10億円もの支援を行なうのであるから、その異色ぶりが窺える。山内氏は、任天堂が設けた開発支援システムの支援額が少ないと感じたため、自分自身でファンドを作る事に決めた、と言うほどであるからスケールが違う。
他の開発支援システムとは、様々な面で違う特徴を持つ「ファンドキュー」は、まさ注目に値するファンドである。(つづく)
続きはこちら→第二章「“ファンドキュー”の目的」
