2007年10月07日

最新のコラム:2007年6月「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」Part4

当該のゲーム業界記事は、2007年6月26日に「ゲームいろいろ情報」のメールマガジン&ホームページにて掲載された連載記事「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」の第四章(最終章)です。


プレイステーション2の成功により、ゲーム市場を手中に収めたはずのソニーとSCEはなぜ失敗してしまったのでしょうか?今回のコラムではその原因を追及してみたいと思います。



第四章(最終章):「なぜ排除の論理を持ち出すのか」


ゲーム市場における覇権が長期になると、任天堂時代であってもSCE時代であっても様々な綻びが出始めるようになる。端的にそれを読み取れることができるのは市場規模の変動ではないだろうか。問題があれば市場規模は落ち込むであろうし、上手くいっていれば市場規模は成長を続ける可能性が高いからだ。


任天堂時代における綻びは1994年頃であろう。1990年にスーパーファミコンが登場して以来、ゲーム市場は右肩上がりの成長を続けていたが1994年のゲームソフト出荷額は突如として前年比約16%減の3035億円と落ち込み、91年の水準である3123億円をさらに下回る結果となった(注18)。 


一方、SCE時代の場合は2004年度前後に最も顕著に現れた。PS2が登場した2000年度のゲームソフト市場は3678億円であったが、その年から市場は毎年のように縮小し2004年度には3225億円にまで落ち込んだ。しかしそれと反比例するかのようにPS2対応ソフトの販売本数は2000年度以降、年々増加し続けており、市場が落ち込んだはずの2004年度には過去最多の約3202万本を販売していたのだ(注19)。結果としてPS2は市場全体を大きく成長させる牽引役にはなりきれなかったと言えるだろう。


市場規模が突如として3年前の水準を割り込んだり、販売本数を大きく伸ばしながらもそれが市場全体の拡大に結びつかないのは、覇権を握るハードメーカーとしてはかなり深刻な事態であると言える。もちろん市場の縮小に対して両社は手をこまねいていたわけではない。だからこそ、すべてのゲームユーザーのために次世代ゲーム機であるN64やPS3を開発したのだ。しかし、時のユーザーが本当に求めていたものを、それらのゲーム機は提供することができなかった。


当時の任天堂や今のSCEに求められていたのは、『枯れた技術』(注20)によって開発されていたゲーム機向けに高額なゲームソフトを販売していた任天堂時代を、高性能かつ安価なゲームソフトを提供することで突き崩したSCEのような賢さであり、画質の良さが必要以上に強調されるゲームに対してユーザーが飽き始めていたSCE時代に、それまでのゲームとは全く異なる新しいゲームジャンルを作り上げた任天堂のような斬新さであったはずだ。


では、なぜ彼らのニーズを正確に把握する事ができなかったのか。理由の一つとして考えられるのが、両社が長年に渡って培ってきた「成功体験」の存在ではないか。


任天堂とSCEがゲーム市場において大成功を収めていたのは、両社の戦略や路線がユーザーに受け入れられてきたからだ。ならば、それを変えることなく、一層発展させる事こそがユーザーを満足させる近道だと考えるのはごく自然であろう。


しかしながら、栄枯盛衰は世の常である。流行り廃りが目まぐるしく移り変わるゲームの世界ではそれがより顕著に表れると言っても過言ではない。それだけにハードメーカーの成功体験ばかりが長く通用するとは考えにくい。ユーザーは常に新しいものを求めている。彼らに飽きられないためにはハードメーカーは何時であっても、これまでの方針や戦略そのものを大きく変革させる柔軟さが求められている


それなのに、かつての任天堂と今のSCEは微妙に変化しつつあったユーザーのニーズを誤解し、今までの戦略に拘り過ぎたばかりか必要以上に洗練させてしまい、ついには「排除の論理」を生み出してしまった。N64の失敗やPS3の苦戦の原因は、この点にあると言えるのではないか。


今言われているPS3の課題は時間が経てば解決されるものばかり。だから全然心配してないですよ』(注21)。SCEの久多良木氏はこう述べるが、「排除の論理」は時間の経過と共に消え去る性質のものではない。何らかの対策をしなければ快走を続けるWiiとの差は日を追うごと広がっていく。


まだ可能性が残されている今だからこそ、抜本的な対策が求められているはずなのだが、SCEが考えている対策とは『宣伝やイベント、店頭販促などのマーケティング策を共同展開する』(注22)程度のものだという。これでは抜本的な対策とは言い難い。


「歴史は繰り返す」という言葉もある。かつて任天堂が味わった辛酸を、今度はSCEが嘗める番なのかもしれない。(おわり)



