2008年02月22日

過去のコラム編集:2001年6月「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part4

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月9日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」の第四章(最終章)です。


当時のゲームセンター事情は、現在と同じく不況に喘いでいました。各ソフトメーカーは縮小均衡での黒字化を目指し、スクラップアンドビルド(店舗の統廃合)を推し進め、赤字が続くゲームセンター事業を立て直しておりました。この数年後にはこれらの戦略が見事に当たり、収益改善が進むのですが、それはまだ先の話です。

このコラムでは、ゲームセンター事業の復活には当時ではまだ珍しかった「ネットカフェ」が貢献するのではないか、という論旨になっております。今では当たり前のようにあるネットカフェですが、それらが当時どのように見られていたのかや、その頃のゲームセンター事情を少しでも感じて頂けましたら幸いです。




過去のコラム編集:2001年6月ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part4
第四章(最終章):「多大なる恩恵」


ネットカフェは人口2200万人の台湾でも480億円の市場になると見こまれている。台湾の何倍の人口を抱える日本ならば、その二倍、三倍の市場規模になっても何もおかしくはない。そのような巨大市場となるかもしれないネットカフェをゲームソフトメーカーは無視はしないだろう。重要なプラットフォームとして認識する可能性が高い。


ゲームソフトメーカー側にしてみれば、ソフトはパソコンに供給するだけだから、通常ならばハードメーカーに支払うロイヤルティも発生しないし、その他の様々な制約もない。つまり、自由な環境下で、利益率の高いソフトを売ることが出来るのだ。


これは、ゲームソフトメーカーにとって旨みのある話だろう。さらに、ゲーム開発におけるハードルが低いことによって、ゲームソフトメーカー以外(例えば個人など)からのゲームソフトの供給があるかもしれない。そうなると、従来のゲームとは全く違う新鮮味のあるゲームもネットカフェで出来るかもしれないのだ。


家庭用ゲーム機では、何とかサードパーティに参加してもらおうと、ハードメーカーはそれぞれに知恵を絞る。サードパーティは、その存在がハードの命運を左右するといっても、言い過ぎではないぐらい重要な位置にいる。しかし、ネットカフェではサードパーティの方から参加してきてくれる。何ともありがたいことである。


多くのサードパーティが参加することで、ネットカフェのプラットフォーム(パソコン)は活性化する。従来、プラットフォームを提供する企業には大きな恩恵がもたらされた。任天堂・ソニーの例を見れば分かるであろうが、大きな恩恵とはゲームソフトメーカーから支払われるロイヤルティである。これは「巨額な富」なのだ。


ネットカフェでは、そんなものはないのだが、その代わりにユーザーからの利用料がある。ユーザーがゲームをやるために、ネットカフェを利用すればするほど、それを提供するゲーセンが潤うようになる。


パソコンはそれまでゲーセンにあったアーケード機器に比べると、十分の一程度(あるいはそれ以下)の低価格で手にする事が出来る。つまり、投資金額が安いのである。そのために利益率が高くなり、儲けやすくなるのだ。(一方で、投資金額が安く、極端な話、パソコンさえあればネットカフェを開業できるので、全くの異業種からの参入が多くなり、ゲーセンが儲けにくくなる事は十分に予想できるのだが…)


もちろん、これが楽観的なシナリオであるのは承知している。しかし、現実味が薄いわけではない。台湾・韓国のネットカフェの成功、日本での「ファンタシースターオンライン」「ウルティマオンライン」「ディアブロ」などのオンラインゲームのヒットは、ネットカフェが成功するかもしれないきざしと捉える事が出来る。決して、ネットカフェを取り巻く環境は悪くないのだ。あとは、普及するきっかけさえつかめれば、ネットカフェはゲーセンを大きく変えるかもしれない


日本のネットカフェが今後どうなっていくのか、楽しみである。(おわり)

2008年02月21日

過去のコラム編集:2001年6月「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part3

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月9日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」の第三章です。


当時のゲームセンター事情は、現在と同じく不況に喘いでいました。各ソフトメーカーは縮小均衡での黒字化を目指し、スクラップアンドビルド(店舗の統廃合)を推し進め、赤字が続くゲームセンター事業を立て直しておりました。この数年後にはこれらの戦略が見事に当たり、収益改善が進むのですが、それはまだ先の話です。

このコラムでは、ゲームセンター事業の復活には当時ではまだ珍しかった「ネットカフェ」が貢献するのではないか、という論旨になっております。今では当たり前のようにあるネットカフェですが、それらが当時どのように見られていたのかや、その頃のゲームセンター事情を少しでも感じて頂けましたら幸いです。




過去のコラム編集:2001年6月ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part3
第三章:「ネットカフェ化がもたらすもの」


