2007年07月17日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part4

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の最終章です。

2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
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第四章:「分化と純化」  


メーカーによるゲームソフトの自社流通化は、ソフトメーカーに変化を促した。すでに、パブリッシャー的機能を帯びていた所もあるが、自社流通化でその機能は一層強まったと言っても良い。程度の差こそあれ、パブリッシャーとしての役割を持っていたソフトメーカーは、自社流通化でその役割を強化せざるを得なくなったのだ。


いち早く自社流通を始めたコナミは、徐々にパブリッシャーとしての役割を強めつつある。開発部門を次々に分離・独立させて数多くの開発子会社を作り、コナミ本体は子会社が開発したソフトの販売活動に注力するようになっている。


さらに、独立系のソフト開発会社(ハドソン・元気など)も次々に傘下に収めつつあることからも、パブリッシャー色を濃くしていると言えるだろう。新たにコナミ本体の子会社となった各社もコナミの販売網に期待している。昨年、コナミの傘下入りしたハドソンの工藤社長は『コナミの販売網を活用できれば、ゲームの売り上げ増も期待できるだろう』(2001年7月31日日経産業新聞)と述べている。


最近、活発になってきている大手による中小ソフトメーカーの囲い込みは、このような背景があるからだとも言えるのかもしれない。おそらく、パブリッシャーとしての立場を徐々に純化させているからではないだろうか。ソフトメーカーが徐々にパブリッシャー化するのは自然の成り行きだと捉える見方もある。


『情報ソフトビジネスでは、産業は成熟するにしたがって、パブリッシャーとデベロッパー(ソフトの制作・開発に直接携わる人物、団体)が分化していくことは、一つの経験則だと言えるのでしょう』(P78 「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一 メディアファクトリー 1996 カッコ内は筆者)。市場の急成長傾向も一服し、成熟化が叫ばれている中で推進された自社流通化が、ソフトメーカーのパブリッシャー化を一層加速するのは間違い無いだろう。


そう考えると、ソフトメーカーからソフトパブリッシャー化し、それを純化させつつあるコナミの例は、ゲーム市場の成熟化を示す格好の指標になっていると言えるのではないか。過大評価かもしれないが、先進的な経営を次々に取りいれ、様々な影響をゲーム業界に与えてきた同社を見れば、この業界が今どのようになっているのかを判断できるのかもしれない。


今後は、ゲーム市場の成熟化が進むにつれ、コナミのようなパブリッシャー機能を大きくさせた“ソフトメーカー”が多数表れていくと思われる。カプコン、アトラスはそれに続いたのだろう。こうした「パブリッシャーとデベロッパーの分化」は成熟度が高まりつつあるゲーム市場で生き残るためのひとつの方法であるのは間違いない。役割分担が進むゲーム業界は、ソフトメーカーの役割を変えながら今後も変わりつづけていくのだろう。(おわり)

2007年07月16日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part3

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の第三章です。

2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
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第三章:「利点」


ソフトメーカーによる自社流通化が、パブリッシャー機能を持たせる契機になったわけだが、それはソフトメーカーに何をもたらすのであろうか。それを解くヒントに、パブリッシャーとしての業務を専門に行っている企業の主張を聞いてみることにしたい。その企業とは、低価格ソフト「シンプル1500」シリーズを主力にしている「D3パブリッシャー」である。


D3パブリッシャーは、自社に開発部門をまったく持たずにソフトを販売している企業だ。同社の伊藤社長は開発部門をもたないという自らの特長について、こう語っている。


『開発部門を自社で持ってしまうと得意なジャンルが固まり商品が偏ってしまいます。また1つのソフトが成功すると経営で開発部門の発言力が高まってしまう。高い人気を得たゲームソフトが開発できれば、まず次回作は開発費を倍にしてくれ、という話になる。開発費を半分にして更なるヒットを目指す、という人はまずいません』(2002年3月8日日経産業新聞)。『ゲームの企画・マーケティングに特化することで、時流にあった作品を素早く提供できるのが強みだ』(2002年3月4日日経金融新聞)。


