2008年01月05日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part4

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第四章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part4
第四章(最終章):「餅は餅屋」

ことわざに「餅は餅屋」という言葉がある。その道のことはその道の専門家が一番である、との意味だが、まさに今回のソフトメーカーの決断には、こうした考えが念頭にあったのではないだろうか。


クリエイターに、開発も任せ、経営も任せるのではなく彼らの特性を活かすためには専門分野である開発だけに集中させる事が、ソフトメーカーにとって有利であると考えたための決断ではないのか。


逆に言えば、これは会社の経営には経営の専門家が必要になったことでもある。それを裏付けるようにアトラス・コーエーでは、社長が交代し、いずれも経営に関しての能力がある人物がその地位についている。これは「餅は餅屋」の思考が開発と経営を明確に分けたために起きた経営面での変化だと考える事が出来る。


最近は、ソフトメーカーの経営もゲームソフト開発と同様に高度化してきている売れないソフト・高い開発費・複数化するプラットフォームなどの厄介な問題が山積している。これまでとは違う環境にソフトメーカーは置かれているのだ。だからこそ、経営には専門家を用いる必要性があったのである。


ただ、こうした経営の専門家の登用もすべては、開発のため、クリエイターのためである。彼らに煩雑な業務をさせるよりも、より開発に専念させる方が結果としてソフトメーカーに多大な恩恵をもたらすことになるからだ。


ソフトメーカー・ハドソンの社長である工藤浩氏は、創業以来、ハドソン社の経営をまかされてきたが、創業者であり技術者である兄・工藤祐司氏にはこう配慮しているという。『浩にとっては、“資金繰りなどの世俗的な雑事で祐司の頭を悩ませてはいけない”というのが大命題』(P132 「セガvs.任天堂」 著赤木哲平 JMAM 1992)。このようなことからもソフト開発者には日常的な雑務で頭や時間を使わせるより、開発を専門にやらせておいた方が良いとする経営専門家の考え方を垣間見ることが出来る。


では、この一連の流れは他のソフトメーカーにも波及するのであろうか。その答えを見つけ出すのは困難だが、前出の二人のクリエイターの言葉を考えると、ソフトメーカーがとるべき道は見えてくるような気がする。KCEJ WESTの小島秀夫氏はこう語る。


でもね、ほんとはプロデューサーなんて言葉、なくなってしまえって思いますよ。スタッフがうらやましい。朝から晩までゲームの事だけを考えていれば良いんですから』(P33 週刊宝島 2001 3.14 NO.496 宝島社)。


副社長であり、プロデューサーでもある小島氏には、多種多様な雑務が存在し、ゲーム作りに費やす時間があまりない。彼の密やかな望みを叶えてあげるのが、小島氏のためでもあり、ひいてはKCEJ WESTのためでもあると考えているのは、筆者だけであろうか。彼の望みが叶う日が訪れることを祈りつつ、今回は筆をおく事にしたい。(おわり)

2008年01月04日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part3

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第三章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part3
第三章:「時間が無い(クリエイターの事情)」


ソフトメーカーの今回の決断はクリエイターたちにとっても、有り難い話ではないだろうか。基本的にクリエイターはゲームを開発することが仕事であるし、それを何よりも優先させたいと考えている。なぜならば、彼らはゲームを作りたくて、ソフトメーカーでクリエイターをしているのだから。


本来はクリエイターであるのに、なおかつ経営陣の一員であることによってゲーム開発に充てる時間が削られている。そういうデメリットを肌で感じているひとりがコナミ・コンピュータ・エンタテインメント・ジャパンWEST(KCEJ WEST)の小島秀夫氏ではないだろうか。


小島氏は世界的にも評価の高い「メタルギア」シリーズを手がけているクリエイターであり、KCEJ WESTの取締役副社長でもある。彼は日常の業務に関して次のように述べている。