注18…参考文献 『新時代ゲームビジネス』 編コンピュータ局開発 日経BP社 1995 P164
注19…参考文献 『電撃王 2007 WINTER 1月号増刊』内 「特別付録・電撃ゲーム白書 P4」2007 メディアワークス
注20…『キング・オブ・ゲームの未来戦』著山名一郎 日本実業出版社 1994 P71
注21…『週刊東洋経済 2007.5.19』 P111 東洋経済新報社
注22…2007年6月21日 日本経済新聞

2007年10月05日

最新のコラム:2007年6月「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」Part3

当該のゲーム業界記事は、2007年6月26日に「ゲームいろいろ情報」のメールマガジン&ホームページにて掲載された連載記事「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」の第三章です。


プレイステーション2の成功により、ゲーム市場を手中に収めたはずのソニーとSCEはなぜ失敗してしまったのでしょうか?今回のコラムではその原因を追及してみたいと思います。




第三章:「排除の論理」


僕たちは、技術をベースとして世の中にイノベーションを起こしていきたい』(注9)。SCE名誉会長の久多良木氏は以前、こう語った事がある。同氏が中心となって生み出したPSシリーズはゲーム市場を席巻し、あれほど強固であった任天堂の牙城を切り崩す事に成功した。


良いことを提案するのは、技術者として当然のことですよ』(注10)と話す久多良木氏だからこそ、高機能・高性能に拘ったゲーム機を作り続けた。そして新しいPSが登場する度に、開発者達はその高性能さに驚かされる羽目になる。


とても信じられない・・・・・・。これが本当に動いているならば、本当に凄いことだ』(PS1登場時、注11)、『SCEは、とんでもないマシーンを作ったものだ』(PS2登場時、注12)、『ドアを開けた途端に、強烈なワン、ツーパンチを顔面にもらったようなインパクトだった』(PS3登場時、注 13)。


だが、三代に渡って途切れることなく続いてきた高性能の追求こそが、結果的に「排除の論理」を生み出すことになってしまう。つまり開発者すら驚かされるほどの能力を持ったゲーム機を連綿と開発してしまったが故にPS3では『開発に二年かかるのもざら』(注14)となり、『PS3のソフト開発費は従来の二倍以上、十億円を超える場合もある』(注15)ほど、ソフトメーカーにとって「敷居の高いゲーム機」が生まれてしまったのだ


こうなってくるとPS3用のゲームソフト開発が困難になるソフトメーカーが現れたとしても不思議ではない。事実、『PS3で一本出すよりDSで十本出したい』(注16)のがソフトメーカーの本音だという。SCEにとってこの発言は痛手でしかない。


過去において、任天堂はN64時代に少数精鋭主義を掲げて意図的に「障壁」を作り、ゲームのタイトル数を絞る戦略をとったが、SCEは高性能さを追い求めることによって結果的に「障壁」をより高く設定してしまい、それを乗り越えられないソフトメーカーを任天堂と同じように排除しつつあるのだ


DSの開発タイトル数は現在五十本。PS3は十数本、Wiiは三十本くらい』(注17)と述べ、PS3よりもニンテンドーDS(NDS)やWii を重視しているのはバンダイナムコだ。さらに、大手のスクウェア・エニックスは同社の看板ソフトであるドラゴンクエストの最新作をNDS向けに供給しようとしている。


かねてより同社の和田社長は『最も普及したゲーム機で出す』(注16)ことを公言していた。ならば今作も前作同様にPS2へ供給するのが最も良い選択だと思われる。だがそうしなかったのは『ドラクエ9は前作よりも開発費を抑えられそうだ』(注16)との期待もあったからだ


大手であっても開発費の増大は頭の痛い問題だ。同社より規模の小さいソフトメーカーなら、なおさらその傾向は強くなるだろう。だからこそ、NDSを重要視したがるソフトメーカーが現れ始めているのだ。このまま手をこまねいていればN64の登場以降に多くのソフトメーカーが任天堂から離れてしまった時と同じような現象がPS3で起きる事も十分に考えられる


SCEが意図せずに持ち込んでしまった「排除の論理」は、残念ながら「N64の失敗」を忠実に再現しつつあると言える。もし、SCEがそれを阻止しようとするならば、本体価格の引き下げなどの小手先の対応策だけではなく、根本的な原因である「排除の論理」を取り除くような、抜本的なテコ入れが必要となるだろう。


それができなければ、PS3が将来N64と同じ末路を辿ったとしても不思議ではない。(つづく)