彼が言うパブリッシャーの利点とは、大きく3つに分けられるだろう。まず、発売するジャンルが偏らないこと。次に、開発費の膨張に歯止めが掛けられること。そして最後に、流行に敏感に反応できること、の3点であろう。


発売するタイトルのジャンルの幅が広いことは、ユーザーにとってもパブリッシャー化するソフトメーカーにとっても良いことだ。ユーザーにしてみれば、それだけ選択肢が広がるのであるし、ソフトメーカーには発売タイトルの増加として表れる。必要数を確保するのがひとつの目標であるソフトメーカーには広範囲のジャンルは発売タイトル数の増加を意味するのであるから、願っても無いことであろう。


同様に、開発費の低減もユーザーとソフトメーカーの両者にとって良いことである。なぜなら開発費を低くできれば、ソフトメーカーとしては開発に関わるリスクが低くなるだろうし、ユーザーにとってはソフトの売価が低くなるからだ。D3パブリッシャーから発売されるソフトが安いのは開発費が低く抑えられているからであろう。つまり、開発費が安いことで、ユーザーはそれだけ恩恵を受けられるのだ。


このように、ソフトメーカーがパブリッシャー機能を帯びることで、ユーザーにもソフトメーカーにも利点があるのだ。パブリッシャー化はソフトメーカーはもちろん、ユーザーにも利益をもたらしている。(つづく)

最終章:「分化と純化」へ続く

2007年07月15日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part2

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の第二章です。

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第二章:「副産物」



ゲームソフトの自社流通化に伴って、ソフトメーカーの利益率が大きく改善されることになる。だが、その副産物も忘れることはできない。自社流通によってソフトメーカー自身も変わっていかなければならなくなるからだ。


ソフトメーカーが利益率向上を狙って自社流通を推進する中で、まったく問題が生じなかったか、と言えば嘘になる。それは「端境期」の問題である。自社の流通網は確かに、利益率の向上に繋がるのかもしれない。だが、常に自社のソフトが間を置かずに発売されるわけではない。自社が抱えている開発部門が制作できるソフトの数にも自ずと限界があるし、クリスマス商戦を狙って年末に発売タイトルが急増する傾向はいまだに変わっていない。だから、どうしてもソフトの発売があまり無い“端境期”という時期が表れる


仮に、ソフトの発売が少ない、若しくは無い時期があれば、その時期の流通網は遊んだままになるだろう。自社流通を行うためには、小売店などを回る営業スタッフが必要になるが、彼らの人件費はソフトが発売されないからといって無くなるわけではない


流通網を維持するためのコストも馬鹿にならないのだ。下手をすると、ソフトが発売されるときだけは利益率が改善しても、それ以外のときにかかるコストを考えれば、結局流通改革によって得られた利益が失われてしまう可能性も十分にあるのだ。だからこそ、流通網を遊ばせておくわけにはいかないのである


では、流通網を常に稼動させるためにはどうすれば良いのだろうか。ひとつの方法としては、自社以外のゲームソフトつまり「他社製ソフト」を取り扱うことが挙げられるそうすることで、ソフトが発売されないような端境期でも流通網の活躍が期待できる。だが、取り扱うソフトが少数では困る。


流通網を活かしきるぐらいのタイトル数が無ければ他社ソフトを取り扱ったとしても意味が無いのだ。それなりのタイトル数を確保するためには、当然様々な活動をしなければいけなくなる。具体的には、自社で企画したゲームソフトの制作を他社に委託したり、規模の小さいソフトメーカーから持ちこまれたソフトを自社で販売するなどをして、タイトル数を確保する必要があるのだ。


しかし、そうした行動は“ソフトメーカーの変化”を意味する。つまり「ソフトメーカー」から「ソフトパブリッシャー」への変化である。パブリッシャーとは出版社の意味を持つ。他社ソフトを扱うことによって「ソフトメーカー」はゲームを作る(メイク)だけの存在から、他社が開発したソフトの販売活動(宣伝・営業)なども行う「複合企業」へと変わるのである。