『まず、朝は6時に起きます。それで会社に来て7時50分から会議室でコナミグループの全国テレビ会議。で、10時から“メタルギア”と“Z.O.E.” チームの朝礼ですわ。若いスタッフは10時出勤なんです。僕らだけですよ、早くに出勤しているのは(笑)。それから午前中は決済書類等の処理をして、夕方にやっとゲーム作りを始められる」(P32〜33 週刊宝島 2001 3.14 NO.496 宝島社)。


副社長の立場にある小島氏でさえ、これほどまでに時間を食われてしまうのであるから、社長であった場合はどうなるのであろうか。「グランツーリスモ」シリーズのプロデューサーである山内一典氏は、株式会社ポリフォニー・デジタルの社長であるが、彼はそれについてこう語っている。


お昼からいろんな書類にサインしたり、外部の会社と打ち合わせをします。そうするとだいたい夕方になってしまうので、そこから内部の打ち合わせをして、夜9時くらいから僕自身の仕事ゲームの仕様書を書いたり、仕上がってきたものをチェックしたり。すると朝になるんで寝るわけです』(P29 同)。


KCEJ WESTの小島氏は夕方からで、山内氏は夜の9時から、というのであるから、一日の大半、或いは殆どを日常的な雑務に時間を取られてしまっているのだ。しかも、ようやく手に出来たゲーム作りの時間であっても、次から次に迫り来る雑務が、ゲーム開発に多少なりとも支障をきたしている。


小島氏は言う。『ゲームのシナリオを書いている時は自分の世界に入っているわけですでも、電話がかかってくるし、メールは届く。現実の世界に引き戻されるわけです。すると二度と同じ世界に入れないんですよ。これが、本当に悔しいんですよ』(P33 同)。


二人のクリエイターの日常を見てみると、日々の業務に一日の大半の時間を費やさざるを得ない状況に有るのが良く分かる。このような環境にあるのは、何も彼らだけではないはずだ。クリエイターであり、経営陣の一員でもある人達も、時間の差はそれぞれあるにしても、傾向としては彼らと変わらない日々を送っていると思われる。そうなると、皆ゲーム開発にあまり時間を割けない境遇に追いこまれてしまっている、と言えるのではないだろうか。


だが、こんな状況から救ってくれるソフトメーカーの決断はクリエイターにとって有り難い話だったはずである。なぜなら、経営から離れる事によって、日々の雑務から解放されゲーム作りに専念出来る場と時間を手に出来るのだから。まさに、今回の異動は、願ったり叶ったりの措置であったと言えるだろう。(つづく)


続きはこちら→第四章(最終章):「餅は餅屋」

2008年01月03日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part2

当該のゲーム業界記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第二章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part2
第二章:「なぜ外すのか(メーカーの事情)」

 
自社の看板クリエイターを経営陣から外す意図はどこにあるのか。副社長の辞任を発表したスクウェアの鈴木社長はそのことについて、こう話している。


今後坂口は経営のことに時間を取られることなく、クリエイティブな作業に専念できるようになります』(P101 週刊ファミ通 3月16日号 2001 エンターブレイン)。


つまり、経営から離れさせる事によって、よりクリエイターとしての能力を発揮してもらうのが目的だと述べているのである。同様にコーエーも人事異動に際してのプレスリリースに『襟川陽一は、今後、ゼネラル・プロデューサー、シブサワ・コウとして作品創りに専念いたします』(株式会社コーエープレスリリース平成13年5月10日付)と記しており、スクウェアと変わらない目的の遂行のために、今回の異動を行った事がわかる。


アトラスは、岡田氏の退任についてコメントはしていないが、岡田氏を取締役から外し、新設した開発本部の本部長に任命したことを考えると、スクウェア・コーエーと変わらない理由があったとするのが妥当であろう。


こうして見ると、クリエイターに経営陣の一員という責務を与えるのは、満足なゲーム開発環境を彼らから奪ってしまっていると言えるのではないか。経営陣に加わるとそれまで開発に割いていた時間を、煩雑な日々の業務に振り向けなければならなくなる。そのため、いろいろな弊害が生まれたのであろう。


