2008年02月01日

過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part4

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月18日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」の第四章(最終章)です。


現在のソフトメーカーはナムコやセガの例を見れば分かるとおり、生き残りをかけて単独経営から他企業との統合への道を選択しておりますが、当時ではそれはまだ珍しい状況でした。

そのため、ナムコとスクウェア、それにエニックスが緩やかな提携関係を結んでいた程度でもニュース性のある事例として扱われておりました。

その後、スクウェアとエニックスは合併しますが、そのときは両社による経営統合など思いもよらぬ事でした。ではなぜ、当時のソフトメーカーが提携に踏み切ったのか、ということを考察したのが当コラムです。当時のゲーム業界の様子を垣間見ていただけましたら幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part4
第四章(最終章):「飽き」


ゲーム業界では不振のときこそ、拡大路線を執る必要がある。そうしなければ、企業の存亡に関わる。これが、現在のゲームソフトメーカーの活発な提携を促している一因である。でも、どうして不振の時にこそ拡大路線を執らなければならないのであろうか。なぜ、「守り」の体制は業績を悪化させてしまうのだろうか。その答えはユーザーの「飽き」にある


どんなに面白いソフトでも、それをずっと遊び続けられるユーザーは殆どいない。皆、必ずそのゲームに対して飽きがくる。面白いソフトであればあるほど、遊び続けるたびに、「飽き」の感情が次第に出てくる。確かに「飽き」が来ないソフトもあるだろうが、やりこむうちに新鮮味はなくなる。慣れが出てくる。こうなってくると、最初の面白さは確実になくなっていく。


こうしたことは、何もゲームソフトに限ったことではないが、ゲームソフトにはこの傾向が強い。それは、ゲームは遊びだからだ。遊びは面白いものでなければ、やる人はいない。遊びは義務ではない以上、面白くないと感じている遊びは誰もやらないのだ。むしろ、やりたくないと表現したほうが良いのかもしれない。


むかし、タイトーの「スペースインベーダー」というゲームが日本中で大ヒットしたことがある。まさに、日本中がこのゲームの虜になっていた時代があった。あまりに人気になりすぎて『日本じゅうから百円玉が払底し、日銀から各ゲーム会社に百円玉の使用状況に対する調査が入ったほどであった。』(「ゲーム戦争」 著大下英治 光文社文庫 P124 1996)というのであるから、その凄さが実感できる。


しかし、このインベーダーブームも突如として消え失せてしまう。喫茶店やゲームセンターをはじめとして、さまざまなところに置かれ、驚異的な集客力を誇り、一日に一台で数百回も遊ばれるほどのブームであったのに、ぱたっと止まってしまったのだ。これこそ、ユーザーの「飽き」であろう


ユーザーに飽きられたゲームはもう売れることはない。インベーダーの時も、インベーダーを売っていた販売会社などは売上が急減してしまった。このような事態を打開し、再び売上を上げるには、ユーザーが面白いと思う新しいゲームが絶対に必要になる。だから、ゲームソフトメーカーは経営不振になると拡大路線に走るのだ


もし、あるゲームソフトメーカーが、業績不振のために、売れないゲームを抱えつつ、新しいゲームの開発に力を入れない「守り」の姿勢を執ったらどうなるであろう。おそらく、そのメーカーの売上は伸びることはなく、確実にゼロに向かって減少していくだろう。なぜなら、ユーザーは飽きたゲームには、もうお金を支払うことはなくなるからだ。そうならないために、ゲームソフトメーカーは「攻め」の姿勢を強めるのである


ゲームソフトは必ず飽きられる。それは宿命と言っても良いかもしれない。その宿命に対して、ゲームソフトメーカーが執れる対抗策は「あきらめて次のソフトを出す」しかない。出さなければ、企業として存続していくことすら危うくなる。つまり、ゲームソフトメーカーは常にユーザーの「飽き」と戦っていかなければならないのだ。その戦いに勝利できたソフトメーカーだけがゲーム業界に存在することが許されるのである。


いまは、その戦いに各ゲームソフトメーカーが臨んでいるという状況であろう。各ゲームソフトメーカーには困難な戦いになるが、それによって今後、世に送り出されるゲームが面白くなることをユーザーは望んでいるのだ。


ユーザーのため、ゲーム業界のため、それに自分たちの為に、ゲームソフトメーカーのこれからの奮起に大いに期待したい。(おわり)