注9…『週刊東洋経済 2005.7.2』 P41 東洋経済新報社
注10…『久多良木健のプレステ革命』著麻倉怜士 2003年 ワック株式会社 P316
注11…『久多良木健のプレステ革命』著麻倉怜士 2003年 ワック株式会社 P121
注12…『プレステ2 ネット戦争』 著田中秀雄 JMAM 2000年 P161
注13…『週刊東洋経済 2005.7.2』 P37 東洋経済新報社
注14…2006年11月10日 日経産業新聞
注15…2006年11月10日 日経産業新聞
注16…2006年12月13日 日経産業新聞
注17…2006年12月13日 日経産業新聞


続きはこちら→最終章:「なぜ排除の論理を持ち出すのか」

2007年10月04日

最新のコラム:2007年6月「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」Part2

当該のゲーム業界記事は、2007年6月26日に「ゲームいろいろ情報」のメールマガジン&ホームページにて掲載された連載記事「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」の第二章です。


プレイステーション2の成功により、ゲーム市場を手中に収めたはずのソニーとSCEはなぜ失敗してしまったのでしょうか?今回のコラムではその原因を追及してみたいと思います。



第二章:「NINTENDO64とPS3」


家庭用ゲーム機市場で一度確立された覇権は、他のハードメーカーが並大抵の努力をしたとしても、そう簡単に奪うことはできない。だが、それは未来永劫に渡って続く訳でもなく、ユーザーやソフトメーカーからの支持を集めることが出来れば「政権交代」は実現可能だ。事実、ファミリーコンピュータが登場して以来、家庭用ゲーム機市場において三世代以上の長期に渡って同一のハードメーカーが覇権を維持し続けた例はない


かつてゲーム市場が任天堂の独壇場であった頃、三世代目のゲーム機として「NINTENDO64」(N64)が送り出されたが、競合するプレイステーション(PS)やセガ・サターンなどとの戦いにはかなりの苦戦を強いられた。結果としてN64は敗れ、代わってSCEのPSがゲーム市場を勝ち抜いた


しかし、今度はそのSCEが同じく三世代目のゲーム機としてPS3を市場に投入している。任天堂がN64では成し得なかった偉業に挑戦しているPS3であるが、その滑り出しは順風満帆とは言い難い


こうしてみるとN64とPS3には幾つかの類似点を見いだす事ができる。どちらも三世代目である点や、発売後、同じように苦戦を強いられている点などは似通っていると言えるだろう。だが、ここで重要なのはそうした見かけ上の共通点ではない。世代交代に失敗したN64と、これから世代交代を成功させなければならないPS3に込められた「ハードメーカーの意図」が非常に近しいことが問題なのだ。


両ゲーム機に込められたハードメーカーの意図とは簡単に言えば「排除の論理」である。特にN64の場合は強烈だったと言えるだろう。任天堂前社長であった山内氏はかねてより『ダメソフトばかり作ったら結果的にマイナスになる』(注5)と述べ、ゲームソフトの質的向上を訴えてきたが二世代目のスーパーファミコン(SFC)時代であっても「ダメソフト」は無くならず、品質の良いゲームソフトだけを揃えることができずにいた。


その失敗を繰り返さないためにN64の発売を契機として、質の悪いソフトの一掃に乗り出した。任天堂は、SFCの『タイトル数が増え過ぎた』(注6)ために駄作も多く開発されたのだから、販売タイトルを少なく制限すれば、ソフトメーカーは質の良いゲームだけを作るだろうと考え、ゲームソフトのタイトルを少なくする方針を打ち出しのだ


さらにソフトタイトル数だけには留まらずソフトメーカーそのものの排除も行った。N64発売前、当時の米国任天堂社長であった荒川氏は『今後もそれほどソフト会社を増やさない』(注7)と明言しゲームソフトのみならずゲームソフト開発会社すらも選別することで少数精鋭主義を徹底させたのだ。


そのような方針に対し任天堂の中からは『必要以上に"敷居"を高くし過ぎた。もっとソフト会社を支援しないと、N64が放り出されてしまう』(注8)との声もあったが、その不安はやがて現実のものとなり、任天堂はN64の失敗によって維持し続けてきた覇権を失うことになってしまった


では翻ってPS3の場合はどうか。当然のことながら、N64のように排除の論理を振りかざすような行動は一切していない。ソフトメーカーがゲームソフトのタイトル数を増やしても、当時の任天堂と同じようにSCEがそれを問題視することはまずあり得ないだろう。