直接開発業務に携わることなく新しく生まれたゲームソフトを世に送り出す、というパブリッシャー機能を持ったソフトメーカーは以前から存在するが、自社流通化ほどそれを深化させるものはないだろう。アトラスなどは自社流通の導入と共に『インタラクティブ・コンテンツ・パブリッシャー』を目指すと、はっきりと主張しているのだ。


「ゲームソフトメーカー」は自社流通の導入によって、他社のソフトをも販売するパブリッシャーにもなったわけだが、ではソフトメーカーのパブリッシャー化にはどんな意味があるのだろうか。(つづく)


第三章:「利点」へ続く

2007年07月14日

過去のコラム編集:2002年8月「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」Part1

当該記事は、2002年8月頃(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「流通改革 〜自社流通化の副産物〜」の第一章です。

2002年の記事ですので、かなり古い記述になっておりますが、文章の保存を
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第一章:「変わる流通」


ゲームソフトの流通が変わりつつある。従来、ソフトメーカーが作り上げたゲームソフトは、問屋とも呼ばれる卸業者、もしくはハードメーカー(例えばソニー・コンピュータエンタテインメントなど)等の中間業者へ一旦出荷され、その後彼らを経由して小売店などの店頭に並び、最終的にゲームユーザーへ渡るという経路でソフトが流通していた。その既存の仕組みをソフトメーカーが変えようとしている。


これまで、ソフトメーカーが制作したゲームソフトが辿る流通ルートには、ソフトメーカー自身が関与する余地はあまり無かった。ソフトメーカーは完成したソフトを他に販売してしまったら、それで“おしまい”。ソフトメーカーとユーザーの間を取り次ぐ、「誰か」にソフトを渡した時点でソフトメーカーの仕事は終了していた。そのため、ソフトメーカーは直接、小売業者に販売することは無かったと言っても良いだろう。


だが、そうしたシステムを嫌がるソフトメーカーも出始めてきた。自社の開発したソフトを、独自に構築した流通網を利用して、直接小売店に販売したいと考えるようになってきたのだ。現在では、コナミやカプコン、アトラスなどが自社流通を実施している。ソフトメーカーが自社ソフトを他の業者にまかせるのではなく、自社の流通網でソフトを供給する訳は「利益率の向上」をもたらしてくれるからだ。


これまで通りの流通システムだと、ソフトメーカーと小売店の間にどうしても第三者が介入してしまい、彼らに支払わなければならない経費がかさんでいた。流通業者にしてみれば必須の手数料であるが、ソフトメーカーにとって見れば余計な経費だったのだろう。ここ数年、ゲーム市場は急成長路線から安定成長へと変わり、大きな成長を望むのは難しくなってきている。そのような環境下で、最も手っ取り早く利益を拡大させるためには「売上の増加」よりも「経費の節減」を行う方が効率が良い。


例えばソフト販売で1億円を売り上げ、開発費などで8000万円の経費がかかったとしよう。この場合、利益は2000万円(売上高に対する利益率20%) だが、もし自社流通化によって経費を削減し、利益率を10%向上させたと仮定すれば、ソフトメーカーが手にする利益は3000万円にもなる。逆に流通網を構築せず、供給を第三者にまかせたまま(つまり利益率を20%のまま継続する)3000万円の利益を得ようとすると、売上を50%アップの、1億5千万にしなければならないのだ。


これは極端な例かもしれないが、経費の節減は大きな効果をあげるためのひとつの術なのだ。自社流通導入前にカプコンが試算した効果が『利益率の四、五ポイントの上昇』(2000年 8月8日 日本経済新聞)であり、同様にアトラスは『10%の粗利益の向上』(アトラスプレスリリース 2001年6月18日)であった。売上の急激な伸びが期待できない環境下では、この威力は絶大だ。だからこそ、自社流通に踏み切るソフトメーカーが出てきたのだ。


だが、この自社流通によってソフトメーカーは変わらざるを得なくなってきた。もちろん、望んで変わる場合もあるだろうが、自社流通はソフトメーカーの役割を変えていく促進剤になるのは間違いないのだ。では、自社流通はソフトメーカーの何を変えるのであろうか。


今回は、自社流通がもたらした副産物について考えてみることにしたい。(つづく)


第二章:「副産物」へ続く