例えば、時間が少なくなってしまったため、開発の効率が以前より悪くなってしまい、開発期間が長くなった、などである。それは、結果としてゲーム開発の遅延をもたらし、会社全体に悪い影響を与えてしまう事になる。


そういったことは、ソフトメーカーとしては避けなければならない。だからこそ、スクウェア・コーエー・アトラスは、看板クリエイターを経営陣から外したのだ。特に、スクウェア・アトラスは前期の決算では赤字を計上し、業務の効率化・開発部門の強化が急務になっていたことも、今回の人事異動の一因であったのだろう。


自社の看板クリエイターにはその豊かな才能から、彼らの満足のいくゲームを製作してもらわなければならない。そのためには、経営というゲーム開発には、あまり関係の無い仕事を兼務させるよりも、制約の無い自由な開発環境を与える事こそが重要であるとソフトメーカーは気付いたのではないか。


ソフトメーカーを支えているのは、何と言っても開発部門である。今回の決定は開発部門を重視するがゆえの人事異動だったと言えるのだ。(つづく)


続きはこちら→第三章:「時間が無い(クリエイターの事情)」

2008年01月02日

過去のコラム編集:2001年7月「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part1

当該のゲーム業界記事は、2001年7月25日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」の第一章です。


今日ではあまり見かけなくなりましたが、2001年当時はゲーム開発の第一線にいた著名クリエイターを経営陣として取り込むゲームメーカーが多くありました。もちろん現在でもスーパーマリオの生みの親である任天堂の宮本氏は代表権を持つ取締役を務めている事例もありますが、このコラムでは「開発部門」と「経営部門」が同一化していた頃の問題点を取り上げています。


「クリエイターを解放せよ 〜開発と経営の分離〜」Part1
第一章:「最前線からの撤退」


近頃、ソフトメーカーの顔とも言える著名なクリエイターが、自社の取締役や会長職などを退くケースが目立つようになってきた。話題になったところでは「ファイナルファンタジー」シリーズのプロデューサーである坂口博信氏が今年2月、スクウェアの副社長を辞任し、スクウェア専属のエグゼクティブプロデューサーになったことが挙げられるだろう。


同様に「真・女神転生」シリーズを手がけている岡田耕治氏も今年6月に取締役を退任、新たに設置された開発本部の本部長に就任している。コーエーの代表作である「信長の野望」・「三国志」シリーズの生みの親であるシブサワ・コウ氏(本名・襟川陽一コーエー会長) も会長職を退き、取締役最高顧問に就いてゼネラル・プロデューサーになっている。


ソフトメーカーを代表するクリエイターが経営に加わっている事はさほど珍しい事ではない。カプコンや任天堂、ナムコやコナミ・セガの子会社などには、自分自身はクリエイターでありながら、経営陣の一員になっている場合が多い


特に、ソフトメーカーの子会社では、クリエイター自身が社長を務めていることだって良くある事なのだ。同様に、中小の独立系ソフトメーカーなどにもこの傾向は当てはまる。だからこそ、クリエイターが経営の一線から身を引くことに対しては注目が集まるのである。坂口氏の辞任報道が驚きを以って伝えられ、話題になったのは、こういう背景があったからであろう。


では、なぜスクウェア・アトラス・コーエーは、あえて彼らを経営の最前線から外す決断をしたのであろうか。もともと経営陣の一員であったのだから、これまで通りに経営に参加してもらっていても良かったのではないのか。それなのに、こうしなければならない理由とは一体何であるのか。


本コラムでは、ソフトメーカーとクリエイターがそれぞれ抱えている問題にスポットを当て、この度、ソフトメーカーがこのような決断をした背景について考えてみることにしたい。(つづく)


続きはこちら→第二章:「なぜ外すのか(メーカーの事情)」