2008年01月29日

過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part3

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月18日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」の第三章です。


現在のソフトメーカーはナムコやセガの例を見れば分かるとおり、生き残りをかけて単独経営から他企業との統合への道を選択しておりますが、当時ではそれはまだ珍しい状況でした。

そのため、ナムコとスクウェア、それにエニックスが緩やかな提携関係を結んでいた程度でもニュース性のある事例として扱われておりました。

その後、スクウェアとエニックスは合併しますが、そのときは両社による経営統合など思いもよらぬ事でした。ではなぜ、当時のソフトメーカーが提携に踏み切ったのか、ということを考察したのが当コラムです。当時のゲーム業界の様子を垣間見ていただけましたら幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part3
第三章:「生き残り策」


アタリとワーナーの失敗は、ゲーム業界にとって反面教師にしなければならない。そのためには「攻め」の姿勢で望むことが必要になる。これをまさに実践したのが、コナミである。


1995年、今でこそ絶好調のコナミだが、当時は殆ど「倒産寸前」にまで追い込まれていた。95年3月期はゲームソフトの販売不振などにより159億円もの巨額の赤字を計上することになったが、その年の売上高が270億円程度でしかない企業に、この赤字額はあまりに重すぎた。


そんな中、社長に復帰した創業者の上月影正社長は「攻め」の姿勢を執った。アタリと同じ経営危機にもかかわらず、上月社長はゲームソフト開発部門を拡大させ、なおかつ分社化や、成果主義の給与体系を導入し、徹底した攻めの路線を打ち出したのである。


ワーナーの経営陣とは、全く正反対の方針であったが、結果はコナミにとって最高のものになった。95年3月期の業績を底にして、翌期には黒字化を達成し、特に2001年3月期の業績は、217億円という巨額の黒字を計上するまでに回復したのである。


コナミ上月社長が、アタリのワーナーの失敗を教訓にしたのかどうかは、実際の所、わからない。だが、守りの姿勢をしていては、ゲーム業界では失敗すると考えていたことは確かであろう。


アタリとコナミの正反対の結果は、ゲーム業界で生き残る唯一の道を示したと言える。それは、「攻めなければ明日はない」ということだ。このことは、現在のゲームソフトメーカーの活発な動きとは無関係であるはずがない。


他のソフトメーカーはコナミがどん底からどうやって復活したのかを知っているのだ。この成功例を自社の建て直しに利用しない手はない、と考えるのも当然の成り行きであろう。だからこそ、いま、ゲームソフトメーカーは「攻め」ているのだ。(つづく)


続きはこちら→第四章(最終章):「飽き」

2008年01月28日

過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part2

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月18日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」の第二章です。


現在のソフトメーカーはナムコやセガの例を見れば分かるとおり、生き残りをかけて単独経営から他企業との統合への道を選択しておりますが、当時ではそれはまだ珍しい状況でした。

そのため、ナムコとスクウェア、それにエニックスが緩やかな提携関係を結んでいた程度でもニュース性のある事例として扱われておりました。

その後、スクウェアとエニックスは合併しますが、そのときは両社による経営統合など思いもよらぬ事でした。ではなぜ、当時のソフトメーカーが提携に踏み切ったのか、ということを考察したのが当コラムです。当時のゲーム業界の様子を垣間見ていただけましたら幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part2
第二章:「“守り”の失敗」


ゲーム業界は現在、不況であるといってもおかしくはないだろう。2001年3月期のゲームソフトメーカー大手の決算を見ると、赤字に陥っている会社が実に多い。ナムコ・スクウェア・セガ・タイトー・アトラスなどの、いずれもゲーム業界を代表するソフトメーカーであるにもかかわらず、大きな赤字を出している。これは、ゲーム業界の不況のひとつの証拠でもあろう。


こうした深刻な不況下で、手をこまねいていては、それこそ、さらなる業績悪化を招くだけである。各ソフトメーカーのトップはそう考えている。なぜなら、ゲーム業界の歴史がそれを教えてくれているからである。


過去にゲーム業界は何度か危機に見舞われたことがあった。ゲーム業界の不況は、何も今回が初めてというわけではない。その中で、個々のゲームソフトメーカーも何度となくピンチにさらされている。


不況下に守りに入って、却って業績を悪化させた例として、アメリカの「アタリ社」がある。1970年代から1980年代にかけて、アメリカのビデオゲーム業界の雄として君臨していたアタリ社は、80年代途中に深刻な経営危機を迎えた。一般に「アタリショック」(アタリ社の失敗)と呼ばれるこの危機は、非常に興味深い結果を残している。