ゲーセンがネットカフェ化することによってもたらされるものは、ゲーセンにおける「1ハード=1ソフト」時代の終焉であろう。今までは、ゲーセンのゲームと言えばひとつの筐体にひとつのソフトしかなかった。ひとつのゲームには必ずと言って良いほど、それ固有の筐体が存在していたのだ。


つまり、1ハードには 1ソフトである。だが、ネットカフェ化によるパソコン導入によってゲーセンで「1ハード・複数ソフト」が実践できるようになる。パソコンはゲーセンの筐体と違いソフトさえ入れ替えてしまえば、幾らでも使えることが出来るからだ。


1ハード=1ソフト」から「1ハード・複数ソフト」への転換は、玩具メーカーからゲーム機メーカーへ華麗に変身した任天堂の思考転換と良く似ている。任天堂もかつて、カルタやトランプ、メカおもちゃなどが主力商品であったが、1980年代のファミリーコンピューターを発売し、みごと世界有数のゲーム機メーカーになった。任天堂成功の理由のひとつとして、「1ハード=1ソフト」からの脱却があげられる。任天堂の山内社長はこう述べる。


『ファミコンを発売する前までは、ピッチングマシーンやトランシーバーのおもちゃなど、メカを主体にしていました。だから、一つのハードに対してソフト一つだったんです。だから、ユーザーはすぐに飽きるんですよ。(略)玩具というのは本来アイディア商品なんです。ですから、飽きられたらおしまい。今年は売れたけれども翌年は駄目になる、ということなんかザラでして、商品寿命が短く浮き沈みの多い業界なんです。』(「NHKスペシャル 新・電子立国第4巻 ビデオゲーム・巨富の攻防」 P161〜162 著相田茂・大墻敦 日本放送出版協会 1997)


こうした状況を打破するために、ユーザーに飽きられないような工夫が必要になった。その答えが「1ハード・複数ソフト」だったのであり、ファミリーコンピューターの開発・発売だったのである。任天堂は「1ハード=1ソフト」から「1ハード・複数ソフト」に思考転換することで、ハードをとソフトを分離させ、ハードをプラットフォーム化し、成功を納めた


今回のネットカフェ化による、ゲーセンにおける「1ハード・複数ソフト」時代の到来はネットカフェに存在するパソコンを、ファミコン同様にプラットフォーム化することになる

では、プラットフォームと化したネットカフェのパソコンは、どのような恩恵をゲーセンにもたらすのであろうか。(つづく)


続きはこちら→最終章:「多大なる恩恵」

2008年02月20日

過去のコラム編集:2001年6月「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part2

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月9日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」の第二章です。


当時のゲームセンター事情は、現在と同じく不況に喘いでいました。各ソフトメーカーは縮小均衡での黒字化を目指し、スクラップアンドビルド(店舗の統廃合)を推し進め、赤字が続くゲームセンター事業を立て直しておりました。この数年後にはこれらの戦略が見事に当たり、収益改善が進むのですが、それはまだ先の話です。

このコラムでは、ゲームセンター事業の復活には当時ではまだ珍しかった「ネットカフェ」が貢献するのではないか、という論旨になっております。今では当たり前のようにあるネットカフェですが、それらが当時どのように見られていたのかや、その頃のゲームセンター事情を少しでも感じて頂けましたら幸いです。




過去のコラム編集:2001年6月ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part2
第二章:「鍵」

ネットカフェが日本で流行するかどうかの鍵は「ゲーム」にあるといって過言ではない。韓国や台湾でネットカフェが流行していると言っても、パソコンを利用してインターネットやEメールを利用しているユーザーはあまりいないのだ。


その代わり、彼らはネット上のオンラインゲームを楽しんでいる。韓国の場合、 98年に発売されて以来、約2年で韓国国内で100万セットも売り上げた「スタークラフト」と呼ばれる戦略シミュレーションゲームが人気になっている。このゲームの売上に比例して、「PC房」も飛躍的に増加したと言われているほどであるから、「PC房」の「育ての親」と表現しても大げさではないだろう。


あまりの人気さにプロリーグまで登場し、しかもあるトップレベルの選手はテレビCMにまで出演、彼の『年収は韓国の平均的なサラリーマンの四、五倍にあたる約一億ウオン(約九百五十万円)』(2000年 3月24日 夕刊読売新聞)だという。


台湾でも大人気ゲームがネットカフェを占領している。『台北市内のインターネットカフェをのぞくと、だれもがパソコン上で銃撃戦ゲームに夢中。電子メールやホームページを見ている人はほとんどいない』(2001年 5月19日 日本経済新聞 夕刊)状況だ。韓国・台湾のネットカフェの現状は、まさに「ゲーム」の為に存在しているのである。