しかしながら、任天堂とSCEの方針が表面上異なっていたとしても、それを以てN64とPS3は明らかに異なる、と結論付けるのは早計だ。任天堂が N64に持ち込んだ排除の論理は明らかに「意識的」になされたものだが、PS3の場合のそれは「無意識」に持ち込まれている。だからこそ、それが大きな問題なのだ。(つづく)


注5…1991年12月17日 日経流通新聞
注6…1994年8月14日 日経産業新聞
注7…1995年12月21日 日経産業新聞
注8…1997年6月27日 朝日新聞


続きはこちら→第三章:「排除の論理」

2007年10月03日

最新のコラム:2007年6月「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」Part1

当該のゲーム業界記事は、2007年6月26日に「ゲームいろいろ情報」のメールマガジン&ホームページにて掲載された連載記事「なぜ排除の論理を選んだのか? 〜長期政権が崩れるとき〜」の第一章です。


プレイステーション2の成功により、ゲーム市場を手中に収めたはずのソニーとSCEはなぜ失敗してしまったのでしょうか?今回のコラムではその原因を追及してみたいと思います。



第一章:「過去最高益」


エレキ部門は予想以上によくなった。自信の度合いはかなり高くなった』(注1)。ソニーの2007年三月期決算は売上高こそ伸びたが本業の儲けを示す営業利益は大幅な減益に陥った


その主因はプレイステーション3(PS3)発売に伴って発生した費用が大きく膨らんだためである。2000億円を超えると見込まれていたゲーム部門の損失は最終的に2323億円にまで拡大し、グループの損益を大幅に悪化させることになった。


しかしながら、同時に会社側が提示した2008年三月期の業績予想では一転、営業利益が約6倍に増加し、最終利益は過去最高になるという。この業績回復の牽引役となっているのは残念ながらゲーム部門ではなく、本業のエレクトロニクス部門だ


ソニーの財務担当である大根田氏は同部門について『前期千五百六十七億円だった営業利益は今期、三千億円近くまで拡大しよう』(注2)と述べ、本業の利益が急回復するとの見通しを示している。


一方、かつての稼ぎ頭でもあったゲーム部門の2008年三月期は、前期より改善するとはいえ『今期も約五百億円』(注2)の赤字が続く見込みだ


これほどの赤字を出しながら、それでも現状のPS3は厳しい競争に晒されている。当初の計画より遅れて昨年11月にソニーコンピュータエンタテインメント(SCE)が発売したPS3であるが、エンターブレイン社の推計した2007年3月25日までの累計販売台数を見ると『"Wii(ウィー)"が百九十五万三千六百三十三台、"プレイステーション3(PS3)"が八十一万二千七十四台』(注3)となっており、かなりの劣勢に立たされている事が分かる。そのため同社の中鉢社長は一部で指摘されているPS3の値下げについて『可能性は否定しない』(注4)と述べ、何らかの打開策を検討している事を明らかにした


だが、値下げとなればゲーム部門の赤字額は会社側の予想よりもさらに膨らむ事が十分に考えられる。もし、このままPS3の不振が続けばゲーム部門そのものがグループ全体の足手まといにすらなりかねない。


ソニーが掲げる経営目標は2008年三月期における連結営業利益率5%だしかし2007年三月期の時点では僅か0.85%程度でしかない。これを目標通りに引き上げるためには、巨額の赤字を垂れ流すゲーム部門を何としても今期中に立て直す必要がある。時間がほとんど残されていないソニーの危機感は相当なものと言えるだろう。


それにしても、プレイステーション2(PS2)がゲーム市場を席巻していた頃、誰もが何れ登場するであろう次世代機「PS3」の勝利を信じて疑わなかった。SCEの黄金時代はまだまだ続くだろうと皆が思っていた。


それなのに、なぜこのような苦戦を強いられることになったのか。もちろん、高額な本体価格や量産が遅れた事なども原因として挙げられるだろうが、それ以外にも影響を及ぼした要因の一つとして考えられるのがPS3に込められた「排除の論理」ではないだろうか


では、PS3に込められた「排除の論理」とはいったい何であろうか。かつてPS3と同様の役割を担い、PS3以上に「排除の論理」を深く刻み込まれたために、次世代ゲーム機戦争に敗れたゲーム機があったが、そのゲーム機との類似点を探りながら今回はPS3に込められた「排除の論理」を明かしていきたい。(つづく)


注1…2007年5月17日 日経産業新聞
注2…2007年5月18日 日本経済新聞
注3…2007年4月3日 日経産業新聞
注4…2007年6月6日 読売新聞


続きはこちら→第二章:「NINTENDO64とPS3」