経営危機の際、アタリ社の経営権を保有していたワーナー・コミュニケーションズは、アタリ社に対し、「攻め」より「守り」の経営方針を執るように指示をした。おそらく、これ以上、赤字を出さないようにするための「守り」の指示だったのであろうが、それは皮肉にも大失敗を招く原因となる。ゲームアナリストの平林久和氏は、ワーナーについてこう語っている。


『まずアタリの失敗という日本語訳(?)はあまり適切ではない。なぜならアタリショックは、ワーナーの失敗が招いたからです。もっと言えば、ワーナー・コミュニケーションズ出身の社長や役員が、傘下のアタリをボロ会社にしてしまった。(略)たとえばワーナー出身の経営者は、社の財務事情が悪くなると新製品開発の一律凍結という、バカげた判断をしばしば行ってきました。社内の綱紀粛正もお得意で、ゲームの作者たちの服装や勤務時間を徹底管理したのも彼らでした。(略)当然、社員たちは経営陣を信用しなくなり、多くの優秀なクリエイターがアタリを去りました。』(「ゲームの大學」 著平林久和・赤尾晃一メディアファクトリー 1996 55)


こうした守りの戦術を執った結果、アタリ社の業績は、90年代には以前にも増して赤字幅が拡大するようになったのである。この歴史の教訓が意味するところは大きい。なぜなら、ゲームソフトメーカーは業績が悪化している時には、ワーナーのような守りの姿勢を決して執ってはいけないからだ。


ピンチに時こそ、攻めなければならない。アタリとワーナーの歴史はそれを物語っている。(つづく)


続きはこちら→第三章:「生き残り策」

2008年01月22日

過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part1

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月18日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」の第一章です。


現在のソフトメーカーはナムコやセガの例を見れば分かるとおり、生き残りをかけて単独経営から他企業との統合への道を選択しておりますが、当時ではそれはまだ珍しい状況でした。

そのため、ナムコとスクウェア、それにエニックスが緩やかな提携関係を結んでいた程度でもニュース性のある事例として扱われておりました。

その後、スクウェアとエニックスは合併しますが、そのときは両社による経営統合など思いもよらぬ事でした。ではなぜ、当時のソフトメーカーが提携に踏み切ったのか、ということを考察したのが当コラムです。当時のゲーム業界の様子を垣間見ていただけましたら幸いです。



過去のコラム編集:2001年6月「拡大路線へ〜“飽き”とのあくなき戦い〜」Part1
第一章


近頃、ゲームソフトメーカーの動きがあわただしい。2001年4月にナムコ・エニックス・スクウェアの三社のオーナーが株式を相互に持ち合うという形で提携したのをはじめとして、各社が他の企業との関係強化に乗り出している。


先日も、コナミが「スーパーライト1500シリーズ」で有名なゲームソフトメーカーのサクセスに対して資本出資し、両社の協力関係を一段と高めると発表した。両社は従来から、サクセスのゲームソフトをコナミの流通網で扱うという協力関係にあったが、今回の資本出資によって、それを一層充実できるとしている。コナミは資本出資という形では、昨年に玩具メーカー大手のタカラとも提携をしている。


資本提携と言えば、エニックスも人気ソフト「グランディア」シリーズを抱えるゲームソフトメーカーのゲームアーツに9920万円を出資し、今後「グランディア」シリーズを製作・販売の両面で協力することを柱にして、提携を成立させている。エニックスはこの他にも、海外(台湾)企業との間で業務提携をしている。


国境を越えた提携にはセガ・カプコン・ハドソンも意欲的だ。セガは中国、カプコンは韓国、ハドソンはフランスの企業とそれぞれ独自の方法で提携をしている。昨年の話になるが、ゲームソフトメーカーのアトラスと出版大手の角川書店が提携をしたことは記憶に新しい。


こうしてみると、ゲーム企業同士、あるいは異業種との提携が活発化しているが、なぜ、今ゲーム業界でこのようなことが起きているのであろうか。ゲーム企業同士の提携が話題に上るようになったのは最近だが、特に今年に入ってからの各社の提携戦略が加速化しているように感じる。これは、一体なぜなのだろうか。今回のコラムではそこを考えてみることにしたい。(つづく)


続きはこちら→第二章:「“守り”の失敗」