このことは、日本でも同じであろうと考えられる。日本のネットカフェも人気ゲームが登場すれば、韓国・台湾と同様に大人気になる可能性があるし、逆に表れなかったら、そのまま消えていくだろう。有力なゲームが供給できずに客足が伸び悩んだのが、セガの「net@」だ


ネットカフェと同じコンセプトで導入されたにもかかわらず、人気ゲームが無く失敗した。セガの永井明氏は、「net@」について、『三、四カ月で開発したのでコンテンツも不十分だった』 (2001年 2月15日 日経流通新聞)と語っている。


日本の失敗例や韓国・台湾の成功例を見る限り、ネットカフェが成功するためには人気ゲームの存在が不可欠であることがわかる。タイトーを始めとする、ゲーム会社のネットカフェ化が成功するためには、自ら進んで面白いオンラインゲームを開発するか、あるいは他社の人気ゲームが登場するのを待つしかない。


とはいえ、現在のゲーム業界にはオンラインゲームに対する期待が高まっているため、これからたくさん供給されるのが明らかな状況にある。その中から、人気ゲームが登場する可能性は十分にあるといえるだけに、日本のネットカフェの将来は明るいのではないだろうか


それでは、日本でもし、ネットカフェが定着した場合にもたらされる変化について、次に考えてみたい。(つづく)


続きはこちら→第三章:「ネットカフェ化がもたらすもの」

2008年02月18日

過去のコラム編集:2001年6月「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part1

当該のゲーム業界コラム記事は、2001年6月9日前後(詳細な月日は現在、不明)にメールマガジン「ゲームいろいろ情報」にて掲載された連載記事「ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」の第一章です。


当時のゲームセンター事情は、現在と同じく不況に喘いでいました。各ソフトメーカーは縮小均衡での黒字化を目指し、スクラップアンドビルド(店舗の統廃合)を推し進め、赤字が続くゲームセンター事業を立て直しておりました。この数年後にはこれらの戦略が見事に当たり、収益改善が進むのですが、それはまだ先の話です。

このコラムでは、ゲームセンター事業の復活には当時ではまだ珍しかった「ネットカフェ」が貢献するのではないか、という論旨になっております。今では当たり前のようにあるネットカフェですが、それらが当時どのように見られていたのかや、その頃のゲームセンター事情を少しでも感じて頂けましたら幸いです。




過去のコラム編集:2001年6月ゲーセン改革 〜ネットカフェの可能性〜」Part1
第一章:「ネットカフェ化」

2001年5月26日付の日本経済新聞で、タイトーはインターネットカフェ「ネッカ」を東京・秋葉原に出店すると、報じられた。タイトーは今後、「ネッカ秋葉原店」を皮切りに、全国に10店舗以上出店していく予定であり、更にタイトーが抱えているゲームセンター(ゲーセン)の一部でもネットカフェ化を進めていくとしている。


タイトーがネットカフェを推進する裏には、ゲーセンの不振がある。直営や系列を合わせると全国に700店以上のゲーセンを抱えているタイトーには、ゲーセンの不振は業績に大きな痛手となる。2000年3月期、2001年3月期とニ期連続赤字に陥ったのも、ゲーセンの売上不振に因るところが大きい。だからこそ、ゲーセンのてこ入れは急務だったのだ。


てこ入れの一環として行われるのが、今回のゲーセンのネットカフェ化である。しかし、ゲーセンのネットカフェ化は何もタイトーだけがやっているのではない。ナムコも「知・好・楽」というネットカフェを出店しているし、セガやカプコンもゲーセンのネット化には意欲的に取り組んでいる


こうしたゲーセンのネットカフェ化・ネット化を後押ししているのが、韓国や台湾のネットカフェの成功事例であろう。特に韓国のネットカフェ「PC房」は大成功を納めている。


現在までで、およそ2万店のネットカフェ「PC房」があり、客層も小学生から30代の大人までと、幅広い層に利用されている。同様に台湾でもネットカフェは順調に伸びている。2001年5月19日付の日本経済新聞(夕刊)は、台湾のネットカフェは今年、3000店に達する勢いで、市場規模も130億台湾ドル(1台湾ドルが3.7円なので、日本円にすると約481億円)になると、報じた。

お隣の国でネットカフェが大繁盛しているのなら、日本でも上手く行くだろう、とゲーセンを抱える企業が考えてもおかしくは無い。特にタイトーはそう考えたのだろう。なぜなら、タイトーが推進しているネットカフェは韓国の「PC房」の日本版だからだ


隣国で大きな市場に成長したネットカフェを、そのまま日本に持ってくれば同じように流行るかも知れないと考えたタイトーの試みは果たして上手くいくのであろうか。(つづく)


続きはこちら→第二章:「鍵」